「うちの病院でも、スタッフにつかみかかったり、暴言を吐いたりする患者さんがいます。
それがエスカレートして埼玉や大阪のような事件になったら怖いですね…」
そう話すのは、都内のクリニックで働く30代の女性医療従事者。
1月に、66歳の男が埼玉県ふじみ野市で、在宅医療をする医師らを猟銃で殺傷して立てこもった事件は社会に衝撃を与えました。
昨年12月にも、通院していた大阪の診療内科を放火して25人を殺害して、容疑者(61)自身が死亡した事件も記憶に新しいところです。
このふたつは極端な例にしても、患者(ペイシェント)やその家族がモンスター化して、病院やスタッフに理不尽な要求や、暴力をふるう「モンスター・ペイシェント」が問題になっています。
これらのトラブルには、どんな背景があるのでしょうか。精神科医の片田珠美先生に聞きました。
理不尽な要求をする患者が増えている
―― 大阪と埼玉の事件は、モンスター・ペイシェントが起こしたと考えられますか?
報道によれば、埼玉の容疑者は、別の病院でもトラブルを繰り返しており、今回も死後30時間たった母親の蘇生を要求するなど理不尽な要求をしているので、モンスター・ペイシェントと考えられます。
一方で、大阪の放火事件の容疑者は病気や治療への不満を知人には漏らしていたようですが、クリニックや医師に理不尽な要求をしていたわけではないので、モンスター・ペイシェントではないと思います。
―― 医療従事者に対して、理不尽な要求をする患者やその家族は増えていますか?
近年は増えていると思います。それには3つの理由があります。
1つ目は、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の医学情報がインターネット上にあふれていることです。
病気や薬に関する真偽不明の情報が手軽に入手できるので、それを鵜呑みにする患者さんが昔に比べて増えています。
例えば薬にしても、副作用があったり高齢者には負担が重かったりするものがあるにもかかわらず、一方的な情報を信じこんでしまう傾向があり、不満の原因になりやすい。
病気や死に対する免疫がない
2つ目として、喪失体験に耐えられない人が増えていることが挙げられます。
戦前であれば若くして結核で亡くなる人も多く、死は日常的なものでした。
しかし、近年は医学の発達で平均寿命が延びました。病気や死に対するある種の免疫がなくなり、「幼児的万能感」を引きずっている人が増えたように見えます。
小さい子どものように、願えば何でも叶うと思い込み、願望と現実を混同している人たちです。
老衰の高齢者や末期がんの患者など、どうしても救えない場合もあるのに、どうにかすれば治ると思っている方が少なくありません。
一種のうっぷん晴らしに
―― 3つ目を教えてください。
最近、カスタマーハラスメントとして問題になっていますが、一種のうっぷん晴らしになっていることもあります。
カスハラは飲食業やサービス業など、客に対して逆らうことができない人たちに対して行われる理不尽な要求ですが、それが病院や医療従事者にも行われるのです。
怒りや不満がたまると、それをどこかで解消しなければ精神のバランスを保てません。
そこで、その矛先を自分より立場の弱い人に向けることがあり、精神分析で「置き換え」と呼ばれます。
経済の低迷やコロナ禍による不満と不安を、政府など大きいところに訴えてもしようがないので、矛先が文句を言えない弱い立場の相手に向かいやすい。
その中に病院や医療スタッフも含まれるのです。医療従事者は、原則的に患者を選ぶことはできませんから。
救急隊員を殴り逮捕
―― 先生ご自身は、モンスター・ペイシェントに困られたことがありますか?
文句や暴言、看護師へのセクハラ行為が多かった患者が、自宅で救急車を呼んだときに救急隊員を殴り、ついに警察に逮捕されたことがあります。
病院は原則として患者を断れませんし、最近はネット上に悪い評判が書かれることを恐れて、毅然とした対応や通報をためらう傾向があります。
―― 個人のクリニックや、警備員を雇う余裕のない病院はどうしたらいいですか?
3つあります。まず、リミットセッティング(限界設定)をきちんとすることです。
ここまでは許容するが、それを超えた場合は、退院させるとか警察へ通報するとかいう基準を明確にして患者に伝えることです。
次は、スタッフ間でその対応を統一することです。
医師の前では大人しいが、看護師には居丈高な患者がいます。同じ立場のスタッフでも気が弱そうな人にだけ要求をエスカレートさせる患者もいます。
限界設定を全スタッフで共有することが必要です。
それでも対処できないときは、警察への通報や被害届の提出も検討すべきでしょう。
病院が体面や評判を気にするあまり、警察を呼ぶことにためらいがあることを知っていて、理不尽な要求をする患者さんもいますから。
残された人生を実りあるものに
―― 重大な病気が見つかり身内に不幸があれば、誰もが我を失いがちだと思いますが?
誰でもそういう気持ちになることは避けられません。
最初は信じたくなくて“まさか自分が”と「否認」したくなり、次に“なぜ自分が”と「怒り」がこみ上げてきます。
病院や医師の治療方針に納得できなければ、もちろん説明を求めたり相談したりする権利が患者にはありますが、「メメントモリ」という言葉も思い出してほしいです。
ラテン語で「死を忘れるな」という意味で、誰にでもやがて死が訪れるということです。
不幸にも若くして亡くなる人もいますし、高度な医療技術でも治せない病気もあります。
つらいことですが、病気や死を受け入れ、残された人生をいかに実りあるものにできるかを考えることも必要なのではないでしょうか。
医療従事者と信頼関係を築かなければ、結局は自分や家族のためにならないことを肝に銘じるべきですね。
…
病気や死に対して冷静でいられる人は少ないと思いますが、医療従事者たちと一緒に頑張る心を持ちたいですね。
PROFILE 片田珠美さん
文/CHANTO WEB NEWS