聞かせ屋。けいたろうさん

全国各地で絵本の読み聞かせイベントや、保育者向けの絵本講座を行うほか、絵本の文章作成や翻訳も手がける「聞かせ屋。けいたろう」さん。絵本を「誰かに、読んで、聞かせる」ことの面白さを知ったのは、保育士を目指していた学生時代のことでした。

 

夜の路上での、大人に向けての読み聞かせがスタート地点だったというけいたろうさんに、「聞かせ屋」の道に進んだ理由を伺いました。

はじまりは夜の路上から

 

── 在学中に、夜の路上で読み聞かせをしたのが「聞かせ屋」のはじまりだったそうですね。何がきっかけで活動をスタートさせたのですか?

 

けいたろうさん:

当時、保育士になるために、保育者養成の短期大学に通っていました。授業の始まりに、毎回絵本を一冊読んでくれる先生がいて。それまで僕は、絵本をそこまでたくさん読んでいたわけではなく、子どもの頃も「絵本好き、読書好き」というわけではありませんでした。しかし、絵本の読み聞かせをしてもらっているうちに「絵本って大人が読んでも面白いんだな」と感じるようになりました。

 

次第に「僕も大人相手に絵本を読んでみたい」と考えるようになったんです。それである夜、15冊くらいの絵本をトランクに詰めて、北千住の駅前で「読み聞かせ」を試みることにしたんです。

 

── すぐに実行に移したんですね。初回の反応はいかがでしたか?

 

けいたろうさん:

最初はまったくお客さんは来ず、来たと思えば「売ってるの?」と聞かれたり。「読み聞かせ屋さんなんです」と答えると、苦笑いして去ってしまう。「変なことやってる人がいるな」と、通り過ぎて行く人がほとんどでしたね(笑)。

 

1時間くらい、夜の闇に向けて淡々と絵本を読んでいたら、二人の女子高生が僕の前で立ち止まってくれたんです。

 

読み聞かせをやっていると伝えると「じゃあ、私たちがお客さんやってあげるよ」と腰を下ろしてくれました。その二人が来なければ、僕のチャレンジはそこで終了していたかもしれません。

 

── 最初のお客さんである女子高生たちとの出会いが、「読み聞かせ」活動の出発地点ですね。

 

けいたろうさん:

二人に向けて、数冊の絵本を読みました。そして「最後にこれを読んでほしい」とリクエストされたのが『かわいそうなぞう』という絵本。戦時中の動物園の話で、悲しいストーリーだったのですが、「子どもの頃に読んでもらったことがある。今、改めて読んでほしい」と言われました。

 

二人は絵本に集中してくれていたので、僕も読み間違えないように、一生懸命読みました。最後の一行を読み終わっても、なんの反応もなかったので、「おや?」と思い、視線を上げると、二人は下を向いて涙を拭っていたんです。なんとも言えない気持ちになりましたね。「届いたんだな」ということだけ、実感しました。

 

同時に、「絵本との再会」も読み聞かせの役割なのかも、と感じました。

 

── 1冊の絵本に、大人が心動かされる瞬間を目の前で体験したのですね。

 

けいたろうさん:

「大人がこんな風に感じることができるのであれば、この活動は意味のあることだろう」と思い、学生生活のかたわら、週2日くらいのペースで活動を継続しました。

 

池袋や渋谷、王子、赤羽、新宿など、いろんなところで読み聞かせしましたが、毎回お客さんは、一人来るかこないか。「辞めちゃおうかな」「なんでやってんだろ」と自問自答するときもありましたが、「読んでもらえてよかったよ」という、一人の感想がもらえるだけで、次へ向かう気持ちになれたことを覚えています。

保育士としての採用を断り、読み聞かせ屋の道へ

── 卒業間近、保育士ではなく、聞かせ屋活動を継続することを決めたそうですね。保育士としての採用通知ももらっていたとのことですが、どのような心境の変化が?

