子どもの受験や教育について、親の悩みは尽きないもの。わが子に対して「失敗したらやり直せないのでは…」と不安を感じることもあるかもしれません。
今回話を伺ったのは、YouTubeなどで「学歴」をテーマに発信している「9浪はまい」(以下、濱井)さんと「藤井四段」(以下、藤井)さん。
濱井さんは仮面浪人や社会人を経験しながら、9浪という長い道のりを経て早稲田大学に合格。一方、藤井さんは4浪で横浜国立大学に合格したものの、留年を繰り返し在学5年目にして現在2年生です。
人とはちょっと違う経歴をもつ2人が考える「やり直せる社会」とは?
仮面浪人&就職を経て…「9浪はまい」さんの場合
── 濱井さんは2018年、27歳で早稲田大学教育学部に入学されましたね。9浪してまでも、早稲田大学に入りたかった理由は?
濱井さん:
私が通っていた高校は、兵庫の偏差値40ぐらいの学校でした。進学率は1割ぐらい。勉強することをバカにされるような雰囲気があって、「みんなが大学へ行く」という環境ではありませんでした。
高校卒業後は、推薦で関西の私立大学に進学しました。ある日、偏差値が高い大学の学生たちと話をする機会があって。彼らはいままで会ったことがないタイプで、“自分”をしっかり持っていて、他者のことを慮るような優しい人ばかりで…衝撃を受けました。
というのも、私の周囲には怒鳴り散らす人や自分の意見を押しつける人が多かったから。そんな環境がイヤだったし、この世界から抜け出したいと思っていました。彼らと自分の違いは何かと考えたとき、学力かもしれない、と思ったんですね。
── YouTubeでは、子どもの頃にいじめられた体験から、有名大学に入ることでいじめっ子たちを見返したい気持ちがあったとも話されていましたね。
濱井さん:
はい。それに加えて、自分には成功体験や努力をした経験がいっさいないというコンプレックスがありました。このまま基本的な教養もなく、今後の人生で勉強する機会がないと、自分はダメになるような気がして。
納得いくまで頑張って、早稲田に行くことを目標にしました。周囲からは「無理だ」と言われ続け、実際に模試やセンター試験でもいい点数は取れなくて。早稲田の過去問は、多い科目で合計80年分解きましたが、自分は勉強が向いてないかも…と落ち込むこともしょっちゅうでした。
仮面浪人をしたり、一度就職して働きながら勉強したりで、9年目に早稲田大学に合格。おかげさまで、今年の4月に卒業もできました。
4浪4留で親が医者…「藤井四段」さんの場合
── 一方、藤井さんはお父さまが医者で、教育には恵まれた環境で育ったと伺いました。医学部を目指して4浪した結果、横浜国立大学理工学部に入学されていますね。
藤井さん:
父親から「お前は将来医者になるんだぞ」と言われて育ったので、当たり前のように医学部を目指しました。
僕は、中学まではいわゆる“勉強ができる子”でした。けれども、高校で学力がガクンと落ちてしまって。受験に失敗してからは、何も考えずに浪人していた節があり…。ほぼ思考が停止していたように思います。
医学部に行くしかないけど、いまは勉強ができないから必然的に浪人しなきゃ…って。振り返ってみれば「絶対に医者になる」という熱い思いもなかった。 結局、医学部は断念し、4浪目に理工学部に進みました。
── ようやく入学した大学ですが、在学5年目で、いまは2年生だとか。
藤井さん:
2年生を4回やっています(苦笑)。最初はテストの日に気持ちの落ち込みのせいで大学に行けなくて…という感じでしたが、あれよあれよという間に4留が確定してしまいました。
在学4年目までは両親が授業料を払ってくれていましたが、僕がYouTubeで活動していることが親に知られてしまって。
「勉強せずにお前は何やってるんだ」と怒られ、自分で学費を払うことにしました。いまはお金がないので休学して、アルバイトで学費を稼いでいます。
── その状況でも中退を選ばず、絶対に卒業したい理由は?
