NHKアナウンサーから伊勢根付職人に28歳で転職した梶浦明日香さん(40)。愛知、岐阜、三重で活動する伝統工芸を受け継ぐ女性職人9人で作ったグループ「凛九」の活動が注目を集めています。メンバーは根付、絞り染め、一刀彫、七宝、筆、型紙、組紐、和紙、漆とそれぞれの技を受け継いでいます。伝統工芸への思いを聞きました。
みんな不安になった時期だった
── 2017年、女性職人9人の「凛九」というグループを立ち上げて話題になりました。
梶浦さん:
ちょうどその頃、伝統工芸だけで生きている若い職人たちが「このまま伝統工芸を続けていって、未来があるのだろうか」と少し不安を感じていた時期だったんです。
そんなとき、女性職人2人から「何かやって」と言われたんです。これまで、男性も含めた若手職人のグループ「常若(とこわか)」を結成して海外でワークショップなど行った事例もあったので、女性職人を集めてやってみたら話題になるんじゃないかとも思いました。
和紙や組紐など、伝統工芸の女性職人に声をかけたところ、「ちょうど悩んでいて変化が欲しかった」という声をもらってスタートしました。9人の女性が集まりました。いろいろなところとリンクしたいという思いを込めて、グループ名は「凛九」と名づけたんです。
あのとき、声をかけられなかったら職人を辞めていたかもしれないと話す人もいます。
女性職人グループということで注目していただき、ありがたいことにたくさんの機会をいただけるようになりましたが、子育て中の職人は両立で悩むこともあるようです。
デパートで販売会をするときもお店に理解をしてもらえて、赤ん坊を抱えて、みんなで協力をしつつ販売会をさせてもらいました。
職人同士で新しい挑戦が生まれている
── 凛九の結成は成功したわけですね。
梶浦さん:
そうですね。思いをわかってくれる仲間がいるのは良かったなと思います。
職人はいつもひとりぼっちなので、わかってくれる人が少ないので、仲間がいることは力になります。
凛九の中でも、漆職人が伊勢根付に漆を塗ったり、絞り職人が和紙職人のすいた紙を絞ったり、とコラボして新しい挑戦ができていることも面白いですね。
スポンサー集めにも取材者の経験がいきている
── アナウンサーの経験がいきていることはありますか。
梶浦さん:
9人全員の得意分野が違うので、それぞれの良さをいかしています。
私はアナウンサーの経験があるので、他の人にお願いに行くことがそこまで怖くないんです。取材者って見ず知らずの人に「すみません、お話聞かせてください」っていうのが仕事じゃないですか。でも普通の人にとっては、知らない人に頼み事をしに行くことは、すごく怖いことなんだと言います。
凛九の活動資金がないときに、さまざまなところへ「凛九の活動のスポンサーになってください」と頼んで歩きましたが、断られても気にせずどんどん行けたのは、取材者をしていた経験がいきていたからでしょう。本当に財産です。
── そんなところでも経験が役立っているんですね。女性の力で伝統工芸の世界を変えていますね。
梶浦さん:
できることは小さいことだけれど、世の中を変えることは本当に小さいことをコツコツ続けるしかないと思っています。その背中を見せることで何か大きな変化をもたらす人も振り向いてくれるんだと思います。
だから、小さな力でも変わらず続けていきます。
そして、こんなに伝統工芸は素敵なんだと発信していくことが大事なんだろうなと思います。それが結果的に未来を変えると信じてやっていくしかないし、少しずつ伝統工芸を見る目が変わってきているんじゃないかなと感じています。
── コロナ禍は影響がありましたか。
梶浦さん:
海外展示の話が出ては消えました。伝統工芸の大御所の職人さんたちがやめるケースも増えています。
でも、私たちにできることは何かと考えてYouTubeをしたりして、コロナ禍だからと言って、歩みを止めずに、できることを自分たちでやっていこうよと言って新しい挑戦をしています。
