先日、宿題で息子のまめ(6歳)から仕事についてのインタビューを受けた話に触れましたが、その流れで、イラストレーターという職業がどんなものかというテーマで、小学校で授業をさせていただくことになりました。
1人の生徒からの「まめは武器なんだね」がすっと腑に落ちた
作画に使っているiPadをプロジェクターに繋いでイラストができるまでの工程を説明したり、イラストレーターの仕事の内容や、どんな人たちと一緒に仕事をしているのか、SNSを使って発信を続けてようやく名指しで仕事をもらえるようになった経緯などを話していたときのこと。
1人の生徒から「じゃあ、まめのママにとって、まめは武器なんだね!」と言われ、なにかがすっと腑に落ちました。
なかなかお仕事をいただくことができなかった若い頃、私は傲慢にも「みんなが好みそうなもの」「みんなの心に響くもの」を描こうと躍起になっていました。
そんなやり方でうまくいくはずがありません。私がちょっと頭のなかで何かをこねくり回してみたところでなにが生まれるというのでしょう。
のちに私はまめと出会い、育児記録というかたちで毎日まめの姿をイラストに残しはじめましたが、そこが私の本当のスタートラインだったのだと思います。
私が毎日心を動かされ、泣いたり笑ったりしながらひたすらイラストに残した、描きたくて描きたくて仕方のないもの、それがまめでした。
そんな思いで描いたから毎日続けることができた。だから誰かが共感してくれたのです。
まめとゆめこに出会えたおかげで、私は今も毎日夢中で絵を描くことができています。かっこいい言い方をすると彼らはいわゆる「ミューズ」っていうやつですかね。
それを「武器」と言ってのける子どもらしい率直なワードチョイスが清々しくて思いきり笑いましたし、あらためて自分が仕事をするうえで必要不可欠な存在を得られたことをありがたく噛み締めるなどしました。
子ども相手の授業、楽しいものです。