藤井さん:
言葉にすると軽く聞こえてしまうと思いますが、きちんと卒業したほうが自分の人生は面白いとは思っていて。紆余曲折を経て、モチベーションを持ち直して、苦節8年ぐらいで国立大を卒業できました…というところを目指したいなと。就職のためというわけではなく、自分の経歴になるといいなと思っています。
Twitterでは、僕と同じように留年しそうな人からDMがよく来るんです。そういう人のためにもやっぱり卒業はしたい。「親不幸者」とか「さっさと大学やめて働け」とかいうDMもたくさん来ますけど。
「いい大学」を卒業しないと、人生は失敗?
── 今回の特集テーマは「やり直せる社会」です。おふたりは「学歴がないと人生がうまくいかないのでは」と思うことはありますか?いまは学歴に左右されずに働く若者も多い気がします。
濱井さん:
「昔より学歴重視社会ではない」という風潮があるかもしれませんが、感覚的には依然として学歴社会はあると思います。表向きは「学歴は関係ない」という企業も、入社してみたら学歴がある人ばかりだったという話も聞きますし。
藤井さん:
僕はいまも学歴社会だと思っています。確かに個人で稼ぐ手段や、企業に依存しない仕事の選択肢は増えていますが、個人で稼げるようになったとしても、そのために学歴が必要だったりすることもあるので。たとえばYouTubeなどのコンテンツでも「東大卒」などと付くほうが信用度が上がりますよね。
濱井さん:
いまは「学歴=いい会社に就職するため」だけではないっていう感じは、あるかもしれませんね。学歴がすべてじゃないけど、多様な選択肢があるなかで、学歴があると自分をコンテンツ化できるというか…。
僕もTwitterで「浪人していてつらい」「就職できるのか不安」という相談のDMをたくさんいただきます。そういう人々がちゃんと前を向いて生きられる世の中になればいいなと思うし、現役生と浪人生が差別されない社会になるような貢献はしたい。そのために「浪人」に関する発信はずっと続けていきたいと思っています。
20代の若者が考える「やり直せる社会」とは
── 「やり直せる社会」になるためには、どんな心構えが必要でしょうか?
濱井さん:
「やり直せる」という意味では、私自身は失敗だらけの人生です。失敗の積み重ねだけど、落ち込むというよりは「やり直し」を繰り返してきた9年だったので…。いまとなっては、自分のなかではもう失敗とも思っていないし、成功のためのトライアンドエラーでした。経験してよかった9年だと思います。
私の場合、10年20年後に幸せに過ごせるかということを考えて、叶えたのが学歴を得ることでした。人によってはそれが学歴なのか、収入なのか、やりがいなのかは変わると思います。あくまでも他者の評価ではなく、自分のコンプレックスや夢に向き合うことが「やり直せる社会」につながるのではないかなぁ、と。
藤井さん:
いわゆるドロップアウトの道に進んでしまっても、「なんとかなっている人もたくさんいる」ということをみんなが知っていれば、「じゃあ自分はこっちの道に行こう」と軌道修正できますよね。
テレビドラマを見ていると、刑事だとか医者だとか、花形の仕事ばかり。仕事ってそれだけじゃないし、お金を稼ぐ方法はいくらでもあるような世の中になりつつある。その手段や選択肢をもっと多くの人が知れるようになれば、「意外と何とかなる!」と思う人も増えると思います。
そもそも、ドロップアウトしたときに「やり直さなきゃ」
PROFILE 濱井正吾(9浪はまい)さん
1990年生まれ、兵庫県出身。9浪を経て、2018年早稲田大学教育学部に入学。Twitter(@hamaishogo1111)やYouTube「バンカラジオ」「トマホーク」などで自身の経験を発信。今月、初の著書『浪人回避大全 志望校に落ちない受験生になるためにやってはいけないこと』(日本能率協会マネジメントセンター)を上梓予定。
PROFILE 藤井四段さん
1995年生まれ、鹿児島県出身。医学部を目指して4浪をするも
取材・文/大野麻里 画像提供/9浪はまいさん、藤井四段さん