子育てをしながら仕事を続けることが当たり前になりつつある昨今。でも、自分の働き方に満足している人はいったいどれくらいいるでしょう。
漫画イラストレーターとして活躍するカワグチマサミさんは、会社員からフリーランスに転身したタイミングで第一子を妊娠、出産。産前と同じように働こうと頑張りすぎて体調を崩し、目が覚めたといいます。「暇さえあればゴロゴロしたい」と、今の働き方にたどりつくまでのお話を伺いました。
産後もバリバリ働けると思い込んでいた
── カワグチさんはもともとデザイン会社で働いていたそうですね。
カワグチさん:
はい。会社員をしながらフリーランスの仕事もしていました。仕事はおもしろかったのですが、会社員時代は帰宅時間がどうしても遅くなっていたんです。だから、漠然と「フリーランスだったら出産後もバランスよく仕事を続けられるはず」と思っていて。
今思えば楽観視しすぎていたのですが、実際に出産後は「フリーランスで働くぞ」と気軽に構えていました。でも、いざ育児が始まってみると全然思っていたのと違っていて。まわりに育児中の女性がいなかったこともあるのですが、とにかくわからないことだらけでした。
特に産後間もない頃は、授乳におむつ替えに抱っこにと、頻繁にお世話しないといけない。ドジなタイプだから抱っこの仕方もあやうくて、「落としちゃったらどうしよう」と心配で。そのうち神経質になってしまい、とにかく育児だけで精一杯。仕事のことを考える余裕すらありませんでした。
育児に専念していたので、自然と家事も私が担当することになって。「仕事再開は無理かも…」という思いが頭をよぎりました。でも、好きな仕事だから「やりたい」という気持ちがどんどん大きくなって。
── 産後どのくらいで復帰したのですか?
カワグチさん:
実は産後2か月で本格復帰しました。でも、大失敗でしたね…。フリーランスになってからイラストの仕事が中心だったのですが、妊娠中に、ずっとやりたかった4コマ漫画の週刊連載の依頼をいただいて。どうしてもやりたかったので受けたんです。
でも、産後は締め切りに合わせて仕事をするのが難しくて…。ときどき休みながら続けようとしたのですがうまくいかず、結局あきらめることになってしまいました。担当編集の方にも迷惑をかけてしまい、すごく落ち込みました。「産後はこんなに大変なんだよ」と、誰かにもっと教えてほしかった。
── 「仕事をしたい」という気持ちはすごくあるのに、なかなか思うようにいかないという状況だったんですね。
カワグチさん:
息子を妊娠したとき、産科医から「低置胎盤かもしれない」と診断されたんです。「低置胎盤」は、通常よりも胎盤が子宮口に近いところにある状態のことなのですが、「母子ともに危険だから、トイレと入浴以外は安静に」と言われました。
結局、途中で症状が改善して、無事に息子を出産できたのですが、安静にしている間に、それまで信頼を積み重ねてきた仕事をすべて断ってしまって。そのことで悩みを抱え込み、精神的に追い詰められていました。妊娠中に仕事が十分にできなかったぶん、産後は「まわりの誰よりも早く復職したい」という気持ちが大きかったのだと思います。
働きすぎて突然倒れ、救急車で病院に
── その後はどうしたのですか?
カワグチさん:
今、息子は小学3年生ですが、保育園に入園してからも1年くらいは風邪を引いたり、病気をもらってきたり、4歳くらいまでは落ち着きませんでした。
私はその頃も相変わらず仕事を頑張りながら、育児と家事のほとんどを一人でこなしていました。「もう無理!」と私が爆発して、夫とぶつかることもしょっちゅうで…2年ほどは不仲でしたね。あげくに仕事をしすぎて救急車で運ばれてしまいました。
── 無理をしすぎて体調を崩してしまった?
