「弟のお骨はまだ自宅にあるんです。まだ何も納得できる着地ができていないから。

 

弟が放置されて死んだことがいかされず、過ぎ去ったことになろうとしている。

 

これで、骨を墓に入れたら、本当に終わってしまうのではないかと思って、まだ手元にあるんです」

 

そう涙を浮かべながら話すのは大阪府に住む高田かおりさん(47)。沖縄県で飲食店を経営していた弟の竹内善彦さん(当時43)は昨年8月、新型コロナウイルスに感染し、自宅で亡くなっているところを発見されました。

店に立ち魚を持つ竹内さん

病院でPCR検査を受けた日から2日間、保健所からの連絡は繋がらず、3日目に保健所職員が自宅を訪問して、発覚。

 

「保健所や医師は大変な中できることをやってくれたと思っていて、責める気持ちはありません。

 

ただ、弟の死を無駄にはしたくない。コロナの第5波で弟がなくなり、そしてまた今、第6波の大変な状況を見ると、私たちの声が届いていない。

 

2022年の環境の中で、簡単ではないと思いますが、もっとAIなどを整備して活用できなかったのか。保健所は医療機関ではないので、速やかに医療を受ける状態を準備できなかったのだろうか」

 

そう訴える高田さんは、ほかの自宅で療養中に亡くなるなどした遺族と連携し、「自宅放置死遺族会」を昨年9月に立ち上げました。実名で顔を出して取材に応じ、一部からは心ない批判を受けたそう。それでも高田さんが声をあげる理由とは。お話を伺いました。

丸2日連絡がつかず、遺体で見つかる

── 弟さんが亡くなられた経緯を伺ってもよろしいでしょうか。

 

高田さん:

はい。私も弟からコロナになったという連絡を受けていなくて、昨年8月10日に警察から弟が他界したと連絡があって、知ったんです。

 

保健所から連絡をもらって経緯を聞きました。弟が自分でクリニックを予約し、PCR検査を受けて、昨年8月5日の22時に陽性であることの電話がクリニックからあり、保健所にFAXを入れる指示を受けたそうです。もちろんクリニックからは保健所へ連絡を入れていただいていました。しかし、弟が保健所にFAXをした形跡はありません。自宅には8月6日が賞味期限の惣菜が腐って残っていたようです。

 

熱が38度もある中、自分でFAXを送る場所を探していたのか、惣菜を食べようとしていたのか…苦しかっただろうなと思います。

 

翌日6日夜、保健所職員が、弟へ電話をしたそうですが、携帯は出ず、7日夜にも保健所職員が弟の携帯を鳴らしたけれど、留守番電話になったそうです。

 

そして、8日午前9時半に保健所職員が弟の自宅を訪れたけれど鍵がかかっていて、管理会社や警察などに連絡して、午後3時ごろ中に入って、亡くなっていることを確認したそうです。

 

遺体を調べた結果、7日には他界していたと見られています。

感染予防で亡骸には会えず

── 辛かったですね。

 

高田さん:

はい。信じられませんでしたが、弟の友人が遺体を写真で確認してくれて、間違いないと言っているとのことでした。

 

弟は沖縄で飲食店を経営していました。コロナ禍による経営の自粛期間があけて再開する時、飲食店経営者がコロナに感染していたとわかると風評被害も気にしたでしょうし、もし、誰かに罹患させてしまったらと思って「コロナになった」と、助けを求められなかったのではないでしょうか。

 

昨年は5月に母も他界しており、私にも心配をかけたくなかったのではないかなと思います。まさか、自分が死ぬとは思っていなかったのでしょう。

 

私も大阪からすぐに那覇へ飛んで行きたかったのですが、「亡骸に会えますか」と警察に聞くと、感染予防のために会うことはできないとのことでした。

 

コロナの第5波が厳しい時で、沖縄にいる弟の友人たちが「来ちゃだめだ、こちらのことはすべてするから」とおっしゃってくれて、部屋の解約等の手続きや、引き払いに伴う修繕片づけ、店舗の撤退、すべての書類整理関係を行ってくださり、火葬後のお骨を拾って偲ぶ会も開き、お骨は空輸でこちらに送ってくれました。

 

また会えると思っていたので、お骨を受け取った時は、「なんで」と思いました。

 

こちらでもお別れ会を開き、少しずつ、もういないんだ、と死は受け入れていきました。たくさんのお友達が来てくれて、みんなに愛されていた弟だったんだなと改めて感じました。人に囲まれた人生だったんだなと。

働いていた頃の竹内さん

── 愛されていた弟さんだったんですね。

 

高田さん:

そうですね。人に嫌われることをしない子でした。小さい頃は母にべったりで。

幼少期の竹内さん

どんな死も辛いけれど、コロナに感染したという怖さと孤独の中で亡くなったと思うと、悲しいなあって思います。

 

誰にも看取ってもらうこともなく、「大丈夫ですか」って声もかけられず、どうしたらいいかも教えてもらえずに亡くなっていったんだろうなって。本人はしんどくて、電話もできなかったのかもしれないですね。

 

「助けて」って言わなかった本人が悪いのか。保健所は本人からの連絡を待っていたというけれど、この時代にFAXを入れないと連絡がこないというのもおかしいのではないでしょうか。

 

FAXしたつもりでも、送れてなかったりすることもありますよね。38度の熱がある本人がそこまでしないといけないのかなって思ってしまうんです。

「コロナ禍だから、本当に仕方ない」でいいのか

電話が繋がらなくても、訪問までの丸2日、生きていても何もしてもらえなかったと思うと、療養死ではなく、放置死だと思ってしまいます。

 

自己責任だという方もいるけれど、コロナにかかってタクシーに乗って病院に押しかけるわけにも、友達に頼んで病院に連れていってもらうわけにもいかない。

 

保健所の人も医師もとても大変な中でやってくれているから、責めることはできないと思っています。

 

ただ、コロナが流行し始めて、もう2年になります。第5波の時はコロナが流行し始めて1年以上は過ぎた頃。それなのに、そんな現場がパンクしたままの体制を変えられないのかなと思います。命を助ける仕組みを本当に作ることができなかったのでしょうか、という気持ちがあります。

 

私たちは「コロナ禍だから、仕方ない」ってマインドにかけられすぎではないでしょうか。

 

今も救急車を依頼してもなかなか搬送先が決まらないケースが起きていると報道で聞きます。第5波の反省は第6波にいきているのでしょうか。

亡くなった命を無駄にしたくない

── 遺族会を立ち上げたのはそんな思いからですか。

 

高田さん:
はい。私たちの声が第6波の対応を見ると届いていません。亡くなった命をどういかせるか、無駄にはしたくないと思っています。

 

放置された命があったけれど、これからは、そうならないようにしてほしい。現状は保健所の人も「電話が繋がらない」とか「放っておくのか」と感染者や家族から言われて辛いだろうと思います。

 

現場の人が悪いわけではないので、保健所が回るような体制を作って欲しい。声をあげることで予算、人の補充をしてほしいと思っています。

 

対策や現状の検証がうやむやになれば、繰り返されます。今後の流行に備えて、対応できる保健所の仕組みを国は作ってほしい。なぜ今の時代にFAXを送る対応だったのか。2022年に合わせた仕組みがあるのではないかと思っています。

 

取材・文/天野佳代子 写真提供/高田かおりさん

それが見えた時、気持ちよく、弟の骨をお墓に入れてあげたいです。