「デュアルスクール」とは徳島県が実施している、地方と都市の2つの学校を行き来しやすくし、双方で教育を受けることができる新しい学校のかたちのことです。

 

今、住民票を移さずに徳島県内の小中学校に転校できるこの制度を利用する家族が増えています。デュアルスクールが目指す地方と都市の未来とは。徳島県教育委員会教育創生課の久次米昌敏(くじめ・まさとし)さんにお話を伺いました。(※令和4年度より、デュアルスクールの担当は学校教育課へ移管)

派遣講師と一緒に
特別に配置される双方の学校の学習進度を調整し、学校生活面もフォローする「デュアルスクール派遣講師」と授業を受ける子ども達

「デュアルスクール」とは働き方改革であり、デュアルな視点を持つ人材育成でもある

── 徳島県が実施している「デュアルスクール」とは具体的にはどのような取り組みでしょうか。

 

久次米さん:
はい。デュアルスクールは、「区域外就学制度」の活用により徳島と都市部の2つの市区町村教育委員会が協議して承認されれば、地方と都市の2つの学校の行き来が簡単になり双方で教育を受けることができる、徳島県が取り組んでいる新しい学校のかたちのことです。

 

都市部および徳島県内の公立小中学校に通学する小学1年生から中学2年生までの子どもが対象になっていて、両校間を一年間に複数回行き来できます。期間や回数はご家庭の事情に合わせて調整できますが、2週間程の就学が基本となっています。


学籍を異動させているので、受け入れ側の学校での就学期間も住所がある送り出し側の学校では欠席とならず、受け入れ側の学校で出席日数として認められます。 

 

リモートワークの風景
リモートワークしている家庭の風景

近年増えている地方移住や多拠点生活を促進していくうえで、子どものいるご家族にとっては、子どもの教育をどこで受けさせるのか、転校させるのかなど、教育に関する不安が大きな課題のひとつです。

 

デュアルスクール中の教科書は、送り出しの学校と受け入れの学校で違う場合は無償で給付されます。双方の学校の学習進度を調整し、生活面もフォローする「デュアルスクール派遣講師」を配置することで学習進度の違いや学校生活に関する不安を解消して、保護者の働き方改革、そして子どもにとっては地方と都市の両方の視点を持ちながら成長することができる取り組みになっています。

ひとりの声に徳島県が出した答えがデュアルスクールだった

── デュアルスクールを導入した背景を教えていただけますでしょうか。

 

久次米さん:
はい。徳島県は全国的にもサテライトオフィスの進出が進んでいる県でして、そんな徳島に進出されたある企業の経営者の方が「自分は地方と都市を自由に行き来できるけど、子どもは学校があるからなかなか一緒に過ごせない。何とかできないだろうか」という課題を持たれていたことがきっかけでした。

 

現代のワークスタイルに沿った働き方を促進するためには、子どもも、もっと自由に生活の場を移し、学べるようにならなくてはいけない。ひとつの地域、ひとつの学校にとらわれない制度がこれから求められるんじゃないか。そういった提言が徳島県に出されたんです。

屋外での授業風景
屋外での授業風景

それに対する徳島県の答えが「2つの学校を容易に行き来できるようにする」でした。そこからできたのが「デュアルスクール」です。

 

── ひとりの方の声からできた制度なのですね。誤解を恐れず言うと教育委員会には堅いイメージがあるのですが、この答えを出すにはハードルが高かったのではないでしょうか?

 

久次米さん:
そのイメージは分かります(笑)。実際にこの提言をいただいてから制度がスタートするまでには2年程時間がかかっています。やはりやったことのないことをスタートするにはさまざまなハードルがありました。それでも、動かなければこの声はなかったことになってしまいます。

 

時間はかかりましたが良い制度だと信じて進めてきたので、実際スタートできた時は嬉しかったですね。

多様なニーズに応えながらよりよい制度にしていく

── やはりサテライトオフィスに勤務されている方がメインでこの制度を使われているのでしょうか?

