現在、地方の大学病院で麻酔科医として勤務しているあおさん(33)。
1児のママとしてフルタイムで働き始めてから2年になりますが、同じ医師ある夫の無関心や無理解、上司との価値観の相違を乗り越えて今にいたります。
その期間を“暗黒期”と表現し、投稿ウェブサイト「note」での発信は、大きな反響を呼びました。
医学の世界でも根強かった女性の「働きにくさ」を、どう切り抜けてきたのでしょうか──。
夫を好きという感情はほとんどない
「夫に対する愛情は、出産前後で大きく変わりました。
人として尊敬はしていますが、好きという感情はほとんどないですね。ある種の男性不信というか…。
今でこそ、夫は育児に積極的ですし、上司とも良好な関係を築いています。
しかし、それまでの“暗黒期”というモヤモヤは、今もたまに雨雲のようにあらわれますね」
夫が仕事を休んで子どもの面倒を
そう語るあおさんは、医学部時代から交際していた夫との間に長男が誕生してから3年近くがたちます。
フルタイムのワーキングマザーとなるために、さまざまな困難に直面してきた体験談を「あお@女医ワーママ」としてnoteで発表してきました。
「実は持病の悪化があり、最近は週5フルタイムを4日に減らしていましたが、この春から5日に戻します。
保育園の送りは基本的に夫が担当です。迎えは週4で私、週1で夫がしています。迎えがある日は遅くとも18時までには退勤させてもらっています。
夫が迎えの日は必要があれば残業もします。保育園からの呼び出しも分担しています。
基本は平日に勤務していますが、月に1回、休日の日直(※)があります。その時は、夫が仕事を休んで息子を見てくれています」
※日中の勤務のこと
“母親は完璧な医者になれない”
最近は、少し落ち着いたようにみえるあおさんですが、心にいまだ突き刺さったままの言葉があります。
結婚したばかりの研修医時代に当時、勤めていた病院の男性上司からの発言でした。
「お母さんをしながら、完璧な医者にはなれないよ──」。
どういうことでしょうか?
「大学病院の世界ではまだ、医師は24時間365日働いてナンボという価値観から抜け出せていないところがあります。
なので、女性医師の場合、出産後は時短勤務や非常勤となり、給与もキャリアも制限されることがよくあります。私もそれが当然だと思っていました。
ところが、自分が当事者になってみると“おかしいな”“なんで?”と疑問を抱くようになったのです」
手取り額は10数万円
あおさんが勤務している大学病院は、時短勤務になると1か月の手取り額は、10数万円程度になるそうです。
「夫も勤務医ですが、そこまで高給ではありません。
車で保育園の送迎をして、食事や寝かしつけまでしてくれるベビーシッターを雇うほどの収入はありませんし、時短勤務では私の医師としてのキャリアも中途半端になります」
ショックを受け家出を
産後2か月ころに復職について上司と面談すると、週5日のフルタイムで残業ありという、提案をされたそうです。
「多少、配慮されていたかもしれませんが、週5勤務で保育園の送迎や呼び出し、病気になった時の看病を私ひとりでやることは無理だと思いました。
その夜に夫に助けを求めたところ、真剣に取り合ってくれず、寝そべりながら“何とかなる”と返事をされ、ショックを受けて家出をしました(笑)。それが、暗黒期の始まりでしたね」
協力や分担などの発想がない夫へのやり場のない感情を、どうコントロールすべきかわからなかったあおさん。
note以外にも、Twitterなどで発信を始めたことが一種のセラピーになったようです。
上司や夫とどう折り合いをつけ、フルタイム・ワーママを目指したのでしょうか?
