個人が手軽に本屋さんになれる「シェア型書店」が各地で注目されています。1つの棚を月数千円で借りて読み終わった本などを販売でき、棚主同士の交流が生まるなど街のにぎわい作りにもひと役買う存在。東京都世田谷区で「100人の本屋さん」を運営する吉澤卓さんに話を聞きました。
街の棚貸し本屋さんが地域の人たちのハブになる
約100年前に祖父が酒屋を開業した場所が空き、有効活用したいと考えていたところ、棚ごとに本の売主が異なるシェア型本屋の「ブックマンション」の存在を知った吉澤さん。
「本屋をシェアする文化」を自分が暮らす街でも展開したいと思ったのが、開業のきっかけです。
「世田谷区は『定住人口』は多いけれども、地域と多様に関わりをもとうとする『関係人口』が少なく、本を読んでいる人が集まって、地域の人とクロスする場所を地元にもつくりたいと考えました」
吉澤さんが運営する「100人の本屋さん」では、毎月3850円(税込)の利用料を払えば棚主になれ、本が1冊売れるごとに100円を販売手数料として店に納めます。
売る本や値段は出店者自身で決めることができ、販売せずに本の紹介・閲覧のみという場合もあるそう。
店主の8〜9割は一般のひとたち。自分の推し本や神本、古書(古本)を販売しています。残りは作家や出版関係者です。
「『読み終わった本を古本屋に買取してもらっても、二束三文で寂しい気持ちになる。でも、ここなら自分の決めた価格でダイレクトに欲しい方に本が渡る』と棚主さんは言っていますね。
売上があることも嬉しいですが、それよりも『あの本が誰かに渡ったんだ』ということのほうが喜びのようです」
小学4年生の子どもが体験として学べるもの
「棚主さんはさまざまです。例えば、小学4年生の子どもとお母さんでひとつの棚を半分ずつ使うケースもあります。
お住まいは近所ではないため、月に1度、母子で1冊ずつ本を持ってきて、ポップを書いて、並べ直しています。値づけのしかたなど、娘さんのお金の勉強も兼ねて利用されているようです」
面白いことに、棚主が丹念にポップを書いて表紙が見えるように展示している本はすぐに売れるそうです。
また、「100人の本屋さん」で出会った子ども同士で連絡を取り合って店内で待ち合わせることもあり、学校以外の友達のネットワークも生まれました。
コミュニティのハードルを下げる役割も
複数の棚主さんが来店したときは、吉澤さんが間に入って紹介することで新しい出会いが生まれます。
また、棚主さんがボランティアで店番をすることも「シェア型書店」の魅力で、自分の棚の本が売れる場面に立ち会うことができたり、店番をするかたわら趣味で占いをする方もいるそう。
「コミュニティと聞くと足を踏み入れるハードルが高いこともありますが、『こちらの本棚の棚主さんです』などと紹介することで、本好き同士ということもあり、距離が縮まって交流しやすくなりますね」
ワンクリックで手軽に本が買えるネット書店に押され、苦境に立たされるリアル書店のニュースが目立ちます。
ただ、自然発生的にコミュニティが生まれる場として「100人の本屋さん」のような「シェア型書店」が広まれば、リアル書店にも新たな魅力が加わるかもしれません。
「週末を中心に近くのスポットを散歩しにくる方々に気軽に立ち寄っていただき、棚主さんたちがセレクトした本を通して、100人の本屋さん自身の気配にも触れていただければと思います。
この地に眠る吉田松陰は獄中3年で1500冊近くを読破したというエピソードの持ち主。本の入手、借り受けの過程で、明治維新に至るネットワークを広げたとされています。
『100人の本屋さん』もそういった縁にあやかり、本のパワーが街に染み出し、人々のネットワークを増やしていける場所を目指しています」
PROFILE 吉澤卓さん
取材・文/清宮あやこ 写真提供/100人の本屋さん