 

久次米さん:
この制度をつくった当初はサテライトオフィスに勤務している方のご家族が利用することを想定していたのですが、現在はさまざまな理由で利用される方が増えています。

 

実家が徳島にあり、里帰り出産の際に利用される方、お試し移住で利用される方、就農など徳島で働くことを模索したいとのことで利用される方など、本当にさまざまです。私たちもニーズに応えながら進めていく中で、この制度がより良いものになってきていると実感しています。

違う部分だけでなく、同じ部分が見えることで豊かになる視点

── 実際に体験された方の反応はいかがでしょうか。

 

久次米さん:
そうですね、都市部では体験できない豊かな自然体験や、より親密な地域の人との交流を通して様々な視点を持って物事を見ることができるようになったという声をいただいています。

親子で自然体験
親子で自然体験

これは中学生の例なのですが、普段はあまり運動をしないけれど、せっかくだから部活動に参加してみたというお子さんもいて、前よりも活発になって積極性が身についたというお話もありました。

 

また、親子で過ごす時間が増えたことや、自然の中で心の余裕ができたことで、親子の会話時間が増えたと聞いた時は嬉しかったですね。違う環境の中で、違う部分だけでなく同じ部分に着目する視点を持つことができたという声も印象的でした。

受け入れることで地域が活性化

── 違う環境に触れてたくましくなっていくのでしょうね。受け入れ側の子どもたちの反応はいかがでしょうか?

 

久次米さん:
受け入れ側の反応はとても大きいです。受け入れ側の子どもにとって、新しい友達がくるということはとても刺激的で魅力的なことです。都市部の子どもと関わり会話する中で、地方と都市はこんな違いがあるんだなと違う部分に気づく一方で、違う環境なんだけど「僕たちよく似ているな」と思うところもある。

屋外での授業風景
デュアルスクールでやってきた児童とほかの児童が交流する屋外での授業風景

違いの中で同じ部分にも気づくことで、豊かなものの見方が育っているように思います。学校はどうしても閉鎖的になってしまう部分もありますから、毎回新しい風を入れてもらっているように思います。また子どもたちだけでなく、受け入れる地域にとってもとても良い循環が起きています。

 

── 受け入れ地域にはどのような変化があったのでしょうか?

 

久次米さん:
徳島県の多くの市町村は人口が減っています。地域の方は、移住までいかなくても徳島県と関わりをもつ人が一人でも増えて欲しいと思っています。なので、来てくれた方を大切にしてくれる地域が多いんです。

 

ある地域では毎年秋祭りが開催されているのですが、子ども神輿はもう長い間やっていなかったんです。しかし、デュアルスクール中の子どもがお祭りに興味を持ったことがきっかけに、ぜひ喜ばせてあげたいと地域の方が子ども神輿を復活させました。

 

また、デュアルスクールを利用しているIT企業に勤める保護者の方が講師となって、学校でプログラミングの授業を受け持ってくれたこともありました。プロの方に教えてもらうことで普段できない学びができるなど、地域を活性化することにも繋がっています。

デュアルスクールが誰かの新たな一歩を踏み出すきっかけになる

── 双方にとってメリットが大きい仕組みなのですね。デュアルスクールの今後の可能性についてお考えを教えていただけますでしょうか。

 

久次米さん:
はい。最初はサテライトオフィスがきっかけで始まったデュアルスクールですが、たった2週間かもしれませんがこの期間での子どもたちの変化は目覚ましいものがありました。

 

一時的にでも環境を変えることで子どもにとって良い変化があるのであれば、たとえば心に不調を抱えている子どもたちにとっても新たな居場所を見出す可能性がここにはあるんじゃないかと思っています。

 

また、この環境が自身にとても合うようだったら、移住という選択肢もあります。デュアルスクールをきっかけに誰かの新たな一歩を踏み出すきっかけになったら嬉しいですし、取り組み自体もニーズに応えながら常に進化していきたいと思っています。

 

 

「地方と都市それぞれのよさを体験することで多様な視点を持ち、多面的に考えることができる人が育つと信じている」という久次米さんの言葉が印象的でした。まだ事例はないものの、地方から都市部へのデュアルスクールにも地方創生の大きな可能性を感じているとのこと。今後の展開に注目していきたいと思います。

取材・文/渡部直子 写真提供/久次米昌敏