〈阪神淡路大震災の日、会社に行ったら活字が崩落していました〉

震災で雪崩落ちた大量の活字。棚に残った活字を生き返らせた発想とは(山添提供)

 

阪神淡路大震災から27年。今年1月、大阪の印刷所「山添」の代表、野村いずみさんのツイートが話題を呼びました。1995年の阪神淡路大震災、2018年の大阪北部地震と二度の災禍に見舞われ、床に散らばった、おびただしい数の活字。落ちずに残ったものの、活版印刷には使えなくなった大量の活字たちは今、新たな形でその記憶を継承しています。「印刷物で使えなくとも、活字の生きる道を探したい──」。創業者の父から活字を受け継いだ、2代目社長の野村さんに思いを聞きました。

「震災からのアイデアに感動した」一つのツイートが4.8万“いいね”と話題に

〈あの震災を機に活版印刷をやめた事業者さんが沢山あります。うちは何とか拾ったものの、大阪北部地震でまた崩落。印刷に使うことは出来ないのですが、落ちなかった活字は「おみく字」となって文字を届けてくれてます〉

落下せずに棚に残った活字を包んだ「おみく字」

 

野村さんはそんなメッセージとともに、2枚の写真をツイッターに投稿しました。一方の写真に写っているのは、何十万もの活字が床に散乱している大阪北部地震直後の光景。そしてもう一枚の写真には、小さな棚の引き出しに並ぶ「おみく字」と書かれた小袋が並んでいます。その小袋の中には「震災を乗り越えた活字たち」として、落下せずに残った活字が入っているのです。

 

「アイディア次第で生まれ変わる」「震災からのアイディアに感動した」。

 

野村さんのツイートは多くの共感を呼び、4.8万以上の「いいね」が付き、リツイート数も1.3万を超えました。一時は震災を機に「やっと活版印刷を止められる」と考えたという野村さん。おみく字が生まれるまでにどんな物語があったのでしょうか。

40万本あった活字の半分以上が崩落「活字」は二度の災禍に見舞われた

山添は1968年に野村さんの父・常夫さん(故人)が創業。ハンコのように文字や記号を掘った「活字」を組み合わせて版を作り、インクを付けて印刷する「活版印刷」からスタートしました。当時は「名刺を刷れば蔵が建つ」と言われるほど盛況な業界だったそうですが、1990年代以降は速く大量に仕上がる「オフセット印刷」へと移り変わり、活版印刷は衰退の一途をたどることに。阪神淡路大震災が起きたのは、そんな頃でした。

山添で保存されている活版印刷機

 

「活字が落ちているのを見て『あ、これでやっと活版止められる』と思ったんですよね。同じ規模の印刷所はオフセットの印刷機をどんどん導入していましたし...。私自身は殆ど使っていない活字をもとに戻すのは反対でした。しかし父は『拾う』の一点張りで、嫌々拾い集めたんです」

 

活字には色々なサイズやフォントがあり、一文字でも欠けてしまうと印刷に支障をきたすそう。活字は柔らかく、床に落ちた衝撃で欠けてしまったものも少なくありません。元々衰退していた活版印刷は震災の煽りを受け、一気に減少したといいます。

 

それでも、活版印刷機一台で創業した常夫さんにとっては、最愛の仕事道具だったのでしょう。常夫さん、野村さん、活版印刷専門の職人と3人で、毎日3時間ほど残業し、半年間かけて活字を並べ直したそうです。それから23年後の2018年、またも活字が「危機」に見舞われました。大阪北部地震で、40万本あった活字のうち半数以上が崩落してしまったのです。

大阪北部地震で落ちてしまった活字たち。今も保管されている

 

「大阪北部地震が起きた頃は、活版にもう一度力を入れようと思っていたのでとてもショックを受けました。私としては残しておきたいと思いつつ、阪神淡路の経験上、戻すのに5年はかかると直感しました。活字そのものを使う仕事はなかったこともあり、半ば諦めかけていましたね...」

「落ちなかったものはお守りに...」おみく字を生み出した“あるひと言”

収納棚を引くたびに、バラバラと落ちてくる活字たち。山のように散乱する大量の活字を前に、途方に暮れた野村さん。それでも「父親と拾った思い出が詰まった活字をこのまま捨てるわけにはいかない」と拾い集めることを決意しました。そんな時、手伝いに駆けつけてくれた知人のひと言にフッとアイディアが浮かび上がったそうです。

大阪北部地震直後の様子。半数以上が崩落した中でも棚にとどまった活字たち(山添提供)

 

「知人に『棚から落ちなかったものは受験生のお守りにいいんちゃう?』って言われたんですね。ちょうど同じ頃に女性スタッフが拾った活字の文字を見て、占いのように遊んでいたんですよ。印刷物で使っていくのは難しくても、活字を残すために使いたい。活字の生きる道はないか、活字を人に届ける方法はないか。そう考えた時に『おみく字』をひらめきました」

 

元々は活字が収納されていた棚から顔をのぞかせる「おみく字」。筆者が引くと「南」の一文字が...

 

2019年、奇跡的に棚にとどまった幸運の活字を「おみくじ」とかけて商品化。活字を一本ずつ和紙に包み込み、一つ550円で売り出しました。本来のおみくじと同じように対面で選んでもらうことにこだわってきましたが、ツイートの反響を受け、オンラインストアでも取り扱いを始めました。

 

「おみく字」は好きな文字を選べるわけではなく、ランダムに選び、どの文字が当たるかわかりません。

 

「おみく字」には不思議なエピソードも。山添に就職したスタッフが採用面接後に引いた文字が「勝」だったり、いつも連れ添う息子と母親が引いたのは、対になる「山」と「海」だったり...。引いた人にとって、意味のある文字が出ることも多いそうです。

 

山添が運営する店舗「THE LETTER PRESS」には長年使っている活字の道具が保存されている

 

災禍に沈むことなく、新たな発想により現在まで生き延びた活字たち。おみく字と一緒に包まれた一枚の和紙には、こんなメッセージが刻まれていました。

 

〈インキや汚れをまとっている活字から長年溜め込まれた記憶を、活字のもつ意味からメッセージを感じ取っていただければ幸いです〉

 

筆者が引いた「おみく字」。お守り代わりに仕事用リュックに入れて持ち歩いている

取材・文・撮影/荘司結有