「無意識の思い込み」に気づく
「大事なことは3つあると思います。1つ目は、自分の中で優先順位をつける。
2つ目は、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に気づき、左右されない。
3つ目は、上司は“異文化“だと考えることです」
今だからこそ、そう冷静に振り返ることができると話すあおさん。
「家事も育児も仕事も、時間や体力が限られている環境ですべてを完璧にこなすことは難しいです。
だから優先順位をつけて、順位が低いものは潔く手放す。一方で、順位が高いものは大切に、小さな達成感を大事にすることが必要かもしれません。
家事については、特にトイレ掃除に怨念があり(笑)、私は2度としたくないので掃除代行に来てもらっています」
ワーキングマザーとして働き続けるために、あおさんがいちばん大切だと思っているのは2番目です。
「“女性(医師)は出産したら時短で育児を主に担うべき”、“女性(医師)は出産したらキャリアが止まるのは仕方がない”、“男性(医師)は子どもがいても仕事が最優先”という無意識の思い込みに気づくことです。
そうすれば、自分のキャリアや人生への展望がひらけてくるのではないかと思います」
上司との交渉は“異文化交流”
3番目についてはこう語ります。
「私の上司世代の50〜60代以上の男性医師は特に、夫婦の共働きや家事・育児分担の概念が希薄です。
こちらの考えをすべて理解してもらおうとはせず、共感できない価値観もあります。
何とか落としどころを見つけるんだ、という気持ちで望むのが現実的かもしれません」
代替案を出したが納得してもらえず…
上司から週5フルタイムで、復帰するように言われた時のことを振り返ります。
「毎日18時まで、できれば20時まで残業してほしいと上司に言われました。
自宅と職場は近いのですが、朝は0歳児の息子を7時に保育園に預け、8時前に出勤する必要がありました。
息子の負担を考えると厳しいと伝えたのですが、話は平行線のままでした。
最初は、子どもの睡眠や生活習慣について、WHO(世界保健機関)のデータなどを資料として提出し、理詰めで迫りましたが効果がありませんでした。
他にも30分程度の残業や週1日の夜間勤務といった代替案を出したのですが、それも納得してもらえませんでした。
最後は“これでは厳しいです!”と強引に押しきり、最小限の残業に。息子が1歳半をすぎたころからは、長めに残るようにしました。
でも、このような感情的な方法は勧められませんね」
刺し違える覚悟で何度も…
あおさんが働けない分、独身や子どもがいない同僚がカバーしてくれていることには、申し訳なさを感じているといいます。
一方で、“無関心”の夫は、どう説得したのでしょうか?
「夫とは“異文化交流”や話し合いというより、刺し違える覚悟で何度も説得しました。
夫への愛情はないかもしれませんが、ある意味いい人で、忍耐力があり動じない性格は尊敬しています。
ただ、医師という仕事の影響か、“死んでいなければ大丈夫”と思っていたようです。
私が妊娠中や産後に“つらい”と訴えても、あまり深刻には考えていなかったのだと思います」
心をえぐられたエピソードを明かします。
「産後、入院中に頼んでいたほ乳瓶の消毒キットさえ購入してくれないこともありました。
育休中に腹痛で苦しんでいるときも、気にとめることもなく仕事に行ったこともありましたから…。
車検のために休日を取る余裕があるのなら、私が働く日に子どもの面倒をみてください、というようなやり取りを何度もしましたね」
夫が職場で頭を下げて交渉し…
その結果、夫は保育園への送りや呼び出し対応をしてくれているそうです。
「何度か私が持病で寝込んだ時も、ひとりで息子の面倒を見てくれました。
私の仕事や息子のために、職場に交渉して頭を下げてくれたことも感謝しています。
私だけではなく、夫も自分の時間やキャリアを差し出す覚悟を持って、息子を育ててくれているのだと感じています」
今でこそ、そう語ることができるあおさんですが、お子さんが生まれる前に育児について話し合うことはしなかったのでしょうか?
「実はしていませんでした。私は新生児医療で重い病気のお子さんを診ていたこともあったので、将来のことを考えるのが怖かったというか…。
つわりもひどくて、ハッピーマタニティライフとは言えず、出産後のことがうまく準備できていなかったのは確かです」
夫のキャリアにブレーキがかかる
現在は、家事・育児の割合は、妻が7で夫が3となっているそうですが、あおさんにはこんな夢もあります。
「私は今後、ペインクリニックや緩和ケアについて勉強したり、大学院に行ったりしたいと考えています。
そのどこかのタイミングで家事・育児分担の割合を夫と逆転させたいと思っています。
ただ、そうなると夫のキャリアにブレーキがかかるので、それ相当の私の覚悟や熱意が必要だと思っています」
この逆転劇が生まれた時に、あおさんの暗黒期は終わり、晴れわたる空が広がるのかもしれません。
PROFILE あおさん
取材・文/CHANTO WEB NEWS 写真提供/あおさん、PIXTA