子どもを見守る大人

人生の価値観や働き方が多様化する現代社会。選択肢が多すぎて、子どもが社会人になるまでにどんな力をつけてあげればいいのかわからない、と戸惑っている人もいるかもしれません。

 

今回から始まる「自立力の育て方」特集では、「子どもの自立に必要な力」をそれぞれの専門家に伺います。第1回は「自立した大人になるための保護者のフォロー」について。花まる学習会代表の高濱正伸さんに聞きました。

いつの時代でも「基礎学力」が必要な理由

── いつかは社会に出る子どもたち。私たち保護者は、いつまでも一緒にいられるわけではないので、少しずつ自立していってほしいと願っています。そもそも自立に必要な力とはなんでしょうか。

 

高濱さん:

学力的な話でいうと「基礎学力」。そして、その上に立つ「強み」が必要な力です。

 

基礎学力は一般的に小学校の教科書に載っている事柄を指しますが、私は高校の教科書まではカバーしておきたいと考えています。なぜなら、「鎌倉時代に何があったか」「哲学者は何と言ったか」といったことを知らないと、社会に出たときに教養がないというレッテルを貼られてしまうからです。

 

これらは仕事に直接関係がなくても、仕事上のコミュニケーションをとったり、仕事内容を深めてくれたりする手助けになります。

 

基礎学力のなかでも特に、漢字は大切です。ほかの教科の勉強をしているときにわからない漢字があると、内容の理解が難しくなってしまうからです。海外で働くのなら話は別ですが、母国語を日本語と決めたのであれば、漢字は絶対に必要な知識となります。

 

こうした基礎学力は、ネットで強い発言をする「エッジのとがった」人たちから軽視され、「強みをもっと伸ばせ」と言われがちです。でも、そういう人たちは基礎が難なくできた人たち。現場で見ていると、基礎をしっかり押さえておけば伸びる子はたくさんいると感じています。

子どもの「強み」見極めは中3まで

── 基礎学力の上に立つ「強み」とは具体的になんでしょう。

 

高濱さん:

「強み」には「人間性」「感受性」「専門性」の3つがあります。

 

「人間性」とは、人情。例えば、対話などを通して患者を尊重してくれる医者と、業務的でこちらと目も合わせてくれないような医者なら、前者のほうが人気ですよね。そういう可視化できない力のことを指します。

 

「感受性」は、目に見えないものをイメージする力です。Apple社の製品は、デザイン性にすぐれ多くの人に支持されていますよね。でも、技術力では他社製品だって負けないはず。それでもApple社の製品が選ばれるのは、人々の感性に働く魅力を考え抜いたからです。

 

「専門性」はその名の通り、突出したオタク気質を指します。没頭力ともいえますね。

 

これからは、それぞれの「強み」を生かして、協働して生きていく時代なのです。

自立に必要なもの

── 子どもの強みの見極めって難しいですよね。何が得意なのかわからないという保護者も少なくありません。

 

高濱さん:

保護者のなかには、早く見極めをして個性を伸ばしてあげたいと考える人もいるかもしれませんが、強みが見えてくるまでには中3くらいまでかかると思っておいてほしいです。

 

最近では、幼いころから強みを発揮して活躍する人が珍しくありません。でも、授業に集中できていなかった子が、中学生になると落ち着いてきて、「絵がこんなにうまかったの?」という発見があったりするものです。

 

遺伝子の種が発芽するのを待つと言ってもいい。赤ちゃんって「ハイハイしろ」と言われなくてもいつの間にかできるようになりますよね。同じ環境で育ったきょうだいであってもその進捗はバラバラ。種の発芽のタイミングはそれぞれ違いますから、焦らず待つことです。

 

よく「うちの子は何にも集中できない」「夢中になれるものがない」と言う保護者がいますが、そんなことは絶対にありません。子どもは時間があれば、何かをやり始めるもの。消しゴムのカスを集めることでもいい。声が聞こえないくらい集中していたら、「そんなくだらないことやってないで」なんて言って中断させず、まずは様子を見てあげてください。その没頭する時間が強みを育てます。

言葉に厳密な保護者が子どもを伸ばす

── 子どもの強みについては焦らずともよいとのことですが、家庭で日常的にできることはありますか。

 

高濱さん:

子どもが伸びるのには、保護者の言語が大きく関わっています。まずは保護者自身が正しい言葉を使っているか、振り返ってみてください。例えば、子どもが「うれしい」と「楽しい」を混同させていないか。「お母さん、水」と言われて保護者が察して動いてしまっていないか。

 

気がついたらその都度、「喉が渇いたから、お水をください」と訂正するのです。よく高学歴な人の子どもは同じく頭がいい、と言われますが、それは保護者の厳密な言葉使いが子どもに影響を与えているからです。普段から厳密な言葉に接することで、考える力、語彙力などが育ちます。

子どもを将来不幸にする4要素

── 高濱さんは、これから社会に出ていく子どもたちに対してどんな点を懸念していますか。

 

高濱さん:

子どもには幸せな人生を歩んでほしいですよね。私は、人が不幸になるのには次の4つの要素があると思っています。

 

(1)何をやっても「やらされている気持ちになる人」

(2)みんなひとつは持っている「コンプレックスにとらわれている人」

(3)他の人を羨ましがる「比較ばかりする人」

(4)人の評価を軸に考える「人目を気にする人」

 

特に「やらされている気持ちになる人」は、長子に多い。保護者が口出ししすぎて、自分の意志が言えない環境で育ってしまうんですね。そういうタイプは成績が良くても、「やらされている」だけだから、本気でやっている人たちに負けてしまう。本人も、仕事を面白く感じられないのはつらいでしょう。

 

コンプレックスは自信と表裏一体です。ある日、「図形が得意なんだね」と言われたら自信につながるし、「お前は図形ができないな」と言われたらコンプレックスになる。本当はできるのに、そう言われて思い込んでいるだけなのです。

人が不幸になる4要素

── 不幸になる4要素を避けるにはどうしたらいいでしょうか?

 

高濱さん:

心を強くすることです。そのために大切なのは、自己肯定感。「自分は自分のままでいいんだ」という気持ち。それはつまり、保護者から見て子どもがイキイキしているか、です。

 

自己肯定感を育むためには、子どもを否定しないことが大切です。

 

こう言うと、保護者のなかには子どものやることを否定しないために、何かに没頭していたらどこまで待つか迷うという方もいます。でも、人生はモラルのなかにしかありません。そのような場合は「時間が来たらおしまい」とルールをつくってあげて、それを守るように促すことが大事です。

 

子どもの心は、ちょっと我慢をしたり、背伸びをしたりするときに強くなります。社会に出ると、出会うのはいい上司ばかりじゃないですよね。だから社会に出る予行練習として、学校では喜びだけでなく嫌なことも学ぶのです。

 

保護者としては、子どもが乗り越えるのを見守ることしかできません。もし、子どもがつらそうにしていたら、子どもの好物を出したり、抱きしめてあげたりして寄り添う。そうやって、「世界で保護者だけは味方だ」という実感を子どもに抱かせる。そうすれば、また外へ挑戦しにいけるようになります。

 

子どもにとって、保護者は最後の砦。社会に出てたくましく生きることができるよう、見守っていきましょう。

 

PROFILE 高濱正伸さん

花まる学習会代表。1959年熊本県生まれ。県立熊本高校卒業後、東京大学へ進学。同大学院修士課程修了後、1993年に「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「思考力」「国語力」「野外体験」を指導の柱とする学習教室「花まる学習会」を設立。算数オリンピック委員会作門委員。

取材・文/ゆきどっぐ イラスト/加納徳博