「私のちいさな問いから社会が変わる」を合言葉に、二人の若い女性によって北海道東川町に設立された「人生の学校」が今、注目されています。北欧独自の成人教育機関で、試験や成績がいっさいない、フォルケホイスコーレをモデルにした大人の学び舎「人生の学校」に大学生からシニアまで多世代が集まる理由とは。

 

東川町役場に所属する地域おこし協力隊で、「株式会社Compath(コンパス)」共同創業者のお一人、安井早紀さんにお話を伺いました。

共同代表の安井さん(左)と遠又さん(右)
共同代表の安井さん(左)と遠又さん(右)

立ち止まり、自分の心の声を確認する場所

── 安井さんが北海道東川町に設立された「人生の学校」が今注目されていますが、何を学ぶ学校か教えていただけますでしょうか。

 

安井さん:
はい。名前は「School for Life Compath」と言います。共同創業者の遠又と一緒にデンマークを訪れたことをきっかけに設立しました。デンマークで「人生の学校」と呼ばれているフォルケホイスコーレをモデルとした大人の学び舎です。ここでは、学生からシニアまで様々な人が出会い、共に学んでいます。

参加者の様子
木に触れながら、思考を巡らせる参加者

多様な人が対話を重ね、自分はこれからどうやって生きていきたいのか。自分が歩みたい人生の延長線上にある「社会」をどう変えていきたいのかを考えます。とても簡単に言うと、長い人生の中で一度立ち止まって寄り道をして、自分の心の声を聞き、確認する場だと考えています。

 

── なるほど。具体的にはどのようなプログラムがあるのでしょうか。

 

安井さん:
はい。開催しているコースは時期によって異なるのですが、町に根ざし、暮らしながら学ぶ3か月のロングコース、会社や学校の長期休暇を利用して参加しやすい1か月のミドルコース、リモートワークをしながら参加できる7泊8日間のワーケーションコース、そして、東川町を訪れることは難しいけれど日常の中に余白が欲しいという方向けに、文通でやり取りを重ねるレターズという4つのコースがあります。

ロングコースに参加した大学生

── それぞれのプログラムにはどのような方が参加されているのでしょうか。

 

安井さん:
本当に様々です。自分の進路やキャリア、人生を考えるために長期間休んで来る方もいますし、平日にリモートワークをしつつもリフレッシュしたくて参加する方もいます。また、新しい旅の形として、その土地の人と深く交流することで刺激を受けながら自分の価値観を広げたいという方も。

 

参加される方の年齢は18歳の大学生からシニアまでと幅広く、一人で参加する方もいればお子さんと一緒に家族で参加される方もいます。

場所と人、流れる時間を変えるだけで得られるものがある

── 人によって学びたいことや感じとりたいことが様々だからこそ、参加される方の年齢や背景が多様なのですね。

 

安井さん:
そうですね。ただ、特に頑張り屋さんな方に来ていただく価値を感じています。必ずしも長い期間休まなくても、住んでいる場所と会う人、そして流れる時間を変えることによって自分の考え方をリフレッシュできると考えています。

森の中での授業の様子
森の中での授業の様子

このまま走り続けることもできるけれど、どこかで足がもつれてしまいそうだから立ち止まりたいというニーズが多いように思いますね。

初めて会った人の「それ、いいね。できるんじゃない?」が大きなきっかけに

── 実際に参加された方の反応はいかがでしょうか。

 

安井さん:
いちばん多いのは「今まで自分の声を大事にしていなかったことに気づいた」「こうあるべきという枠が外れた」という声です。自分は本来はこういうものが好きだったんだな、こういうキャリアを築いていきたいけどできないと思い込んでいたんだな、と気づいて転職や起業のきっかけにしたり、今いる職場や学校で工夫しようと考え始めたりする人が多いです。

仲間との対話
参加者同士の対話は、気づきの宝庫

ここで初めて会う人たちはまっさらな気持ちで自分に接してくれるので、「それ、いいね。できるんじゃない?」と気軽に言ってもらえることで、縛られていた枠が外れて、自分の本当に欲しい未来を考え手に入れるきっかけになっているんだと思います。

 

また参加者の多くは都会で暮らしているため、東川町の壮大な自然や様々な価値観を持った人に触れて「こんなに多様な生き方があるんだ」とその後に住む場所を考える機会にもなっているようです。

社会のサスティナビリティだけを求めていては持続できない

── 授業の中で大切にしていることを教えてください。

 

安井さん:
はい。近年では、サスティナビリティ(持続可能性)という言葉を耳にしない日はないほど、環境や人々の健康、経済など様々な場面において持続可能な社会づくりが求められていますよね。私たちはサスティナビリティにもインナーサスティナビリティ(自分のサスティナビリティ)とアウターサスティナビリティ(社会のサスティナビリティ)の2種類あると考えています。

 

世の中では、社会のサスティナビリティを高めるためにいかに貢献できるかが注目されているように思います。それ自体は素晴らしいことだと思うのですが、社会を優先した結果、自分自身の声が聞けず苦しくなってしまい、継続が難しくなってしまうということも起きているような気がします。

 

まずは自分の声を聞く
まずは自分の声を聞く

なので私たちのコースでは、まずはインナーサスティナビリティ(自分のサスティナビリティ)に目を向け、自分にとって豊かな生き方を考える時間を大切にしています。そしてその後、社会に目を向ける。

 

自分は社会にどんな働きかけができるんだろう?自分が生きていくために欲しい社会はどんな社会なのか?

 

自分自身への問いから、少しずつ問いを投げかける範囲を社会へ広げていくよう、学びを設計しています。

 

さらに東川町内外からさまざまな分野の講師をお呼びしたり、デンマークのフォルケホイスコーレと繋いでみたりなど、様々な視点を取り入れることも意識しています。

欲しい学びは自分でつくる

── 自分や他者との対話が授業のメインなのですね。

 

安井さん:
それだけではなく、五感を使い、自らの手足を動かす授業もたくさん用意しています。東川町は写真の町でありクラフトの町。水が美味しく、食や農業も盛んな町です。


最近開催したロングコースではこういった町の良さを活かして、町の職人さんに弟子入りをして木のスツールを作ったり、カメラを学んだりする授業も行いました。

スツールづくりに没頭するロングコース参加者
スツールづくりに没頭するロングコース参加者

このように、私たちは少しでも参加してくださるみなさんの学びのきっかけになればと、一生懸命授業をつくっています。それでも来てくださる方々にとっての一番の学びは、生活の中で対話や小さな選択を重ね、自分が欲しい学びを自分でつくることだと考えています。

まさに、安井さんと遠又さんの「ちいさな問い」から始まった東川町の「人生の学校」。「人生は長い。一度立ち止まって寄り道をして、自分の心の声を聞いてほしい」と話す安井さんの笑顔に大きな安心感を覚えました。

取材・文/渡部直子 写真提供/株式会社Compath