カワグチさん:
一番の原因は、夫を信じていなかったことだと思います。家事分担のことも「夫はどうせわかってくれない」と思い込んでいたんですね。夫と話し合うこともなく、全部ひとりで抱え込んでしまっていました。
夫は私を心配してくれていたと後になってわかったのですが、そのときは「私がどんなに辛いか、夫は理解してくれない」と、ひとりで殻に閉じこもっていました。
その結果、仕事にエネルギーを注ぎすぎてしまい、救急車で運ばれることに。食中毒とストレス性胃炎だったのですが、医師によると、家族で同じものを食べたにもかかわらず、免疫が弱っていた私だけが食中毒になってしまったそうです。産後の身体がいかに疲れているかを痛感しました。
大切な仕事を失って「自分はピエロだった」と気づいた
── 身体がSOSのサインを出したんですね。
カワグチさん:
倒れたことで逆に気持ちが落ち着きましたね。結局、抱えていた仕事はキャンセルすることになりましたが、自分の身体の悲鳴を聞き、大切な仕事を失って初めて、今までのやり方を振り返ることができました。
まず、夫と向き合うことを避けるのをやめました。夫は、私の産後も仕事で毎日帰宅が遅く、ほとんど家にいなかったんです。だから、家のことは全部無視しているんだと思っていました。
でも夫と話したら、寝る間も惜しんで仕事をする私を見て、本当は「休ませてあげたい」と思っていたとわかりました。そのぶん、外で必死に働くことが自分の役割だと思っていた、家事や育児を分担するという考えが浮かばなかったと。
私は私で「働きすぎの夫を休ませてあげたい」と思っていたけれど…当然伝わっていませんでした。
── それまで相手の気持ちをお互い理解しようとしていなかった?
カワグチさん:
必要最低限の会話しかしていなかったので、すごい勢いですれ違っていました。
夫の気持ちがわかったとき、救急車で運ばれた私はなんてピエロだったんだろうと思いました。私は最初から夫を信じられなくて、自分が仕事が好きだということすら伝えていなかった。
辛かったらその都度、冷静に気持ちを伝えればよかったのですが、当時はイライラだけを夫にぶつけていたんですよね。
── 倒れたことがきっかけで、お互いの思いを理解し合えたんですね。
カワグチさん:
そうですね。それと同時に、自分自身についても分析しました。何のために働いているのか、どんな働き方をしたいのか、好きなものは何なのか。大切にしたいことを絶対忘れないようにしようと心に決めました。
家族もゲームも大切に、“いい感じ”に働きたい
── 人生の危機から抜け出せたカワグチさんにとって、今大切なものは何ですか?
カワグチさん:
これまでの経験から、仕事も大切だけれど、働き方も大切だと気づきました。仕事を大切にするためには、家族が仲良くないとうまく動いていかないので、家族も大切にしたい。できればゲームもしたいし(笑)、家族もゲームも大切にできる働き方が理想です。
── 大切なものを守るために心掛けていることはありますか?
カワグチさん:
自分の今の気持ちを大切にするためのルールを決めています。たとえば、1日5分でも10分でもいいから自分だけの時間をもつとか。
朝、子どもが登校した後に、ベランダに出て植物に水をやるのですが、「自分は今、一番何をしたいかなあ」とぼんやり考えます。「今、忙しすぎないかな?“いい感じ”に働けているかな?」と、太陽を浴びながら自分と会話するんです。
子どもが生まれると、独身時代よりも大切なものが増えるけれど、毎日忙しくて、何が本当に大切なのかわからなくなることがあります。でも、それを振り返ることができるのは、時間にも気持ちにも余裕があるときなんですよね。育児中はあっという間に1日が終わってしまうからこそ、ひとりの時間を大切にしたいです。
── 今は“いい感じ”に働けていますか?
カワグチさん:
はい!時短家事を極めたり、夫と家事シェアしたりできるようになり、仕事も充実しています。寝る前には、必ず電子書籍の漫画を狂ったように読んでいて(笑)。やりたいことは我慢しないで暮らせています。
PROFILE カワグチマサミさん
漫画イラストレーター。1984年、大阪生まれ。デザイン会社勤務後、2010年から漫画家・イラストレーターとして活動を始める。「スキあらばゴロゴロしながら、いい感じに働く」をモットーに漫画連載や講演など多方面で活躍中。9歳男児の母。著者に『子育てしながらフリーランス』(左右社)など。
取材・文/高梨真紀