焼肉店の立てこもり事件が起きた渋谷(イメージ写真)
立てこもり事件が起きた渋谷(イメージ写真)

「大きな事件を起こして死刑になればいい」「俺の人生を終わらせてくれ。死刑にしてくれ」

 

この1月8日に、渋谷区の焼き肉店で発生した立てこもり事件で、監禁容疑で逮捕された男(28)は事件直後、そう口にしていたようです。

 

東京大学前の歩道で、3人を襲った高校2年生の少年(17)も「人を殺して罪悪感を背負って、切腹しようと考えた」と話しているようです。

 

このように最近、「刑務所に行きたい」「死刑になりたい」と凶悪事件を起こす人が後を絶ちません。

 

社会や私たちは、そんな人たちにどう対応し、向き合うべきなのか。刑務所に長年勤務して、受刑者と接してきたノンフィクション作家の坂本敏夫さんに聞きました。

電車内という密室で事件が続いた(イメージ写真)
電車内という密室で事件が続いた(イメージ写真)

感化された模倣犯が次々と…

坂本さんは凶悪事件の「負の連鎖」について危惧(きぐ)します。

 

「死刑になりたかった」。

 

昨年10月に、「ジョーカー」のコスプレをしながら京王線で事件を起こした男(当時24)はそう供述したようです。

 

一方で、その2か月前に小田急線刺傷事件があり、京王線事件の翌月に、九州新幹線放火未遂事件もあり、似たような事件が連続して発生しました。

 

「マスコミの報道内容にも原因があると思います。容疑者たちの供述によると、九州新幹線の事件は京王線事件を、京王線事件は小田急線事件の影響を受けたようです。

 

事件がセンセーショナルに詳細に報じられると、それに感化された模倣犯が出てきてしまうものです。捜査機関のマスコミ対応は報道規制も含めて重要だと思います。

 

誰もが目にできるネット社会になって思い込みや想像、噂、故意のフェイクニュースもあふれています。

 

報道の自由や権利は必要ですが、事件が連鎖しない取り組みは必要かもしれません」

 

焼き肉店に立てこもった男は、「最近あった電車内での事件みたいにしたかった」とも話していたそうで、小田急線や京王線事件の模倣犯であるとも言っていいでしょう。

 

2008 年、7人を死亡させた秋葉原通り魔事件の男(当時25)も、その3か月前に24歳(当時)の男が起こした茨城県土浦市の通り魔事件の影響を受けたと言われています。

死刑囚が収容されている東京拘置所
死刑囚が収容されている東京拘置所

死刑囚になって初めて命の重さを…

情報発信については、坂本さんはこんな問題点も指摘します。

 

「刑務所のなかの情報や、死刑制度についても一般的に公開されていないことが問題だと思います。

 

“死刑になりたい”と言っておきながら、日本の死刑がどういうものか知っている犯罪者は少ないのではないでしょうか。

 

私は刑務官時代、死刑囚の処遇を経験しました。ほとんどの死刑囚は、拘置所ではすっかり改心しているように見えました。

 

死刑になってはじめて命の重さに気づいたのだと思います。

 

死刑執行の際は、死の恐怖からか取り乱し暴れる者、観念して“お世話になりました”と静かに刑壇に立つものなどさまざまでした」

刑務所や拘置所での生活はベールに包まれている部分も(イメ―ジ写真)

死刑制度を廃止する代わりに…

しかし、現在の日本の死刑制度では、死刑判決が出てすぐに執行されるケースはまれです。

 

「死刑囚になれば、執行の日まで心身の健康を保たなくてはならないので、手厚い待遇を受けることになり、1年に100万円ほどの費用がかかるそうです。

 

そういった死刑囚を長期間、未執行のまま閉じ込めておくことに意味はあるのかという議論にもなります。

 

そこで、死刑になりたいという犯罪者をなくすためにも死刑制度を廃止する。

 

その代わりに、厳格な終身懲役刑を設けて生涯、刑務作業をして遺族に賠償金を払い続ける制度があってもいいかもしれません」

 

「死刑になりたい」と凶悪事件を起こしたケースは、’01年の大阪教育大付属池田小学校の無差別殺傷事件や、前出の土浦の事件などが知られています。

万引きを繰り返す人たちも(イメージ写真
万引きを繰り返す人たちも(イメージ写真)

刑務所で3食と寝床を

焼肉店立てこもり事件の男は、長崎から上京してホームレス生活を送っていましたが、事件前に「警察に捕まれば3食と、寝どころも確保できる」とも語っていたそうです。

 

実は「衣食住」目当てで犯行を起こした可能性もあるのです。

 

このように刑務所の「衣食住」を求めて、比較的軽い事件を繰り返す人たちもいます。

 

「最近の刑務所は、待遇が衣食住ともかなり改善されています。

 

個室が増え、部屋にはエアコンが設置され、夏にはスポーツドリンクが提供されるところもあります。

 

3食提供されて、夜露をしのげ、病気の治療もしてくれるので、刑務官の言うことを聞いて、ほかの受刑者との人間関係を気にしなければ、ある意味、快適な生活を送ることができます。

 

ですから、真っ当な社会生活を送れない人にとっては、ホームレス生活や生活保護を受けるよりましだと、刑務所への出入りを繰り返す人たちがいます。

 

無銭飲食や無賃乗車などの詐欺や、万引きなどを犯してくるケースが多いです。

 

最近はそういった累犯者が高齢化して、刑務所が福祉や高齢者施設と化しています」

ホームレス生活から抜け出るために…(イメージ写真)
ホームレス生活から抜け出るために…(イメージ写真)

出所後の就職先がない

高齢化や更生促進など、現代の日本が抱える問題ですが、そういう人たちが凶悪化することもあるそうです。

 

「窃盗や詐欺だと数年で出所することになるので、長期刑を受けたい場合に、より大きな事件を引き起こしてしまうケースもあるようです。

 

昨年11月、福島駅で80代の女性を切りつけケガをさせた容疑で捕まった男(当時69)は、強盗未遂事件での服役から出所したばかりでした。

 

このような出所者が路頭に迷い再犯に及ぶこともあるので、服役中に求職できる『コレワーク』という制度が整備されました。

 

しかし、刑務所内での刑務作業従事経験を活かす職種がほとんどなく、有効に働いていないようです」

命や犯罪についての科目があっていいのかも(イメージ写真)
命や犯罪についての科目があっていいのかも(イメージ写真)

生活保護を受給することも考えない

死刑願望者から衣食住目的まで、そのような犯罪者を生まないために、社会や私たちにできることはあるのでしょうか?

 

現場での経験から、「教育に尽きるのではないでしょうか」と話す坂本さん。

 

「役所に行って生活保護を受給することすら頭に浮かばず、詐欺や窃盗を繰り返す人もいます。

 

そのような基礎教育から命の大切さなどを家庭だけではなく、地域や学校も含めて、教えていくしかないと思います。

 

日本の道徳の授業では、命の問題として死刑制度を取り上げているところは限られているようです。

 

だから死刑になることのリアリティや問題点が理解されないまま、安易な死刑願望が生まれるのかもしれでません」

 

今後、高齢化がさらに進み、“介護目的”で罪を犯す人たちが増えるような社会であってはいけません。

 

PROFILE 坂本敏夫さん

元刑務官でノンフィクション作家の坂本敏夫さん
1947年、熊本県生まれ。元刑務官。大学中退後、27年余りの刑務所、拘置所勤務をへてノンフィクション作家に。著書に『囚人服のメロスたち 関東大震災と二十四時間の解放』など。

文/CHANTO WEB NEWS  写真提供/坂本敏夫(プロフィール)