中学生のトニーニョくんと3人で暮らす、漫画家の小栗左多里さんとジャーナリストの夫・トニーさん。
夫婦で子育てをしていくなかで「異文化で育った者同士はどうやったら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から感じたことや自分の幼少期の体験を、それぞれに語ります。
今回のテーマは「子どもの才能の伸ばし方」。トニーさん自身の小学生時代の経験を振り返り、いま思うことを語ってもらいました。
「ごめん、無理」母の言葉がなかったら…僕の才能はもっと伸ばせたかもしれない
「ごめんね」。アメリカで暮らした小学生時代に母親から言われたこの言葉をときどき思い出す。
「…転校は無理」。僕を“ギフテッド学校”に入れてはどうか?と当時の担任の先生に勧められたものの、転校先が遠すぎて、教育費がけっこうかかる…という理由からの「ごめん」だった。
「ギフテッド」とは、生まれながらにして特定の分野での高い能力をもつ人のこと。その才能は両親・自然界・神さまから「贈られてきた」と考えられるから、「ギフテッド(ギフトを授かった)」と言う。「ギフテッド教育」はそういう人(生徒)をサポートするものを指す。
そのころの僕が、飛び級するくらい才能があったはずがない。そして近所の学校が提供してくれた教育内容はそれなりによかったので、転校できなかったことが悲劇などとも思わない。
でも、自分により適した教育環境で、生まれつきの素質がもう少し伸ばせたのも事実。せっかく「どう、挑戦する?」と誘われているのに、その機会を見送るなんて、ちょっと惜しい話だ。
転校しなくてもギフテッド教育が受けられるベルリン
ベルリンでのギフテッド政策のほうが仕組みとして賢いと思う。転校する、しないという話でない。いままでの教育をそのまま続けながら、放課後、同じ界隈の別の学校へ行って、そこでしかるべき挑戦をする。
ベルリンの各地域の生徒が容易に通えるように、東西南北4か所に対応する公立施設(ギムナジウム)がギフテッドコースに対応する。時間は放課後だったり、週末だったりする。
このギフテッドコースの参加が決まった生徒は、その内容を選択することになっている。息子のときは、ロボット工学、クリエイティブ・ライティング(文芸創作)、3次元コンピュータグラフィックス、美術、流体力学と数学から選択できた。
流体力学が選択できるなんて!ロケットや鉄道、リニアモーターカーなどの高速化、騒音防止などに使われるではないか。僕ならこれに即決。でも、主人公は親ではなく子なのだ。ここは口出しをせず子どもに選ばせなければならない場面だ。息子は結局、週1回の応用コース数学と、 3次元コンピュータグラフィックスの集中レッスンを選んだ。
進学や成績アップのためではない学びの場の大切さ
このプログラムの良さは当然、その優れた内容。多くの場合、参加する生徒は高校進学に備えての先取り教育を果たせる。その点では、日本の塾と似た側面があるかもしれない。ただ、本人が選んだ授業に限ったものなので、「進学のため」とか「成績アップのため」というよりは、「興味のある分野について熱意を込めて勉強できる場」になっているといえる。
もうひとつの特典は、情報入手。ベルリンには、生徒の才能を伸ばしてもらえるほかの公立や民間の企画もあって、どれが魅力的か、どのように申し込めるかなどの話が先生やほかの保護者から聞ける。
さらに驚くべき点のひとつに「転校の可能性」がある。
ギフテッドコースを行っている各施設はどれも、そもそも教育水準が高い(日本でいう、偏差値の高い“名門学校”)。このコースに参加を認められた生徒は、憧れの学校に直接自分の才能をアピールできる。息子のクラスメイト20人中少なくとも2人が、そののちこのコースをきっかけにその名門学校への転校を果たせた。おめでとう!
ギフテッドコースの費用を市民が負担するその理由は…
ベルリンのこのギフテッド・コースは、費用がかからないようになっている。つまり、先生への手当などは政府からの補助金によって支払われているのだ。さらにさかのぼれば、このプログラムは市民の税金によってまかなわれている。
「我が子が参加できていないプログラムなのに、なぜ私がそのための税金を!?」とブツブツ言う市民もいるかもしれない。気持ちはわかる。答えは多分、「ギフテッドの子をギフテッド教育で伸ばすことは、皆のためになる」だと思う。
さて、日本でもその理屈は通るのかな?
文/トニー・ラズロ イラスト/小栗左多里