20代の頃、捨てられていた子猫を保護したことをきっかけに、動物愛護の活動を始めた女優の杉本彩さん。2011年3月の東日本大地震では、飼い主とはぐれて行き場をなくした猫たちを引き取り、里親として迎え入れました。ところが、連れ帰った猫たちに想定外の事実が判明!そして、引き取った猫「月子ちゃん」には、奇跡のようなエピソードが。
東日本大震災から11年。杉本彩さんが現地で経験した出来事や感じたことについてお話を聞きました。今回は里親として引き取った猫たちとの話について、お届けします。
「私がやらなくちゃ」突然の「助けて」に迷うことなく
── 長年、動物愛護の活動に熱心に取り組まれている杉本さんですが、東日本大震災でも行き場をなくした猫たちを引き取られたそうですね。当時の状況を教えていただけますか?
杉本さん:
震災発生から2か月ほど経ったころ、宮城県のあるボランティアの方から突然連絡が入りました。その方は、骨組みだけになった建物で飼い主とはぐれた6匹の猫のお世話をされていました。行政も民間も動物施設はどこも満杯で受け入れてもらえない。困り果て、私のもとに「助けてほしい」と連絡がきたのです。
そのときちょうど、支援物資を届けるために宮城県に行く予定だったんです。そこでその方と待ち合わせて6匹の猫を引き取り、さらに行政の動物管理センターから1匹、合計7匹を連れて帰りました。ところがその後、想定外の出来事が発覚し、大変な状況になってしまって。
引き取ったメス猫がすべて妊娠…全員の命を諦めたくなくて
── 想定外の出来事とは何でしょうか?
杉本さん:
実は、7匹のうち、メス猫4匹すべてが妊娠していたんです。保護した猫の出産に立ち会うケースは過去にもありましたが、まさか全員とは…。ただ、今思えば、ちょうど発情期を過ぎたころでしたし、猫の繁殖力を考えると十分あり得ることだな、と。
ほどなく出産ラッシュが始まり、生まれた子猫のなかで合計9匹がうまく育ち、家も会社も猫だらけ。スタッフの献身的な協力を得ながら、みんなでお世話に明け暮れました。
── なんと4匹が同時期に出産とは…!当時のブログを拝見すると、まさに“猫まみれ”ですね(笑)。いかに大変な状況だったか、伝わってきます。
杉本さん:
生まれたばかりの子猫たちは抵抗力がありませんから、片時も目が離せません。残念ながら命を落としてしまう子もいました。診察のために動物病院に連れて行ったり、哺乳瓶でミルクをあげたり、離乳後は子猫用フードを与えたり。毎日、目の回るような忙しさでしたが、猫たちが愛情いっぱいに子育てをしたり、子猫が元気に遊ぶ姿に癒やされ、とても幸せな時間でしたね。
その後、子猫たちは里親の元へ巣立っていきましたが、大人の猫はなかなかもらい手が決まらず、結局5匹を家族として迎えました。震災から11年が経ち、今は2匹になりましたが、私のそばで元気に暮らしていますよ。
実はそのうちの1匹で「月子」と名付けた猫には、奇跡のようなエピソードがあるんです。
「生きていて…」飼い主はテレビに映った愛猫を見逃さなかった
── 奇跡というのは…?
杉本さん:
震災から2年後、あるテレビ番組で自宅を紹介した際、たまたま月子が映り込んだので、「実はこの子は、東日本大震災のときに被災地から迎えました」と紹介したんです。ほんの一瞬の出来事でしたが、偶然にもそれを観ていた前の飼い主さんが、「うちで飼っていた猫に違いない!」とピンと来たそうで、私にお手紙をくださったんですよ。
── そんなことがあるのですね!その方もさぞかし驚かれたことでしょう。手紙には何と綴られていたのですか?
杉本さん:
そこには、月子と過ごした日々や震災当時の様子が克明に書かれていて、その方がどれほど愛情をかけて育ててこられたのかが痛いほど伝わり、心が強く揺さぶられました。
月子が暮らしていた場所、年齢や性格、毛柄の特徴など、すべて当てはまっていて、間違いなくその方の猫だったのだろうと確信する内容だったんです。
「どうか生きていてほしい…」と祈るような思いで過ごすなか、テレビに映る月子を見て驚愕し、心から安堵されたとのことでした。
奇跡的に助かった命が人間同士の繋がりをくれた
── 愛するペットと離れ離れにになって、どれほどつらい思いをされたか…。
杉本さん:
その方は、ご自宅が津波に流され、今は息子さん家族の元で暮らしていらっしゃいました。生活環境が変わり、いろいろな事情があるなかで猫を引き取ることができないため、できればそのまま育てていただけませんか、と。
私のもとで幸せに暮らす姿を見て、安心されたようでした。もちろん私も最後まで面倒をみるつもりで引き取っていますから、「どうぞご心配なく!」と返事をしました。
実は、月子を引き取ろうと思ったのは、お産がうまくいかなかったことがきっかけでした。ちょうど私の誕生日に出産を迎えた月子でしたが、とても臆病で警戒心が強い性格だったため、生まれた子を育てられなくて…。私にとっても、すごくショックな出来事でした。そうしたこともあり、“この子は私が引き取ろう”と決めたんです。
── なんだか運命的なものを感じますね。
杉本さん:
実は今でも、元の飼い主さんの息子さんとは、交流が続いているんです。年に2回くらい、月子の写真をお送りして近況報告をしています。もう10年くらいになるでしょうか。なんだか猫を通じた親戚、みたいな(笑)。不思議な縁ですよね。
毎年3月11日が近づいてくると、当時のことを思い出します。保護してきた猫たちは、津波で流されたりして、とても怖い思いをしながらも幸運にも命が繋がり、わが家でこうして過ごしています。
その一方で、多くの命が失われ、ペットと離れ離れになって悲しい思いした飼い主さんもたくさんいる。いろんな思いが胸に去来します。この気持ちを忘れず、経験したこと、そこから感じたことを語り継いでいくことも大事なことだと思っています。
PROFILE 杉本 彩さん
1968年京都市生まれ。女優・作家・ダンサーのほか、コスメブランド「リベラータ」などのプロデューサー、実業家としての顔ももつ。20代から動物愛護活動に取り組み、現在は2014年に設立した「公益財団法人動物環境・福祉協会Eva」の理事長を務める。
取材・文/西尾英子 画像提供/杉本彩