 

けいたろうさん:

実際には、目標としていた公立保育園から「不合格」を言い渡されていたんです。その瞬間、「よし、じゃあ次の採用試験までに、読み聞かせ活動を思いっきりやれるな」と思っていました。しかし、心を決めた矢先に「繰り上げ合格」という通知が届き

 

そのときにはすでに、自分の心は「読み聞かせ」に向かっていたし、自分のやりたいことを優先したい気持ちが抑えられず、結局採用をお断りすることに。当時、親や友人、先生からも驚かれましたし、みんな「保育士の採用を受けるべき」とアドバイスしてくれましたが、僕の意志は変わりませんでした。同時に「こんなありがたい話を断ったからには、読み聞かせ屋の活動を大成するしかないな」という決意が固まった瞬間でもありました。

 

── その後、読み聞かせ活動を本格始動させたのですね。

 

けいたろうさん:

そうできればよかったのですが、いきなり仕事なんて来るはずもなく(笑)。結局、生活のために非常勤の保育士をして生計を立てながら、ボランティア活動のような感覚で読み聞かせを継続していました。

 

営業活動はしていませんでしたが、次第に人の目に留まり始め、新聞社やテレビのニュースで取り上げられるようになったんです。それからイベント出演などの依頼や、出版社の企画で読み聞かせイベントなどの仕事をいただいて、全国を巡るようになりました。

絵を見て味わうこと、人と繋がりを持てることが読み聞かせの魅力

── 活動の中で感じる「読み聞かせ」の魅力はなんですか?

 

けいたろうさん:

自分で絵本を読むと、まず文章を目で追ってしまって、絵を堪能できないんですよね。文章主体で「面白いかどうか」を判断してしまう。絵本って絵を見てこそ、より良く味わえると思うんです。でも自分で読んでいると、絵を見る時間は案外確保できていないんです。

 

しかし誰かに読んでもらうと、その時間は絵を見続けることができる。絵を見ていていい時間が約束されるというのは、素晴らしいことだと思います。コミュニケーションが希薄になっている今の時代だからこそ、「自分のために読んでもらえる」ということはより一層、嬉しい体験なんじゃないかなと感じています。

 

── 読み手と聞き手がいることで、同じ時間を共有することもできますよね。

 

けいたろうさん:

そうですね。一冊の絵本を中心に、「人と人とが繋がれる」ことも、読み聞かせの魅力です。

 

路上での読み聞かせ活動でも、通りがかりの人と僕とを繋げてくれたのが絵本。お話し会で、参加してくれる子どもたちと僕が、良い時間を過ごせるのも絵本があってこそです。

  

── 「読み聞かせ」活動の中で、伝えたい思いはなんですか?

 

けいたろうさん:

読み聞かせを通しての僕からのメッセージというのはないんです。絵本を読んでもらって「どう感じるか」も受け取る人次第。見る人に委ねていいんだと思います。良い絵本が、その人の胸に届いて「絵本っていいよね」「誰かと一緒に読むっていいね」と少しでも思ってもらえたら大成功です。

 

 

同じ時間を共有し、人と人を結んでくれる絵本の読み聞かせ。大人になった今、「誰かに読んでもらえる」ということが、いかに贅沢で豊かなことかを実感します。お子さんが本を読めるようになってきたら、親から子へだけでなく、「次は、お母さんに読んで聞かせて」と、読み聞かせを交代で楽しむのも良いかもしれません。

 

PROFILE 聞かせ屋。けいたろうさん

1982年8月24日生まれ。二児の父。ミュージシャンを目指したフリーター生活を経て、22歳で保育者を目指して宝仙学園短期大学(現・こども教育宝仙大学)に入学。在学中に初めての読み聞かせ活動をスタートさせる。その後、公立保育園の正規職員に繰上げ合格するが「聞かせ屋の道」を進むことを決意。現在は、読み聞かせのイベントや講座以外にも、絵本の文章や翻訳も手がける。作品に『どうぶつしんちょうそくてい』『たっちだいすき』(ともにアリス館)などがある。

取材・文/佐藤有香 写真提供/本人