今年で30年目を迎えた「メルちゃん」は「愛情とココロをを育てるおもちゃ創り」をつづけるパイロットコーポレーション(以下、パイロット)から発売されている愛育ドール。

 

パイロットというと「フリクションボール」をはじめとする文具用品のイメージが強いですが、メルちゃんを開発したのも実は同じ企業。なぜ文具用品だけでなく玩具事業も手がけるのか?その理由を玩具事業部の佐々木 功さんに伺いました。

文具メーカーが玩具の開発を始めたのは「インキ」がきっかけ

── メルちゃんの開発には、ある特殊なインキが関係しているという噂を聞いたのですが、本当ですか?

 

佐々木さん:

はい、その通りです。パイロットでは1975年に、温度が変わるとインキの色が変化する「メタモカラー」を開発しました。この技術が、メルちゃんの髪やフリクションボールに応用されているんです。

 

── 開発当初は文具用品に応用する技術がなく、代わりに別の商品に使われていたそうですね。どのようなものが商品化されたのでしょう?

 

佐々木さん:

温度によって色を変化させるインキの性質上、商品化には体温・氷・お湯など熱を使用するものが前提でした。当時は氷水を入れると色の変わる紙コップやストロー、体温で色の変わるハンカチなどが商品化されていました。そこからさらに、安定した大きな市場での商品化を目指そうと着目したのがお風呂のお湯の温度で色が変えられる「お風呂用玩具」です。

 

── 1981年にメタモカラーを活かした玩具「まほうのきんぎょすくい」を発売して以降、「メイキャップみかちゃん」「おふろすきすきメルちゃん」が誕生したそうですね。そもそも、なぜメタモカラーを人形に応用することになったのですか?

 

佐々木さん:

お風呂用玩具をメインにするには事業の拡大・定着を図る必要があり、高単価商品の開発が必要でした。その条件に合っていたのがまさに人形だったんです。

 

── その命題のもと開発されたメルちゃんは「お世話用人形」として売り出されました。その理由は?

 

佐々木さん:

まずは、子どもたちが人形をお風呂に入れて遊びたくなるというコンセプトを考えるところからはじめました。そこで着目したのが「お世話あそび」です。子どもたちがママになりきって人形を風呂に入れ、お世話をしてあげる。お世話用人形の開発はここからスタートしました。

 

あまり知られていませんが、当社ではこうした未就学児向け玩具は当時から主力商品で、ラインナップも豊富でした。その延長で幼児向けの人形の開発に至ったということもありますね。

 

── 確かに小さな子どもたちはおままごとが大好きですし、ママの真似をして人形をおんぶしながら歩き回っていますよね! 大きさも子どもたちが抱っこするのにちょうどいいなと思います。

 

佐々木さん:

実はサイズにもこだわりがあるんです。メルちゃんの大きさは26cmほどですが、これは子どもたちがお世話をしやすいサイズ。さらに、お湯に浸けたとき髪色が変化していく様子をダイナミックに表現できる大きさにしたいという考えのもと、このサイズになりました。

事業成功の秘訣は「お風呂用玩具」へのこだわり

── 初期の頃は玩具の知識はほとんどなかったのでは…と想像しますが、商品開発はどのように進められたのでしょう?

 

佐々木さん:

ハンカチやマグカップなど雑貨の開発からスタートし、そこから少しずつ玩具の開発へ移行していきました。初期の頃は温度で色が変わるインキの技術を活用したお風呂用幼児玩具の開発に重点を置いた企画を進めておりました。

 

ただ、当社には「色が変わる技術」がありましたから、この技術をどのようにおもちゃで表現し、楽しく子どもたちに遊んでもらうのか、そのアイデアを練ることこそがクリエイションの原点になっていました。

メルちゃんのキャラクターを使用した幼児向け文具「メルちゃんといっしょにおけいこ」シリーズ

── やはり技術力が商品開発の源になっているのですね。玩具事業がここまで成功を収めた理由は何だと思われますか?

 

佐々木さん:

玩具全体でいえば、メルちゃんだけでなく、水で絵を描くことのできる「スイスイおえかき」など、独自の技術を利用したお風呂用玩具がいくつもあります。それらによって、他社との差別化がしっかりできていたことが大きいですね。

 

また、メルちゃんについては、利用者のニーズを把握しながら「お世話遊び」という、いわば世の中の育児環境を映し出すような遊びを生み出せたことがよかったのかなと思います。

 

── 回転寿司屋さんをごっこ遊びに取り入れた「つくって!まわって!くまさんかいてんずし」も人気ですね。座っている人形たちの目の前にお寿司のおもちゃが流れてきて、子どもたちは大興奮(笑)。高度な人形遊びに大人も興味をそそられます。

 

佐々木さん:

それは嬉しいことです。社会環境の変化も少しずつ取り入れ子どもたちに身近なテーマで商品展開したことが功を奏したのかもしれません。

 

── そんなメルちゃんは今年で発売からちょうど30年ということですが、今後何か新しい試みは予定されていますか?

 

佐々木さん:

初めてメルちゃんのキャラクターを使用した幼児向け文具「メルちゃんといっしょにおけいこ」シリーズとして、鉛筆やおけいこノートといった商品群を発売しました。こちらの幼児向け文具はシリーズとして第2弾、第3弾と本年は発売いたします。また、メルちゃんのYouTube公式チャンネルではボールペン工場をメルちゃんが見学するという動画を更新しています。

 

今後は玩具・文具のお互いの強みを生かして一緒に活動していくことも増えてくるのではないかと思います。

取材・文/望月琴海 画像提供/パイロットコーポレーション