「アレルギーのある赤ちゃんにとって、アレルゲンを含んでいない粉ミルクは“命づな”のようなもの。必要な人の元にいかに早く届けるか…時間との戦いでした」

 

そう話すのは、東日本大震災でアトピーやアレルギー疾患がある人への支援活動に尽力したNPO法人日本アトピー協会の倉谷康孝さんです。アレルギー対応食品や敏感肌用の肌着をはじめ、アトピー患者でないと気づかないような日用品まで無償で提供し、当事者の大きな支えとなりました。

 

震災後アレルギーミルクを岩手に届ける様子
東日本大震災の翌週、岩手に送られたアレルギー対応の粉ミルク

震災当時の状況と、アトピー・アレルギーの子どもをもつ親の災害対策へのアドバイスについてお話を伺いました。

生死に関わるから…震災当日、企業にアレルギー対応ミルクを依頼

── 東日本大震災では、アレルギー対応ミルクやアトピーの人たちに向けた「日用品レスキューパック」を配布されるなど、アトピーやアレルギー疾患がある方への支援活動に、いち早く取り組まれたそうですね。

 

倉谷さん: 

アレルギーのある人たちへの災害支援でまず最優先すべきは、アレルギー対応の粉ミルク。これしか飲めない赤ちゃんにとっては、命をつなぐものですから。いかに迅速な対応で、必要な人のもとに届けるかが何より大事です。

 

地震発生後、すぐにアレルギー対応ミルクの提供をお願いすべく、さまざまな企業様に支援のお願いの連絡をしました。あの日は金曜だったので週末を挟むことになりましたが、最短の翌週月曜に出荷していただき、結局、中3日で被災地に到着。輸送は自治体連結便にて、大阪府八尾市のヘリコプターに乗せていただきました。

 

被災地に送ったアレルギー対応支援物資
支援物資のなかには低アレルゲンクッキーも

── 迅速な連携プレーだったのですね。現地での支援物資の配布は、盛岡市のボランティアサークルの女性が協力してくださったとか。

 

倉谷さん:

そうなんです。大阪ですから直接、被災地に行くことができません。どうにか手だてがないかと、被災地から比較的に近い場所で活動している団体を探し、盛岡アレルギーっ子サークル「ミルク」を運営していた山内美枝さんと繋がることができました。

 

サークル宛に送った物資を、山内さんたちが直接避難所を回って届けてくれたんです。快く引き受けてくださり、本当に助かりましたね。

アトピー患者を思いやる「レスキューパック」

── アトピー患者さんにとって必要な日用品がセットになった「レスキューパック」がとても好評だったそうですね。

 

倉谷さん:

肌に刺激の少ない肌着やタオル、入浴や洗濯用の石鹸、保湿剤、肌を清潔に保つ水スプレーなど、アトピーの方が使えるような日用品を揃えて詰めました。12月末まで、約250件の依頼を受けて配布を完了。特に数の制限は設けず、患者さんのご家族みなさんの分をお送りするケースも多かったので、多くの方に使っていただけたのではないかと思っています。

 

日本アレルギー協会の「レスキューパック」
被災地に送った「レスキューパック」 

── 驚いたのは、セットのなかに「爪切りとヤスリ」が入っていたということです。

 

倉谷さん:

アトピーの子どもたちは身体を掻いてしまいますから、普段は爪を短く切っているものですが、災害時に爪切りをもち出している方はまずいないだろうと考えたんです。ほかにも、ノンアルコールのおしぼりも喜んでいただきましたね。支援物資のペーパーおしぼりはアルコール入りがほとんどですが、アトピーの人にとっては刺激になってしまいますから。

 

被災地は情報が行き届かないので、緩衝材に使う新聞もその日の全国版の新聞にして、避難所で読んでもらえるようにしたり、子どもたちの気がまぎれるように、絵本や折り紙、画用紙なども一緒に送りました。

「阪神淡路大震災の経験が3.11に生きた」

── 被災者の気持ちに寄り添った温かい対応ですね。

 

倉谷さん: 

私どもは阪神淡路大震災を経験していますから、少しは被災者の方の状況は理解しています。団体結成のきっかけも、それが原点になっているんです。とはいえ、経験よりも大事なのは、想像力だと思っています。

 

現地では今、何に困っていて、何が必要なのか。みんなでアイデアを出し合い、協会の会員さんや企業様など、たくさんの方々から支援物資を提供いただきました。一時期は、事務所が段ボールで埋もれていたほどです(笑)。人の心の温かさというものをあらためて実感しましたね。

 

実は、震災から10年経って初めて、被災地の避難所に物資を届けてくださった盛岡の山内さんにお会いしたんです。お互いに「あのときはありがとうございました」と挨拶をして、当時の話をしました。10年の年月を超えて、ようやくお礼を言うことができた。嬉しかったですね。

アトピーやアレルギーがある人は「アレルギー用の備蓄」を

── アトピー・アレルギーがある方、あるいはお子さんにアレルギー疾患があるご家庭は、災害に備えてどのような対策をしておけばいいのでしょう?

 

倉谷さん:

災害時に、アレルギー対応の支援物資を行政に期待するのは正直難しい部分があります。災害時は、市販品もなかなか手に入らないので、最低でも1週間以上の備蓄を準備しておきたいですね。アレルギー対応のレトルト食品や日用品や肌着、薬やケア用品など、普段から使っているもの、自分の症状にあったものを準備しておくことです。

 

特に水は多めにストックしましょう。アトピーの方にとって、皮膚を清潔に保つことは症状を悪化させない大事な要因ですが、限られた支援物資のペットボトルの飲み水を使うのは、周りの目もあります。体や顔を洗ったり、拭くためだけなら、ドラックストアで売っている精製水で対処できます。備蓄の肌着などは、季節ごとに衣がえも忘れないでほしいです。

 

またミルクの哺乳瓶が手に入らない場合は、ペットボトルで代用も。ガーゼを入れて、ポタポタ垂らして飲ませるという方法もあります。

 

ところで、食品の備蓄品で「ローリングストック」という考え方をご存じですか?

 

── 日常生活で備蓄を使いながら、常に新しいものに入れ替えておくというものですね。

 

倉谷さん: 

そうです。その考え方を取り入れ、自分の症状にあった「アレルギー用の備蓄」を作り、ローリングストックしておくのがおすすめです。アトピーの方は備蓄用の薬もローテーションで使っていきましょう。入れっぱなしだと、いざというときに期限切れになって使えないというケースもあるので。

 

また、食物アレルギー患者さんやアトピー患者さんを支援する団体が全国各地にあります。普段からそうした団体の情報を得たり繋がったりしておくことで、有益な情報が得られますし、災害時に支援を求めやすいと思います。

 

PROFILE 倉谷康孝さん 

NPO法人日本アトピー協会代表。阪神淡路大震災の支援活動を機に設立、活動開始。2007年より、NPO法人日本アトピー協会として法人設立。アトピー性皮膚炎に関する相談業務や通信紙『あとぴぃなう』など発信、講演会や患者イベントの開催など、幅広い活動を行っている。

取材・文/西尾英子 画像提供/NPO法人日本アトピー協会