私たちは嘘をついたり誤魔化したりしなければならない理由なんか何ひとつ無い、ごく普通の"特別養子縁組の"家族です
不妊治療を経て、特別養子縁組によって男児の親となった犬山ポポさん夫婦は、自分たちの家族をそう表します。
不妊治療のつらさに夫婦で向き合った2年間についてお聞きした第1回、特別養子縁組の制度を知って実際に迎え入れるまでの第2回に続き、インタビュー最終回では家族となってからの日々と、これから待ち受ける「真実告知」についてお聞きしました。
親としての自信が持てなかった
── 生後10日の息子さんの親となり、育児が始まってからの日々は実際どうでしたか?
犬山さん:
最初のころはやっぱり夜泣きが大変でした。でも息子の場合は長くても30分泣き続けるくらいで、それも夜中の12時、1時とだいたい時間帯も決まっていたので、ラクなほうなのかもしれません。朝まで全然眠れなかった、という人の話も聞くので。
夜泣きもそうですが、すべて夫とふたりで対応することができたので、ワンオペ育児で育てている方のほうがもっと大変だと思います。
でもそれとは別に、「私がこの子のお母さんなんだ」という自信はずっと持てませんでした。
── 親としての自信に関して、今はどうでしょう?
犬山さん:
息子が「ママ」と呼んでくれるようになってから、「私がこの子のお母さんなんだ」と少しずつ思えるようになっていった気がします。だんだん話せるようになっていく息子が、「ママ、ママ」と毎日すごく呼びかけてくれて、ハイハイでダーッと寄ってきてくれたり、朝起きたらギュッと抱きついてくれたり。そういう積み重ねが自信に繋がっていきました。
息子が私を親にしてくれた、そう思っています。
── Twitterではママだけではなく、パパも全力で育児をしている様子が伝わってきます。
犬山さん:
本当にそうなんですよ。特別養子縁組の講習や実習はもちろん、夜泣きや保育園の送り迎え、保護者会、それから養親向けのイベントも、全部を夫婦で同じようにやっています。
少し前に息子が私にべったりな時期が続いていて、パパが抱っこすると泣いて嘔吐してしまって、私が抱っこしたら泣き止んだことがあったんですね。でもそのときも「悲しいな。じゃ、せめてお茶碗洗うわ」って台所に立って食器洗いを始めて。
今もケンカは時々しますが、彼がパパでよかった。この人と一緒に育児ができてよかった、と心から思っているし、尊敬しています。
── 特別養子縁組で子どもを迎える場合、夫婦のどちらか、多くの場合、女性が家庭に入ることを求められると聞きますが、犬山さんは最初から仕事を続けながらの育児だったんですね。
犬山さん:
そのあたりはおそらく自治体やNPOによって条件や基準が異なるのだと思います。行政で養親研修を受けた私の知人は、「お母さんは仕事を辞めてください」と言われたそうです。私たちがお願いしたNPOの場合は、「最低1年間は家庭保育をする」という条件がありました。
わが家の場合は自営業なので、息子をおんぶをしながらお店に出たり、店にベビーベッドを置いてお客さんにもときどき見てもらったりしながら、なんとか乗りきった感じですね。
ただ、動き回るようになるとやっぱり目が離せなくなってしまって。「最低1年間は家庭保育を」という条件だったのですが、ここを逃すと入園がまた1年伸びてしまう、というタイミングだったので事情をNPOに相談したところ、11か月で入園OKとなり、今の園に通い始めました。
役所をたらい回しにされて
── 入園時、保育園には特別養子縁組で家族になった経緯は伝えたのでしょうか。
犬山さん:
はい。絶対に伝えなければならない、というわけではないのですが、こちらが伝えても伝えなくても児童相談所から園に連絡が行くんですね。
特別養子縁組の場合、子どもを迎え入れた後、半年間の試験養育期間を経て家庭裁判所に申し立てをし、審判が確定すれば特別養子縁組が成立します。そこでようやく戸籍上も親子となるわけです。
審判確定後もさらに半年間はNPOへの月に一度の育児報告と、同じく月に一度の児童相談所の訪問があり、私たちの地域では児童相談所はその間、保育園にも様子をうかがう連絡を入れます。
私たちの場合はまだその半年間の期間内の入園だったため、必然的に保育園側にも知らせることになりました。
息子を迎え入れるときにも市役所に届け出を出したのですが、その手続きは本当に大変でした。
役所の窓口の方もまったく制度を理解していなかったし、あちこちの窓口をたらい回しにされ、NPOの方に間に入って直接説明をしてもらってようやく受理してもらう、という感じでした。
田舎なので、特別養子縁組で家族になったケースがおそらく過去にあまりなかったんだと思います。
真実告知のための絵本を作りたい
── これから息子さんが成長していくなかで、血が繋がっていないことを伝える真実告知が待ち受けています。どんな形で伝えていくつもりですか。
犬山さん:
息子が2歳になるまでに、絵本を作ろうと思っています。私より先に特別養子縁組で家族になった友人夫婦が家族の出会いを自分たちで絵本にしたと聞いて、うちもその方法がいいかなって。
NPOでも真実告知のワークショップや勉強会があって、今その2回目まで参加したところなんです。そこで学んだエッセンスも、自作の絵本に落とし込めたらと思っています。
絵はもともと好きですが得意とまではいかないので、絵描きの友達に相談しながら進めています。
── 絵本はいいアイデアですね。手に取って何度でも読み返せる、家族だけの物語があるのは素敵です。最後に、特別養子縁組がもっと広く社会に知られるために、どんな課題を改善していくべきだと思いますか。
犬山さん:
不妊治療をしている最中って、「次、採卵しますか?」と聞かれたらもうYESしか答えられない精神状態になってしまうんですよ。子どもがほしくて、他に選択肢がないと思っているから。
でも、「次も採卵をしますか、それとも特別養子縁組について考えてみますか?」という2つの選択肢を提示されたら、だいぶ違うんじゃないでしょうか。
たとえば、高度生殖医療を行っている病院の待合室にそういうポスターやパンフレットを置いてもらえたら、特別養子縁組という制度について意識が向かう人もきっといるはず。知るきっかけ、入り口がもっといろんなところにあるといいですよね。私もそういう気持ちでTwitterをやっています。
妊娠できないことのつらさ、自分で産みたいという気持ちは、私もめちゃくちゃわかるんです。その気持ちは今もゼロになったわけではない。でも、精神的に追い詰められる前の段階で特別養子縁組という選択肢を提示してくれたら…。救われる大人と、家庭で育つことができる子ども、両方がきっと増えるはずです。
PROFILE 犬山ポポさん
大阪府出身、愛知県在住。30代のときに11歳年下の夫と結婚後、2年間の不妊治療を経て、2020年9月に特別養子縁組で生後10日の男児を家族に迎える。現在は夫婦で喫茶店を経営しながら、保育園に通う1歳の息子、看板猫2匹と暮らす。息子さんとの出会いから現在までの家族の日々はTwitter(@inuyamabotan)でも綴っている。
取材・文/阿部花恵 写真提供/犬山ポポ