代表作を涙しながら手放す
── 梶浦さんご自身の作品で、一番思い入れのある作品はどちらですか。
梶浦さん:
どれも思い入れがあるのですが、あえてあげるとすれば、猿かに合戦をモチーフにした猿が柿を食べている姿の根付です。
ロンドンで賞をとったのは、猿かに合戦とかぐや姫などをモチーフにした7つの作品が入ったものですが、中心にあったのが猿かに合戦の作品です。
国内の根付のコンクールで優秀賞をもらった作品でもあって、すごく思い入れがありますね。
でもそこから私の代表作ができていなくて、今年がそろそろ代表作を脱皮したいと思ってたんです。
次の代表作を作らないといけないと思って、お正月にデパートで販売会があったとき、手放しても後悔がないような特別な値段をつけて出したんです。
そしたら、売れたんです。こんな高い金額で買ってもらえるんだという嬉しい気持ちと、私の手元からいなくなっちゃうんだという寂しい気持ちとないまぜになって泣きました。
7月に四日市市文化会館で始まる次の展示会では、新たにメインになるものを作っています。芥川龍之介の蜘蛛の糸をモチーフに発想を膨らませています。これからも新たな代表作と言えるような作品をたくさん作っていければと思っています。
── 作品を作るうえで大切にしていることは何でしょうか。
梶浦さん:
伊勢根付はお伊勢参りのお土産にしてくれていたものなので、ちょっとありがたかったり、誰かを思っていたり、お守りのようになってくれるものです。祈りが込められているので、そこを大事に彫っています。
職人が「職人で良かった」と思える社会にしたい
── 目指す方向性はありますか。
梶浦さん:
職人なので師匠ぐらいの年になったときに師匠ぐらいの作品が作れるよう、技術は一生磨いていかないといけないと思っています。
そして伝統工芸っていいなと思ってもらわないと後継者は現れません。きっとみんな伝統工芸を知ったら、伝統工芸の面白さにはまると思うんです。
今は知る機会がないから、いいも悪いもわからない。ちゃんと知って、ちゃんとこういうものなんだと身近で感じることができたら、変わると思うんです。
そのためには凛九のみんなで、作っているものはこんなに素敵だよって発信することが大事だと思っています。
── アナウンサー時代に「職人を名乗ることが嫌な人」にも取材されたそうですが、そんな状況を変えたいと。
梶浦さん:
そうですね。アナウンサーのとき、職人と名乗りたくないという方もいました。人としても尊敬できて、作品も素晴らしい、そんな人たちが職人と名乗ることを恥ずかしいと思う世の中であってはいけないと思いました。職人が職人であってよかったなと思える瞬間をいっぱい作りたいです。
── 60歳ぐらいのときどうなっていたいですか。
梶浦さん:
のんびりいい作品だけを彫っていけたらいいなという思いはあります。けれど、きっと、みんなで「次こんなことしよう」とわちゃわちゃしているんだと思います。
本来の職人ってこの道一筋ということが美徳とされます。けれど、いい作品を作るだけだったら、過去の師匠たちの元に後継者がいなくなった時代と同じになってしまいます。
それでは後継者がいなくなる未来は同じになってしまいます。新しい挑戦をして、未来に伝統を残す努力をし続けられたらいいなと思っています。
PROFILE 梶浦明日香さん
岐阜県中津川市生まれ。アナウンサーに憧れ、立教大に入学。在学中からフリーアナウンサーの仕事を始め、卒業後の2005年、NHK津放送局にキャスター枠で採用される。09年に退職し、翌年から伊勢根付の修行を始める。18年にロンドンの日本美術展で大賞を受賞。主にネットで注文を受け付ける。中部地方の女性職人9人によるグループ「凛九(りんく)」の代表。7月から四日市市文化会館で凛九の展示会を行う予定。
取材・文/天野佳代子 写真提供/梶浦明日香