虐待は、私たちの生きる世界と地続きの場所で起きている現実です。
「児童虐待は、親にペナルティを与えるだけでは解決しない」と話す千葉市児童相談所所長 桐岡真佐子さんに、解決への取り組みについて伺いました。
子どもを家庭に帰すための「安全プラン」
── 児童虐待は、具体的にどのようなプロセスで問題解決を目指すのでしょうか。
桐岡さん:
まずは情報収集です。ご家族の背景や支援機関とのつながり、子育ての歴史、お子さんの特徴などですね。「虐待」が生じていたとしたら、どのような経緯で生じたのか、親なりの思いも含めて聞き取っていきます。
そのうえで、子育てのやり方に不適切さがあったこと、修正の必要があることを認識してもらえるように話します。
不適切な部分については「これは虐待にあたりますよ」としっかりお伝えして、それをしないで済むにはどうしたらいいのか、親御さんからの提案や意見を大切にしながら、安全の仕組みづくりを進めます。
親御さんが病気で子どもの世話ができないなど、家庭の機能不全に原因がある場合は、家事支援のヘルパーさんに入ってもらうなどの、支援サービスも取り入れます。
並行して、お子さんから、親や家庭に望んでいることを聞き取りし、親御さんに伝えます。
「お父さんお母さんはこういう人」「おうちのこういうところが好き」「こういうところが心配だった、辛かった、悲しかった」「こういうおうちになったらいいな」など、普段はなかなか伝え合えない、子どもの思いを親子で共有してもらいます。
こうした方法を積み上げていったものが「安全プラン」となっていきます。
── 一時保護している事例も同様ですか?
桐岡さん:
情報収集、対話、プラン作成・実施という面では同様です。
親子面会を重ねながら関係の修復を図り、子どものなかの家庭復帰の思いや安心感が確認できたら、お子さんを家庭にお返しし、関係機関と一緒に、プランが機能し安全が維持されているかどうかを一定期間見守ります。
そして問題が再発しなければ、児相としての指導は終了することになります。
通告がまた上がってくる事例もありますが、その都度、安全プランを組み直していきます。多くのケースでは問題が再発することなく進んでいるので、支援は一定の成果になっていると思っています。
── リスクが大きくて家庭に帰せない場合はどうなりますか。
桐岡さん:
施設や里親のもとで生活することになるお子さんもいますが、たとえすぐに一緒に暮らすことはできなくても、親と子のボタンの掛け違いを修復することには着手します。いつか一緒に暮らすこと、または離れていてもつながっている親と子の形を目指します。
いつかその子自身が親になったときに、親との関係づくりができているかどうかは、とても重要なことなんです。
── ときには、親に対して厳しい態度をとるほうが効果的なこともあるのでは。
桐岡さん:
かつて児相は、トップダウンで介入をして親にダメ出しをするだけの機関、というイメージがありました。
でも、親にペナルティを与えるだけでは、親御さんの子育てスタイルは変わりません。
「児相に見つからなければいいだろう」という思いに至ったり、本当に大切な、家族が主体となっての「親子関係の修復」とか「子育て方法の修正」にはつながらないのです。
時間はかかりますが、親御さんの思いや意向を尊重しながら、体罰を用いないしつけについて理解をいただき、協働して安全プランを作っていくことを目指しています。
サポートが難しい「親の怒り」と「ネグレクト」
── とはいえ、やはり児相がサポートするのは難しいケースもありますよね。
桐岡さん:
同意なしに勝手にわが子を保護された、という怒りから親御さんが前に進めないケースもあります。
一生懸命お伝えしても、「虐待のリスクが高い」という事実を親御さんと十分共有できないと安全プラン作りは進みません。そうすると、お子さんを家庭に戻すことは難しいと判断します。子どもの傷つきが大きくて、関係修復が困難である場合も、同様にお子さんをすぐに家庭に戻すことは難しいと判断します。
親御さんと児相が対立してしまうこともあり、家庭裁判所に入ってもらうなどの手法をとらないと話が進まないこともありますね。
ネグレクトの事例も解決が難しいです。
たとえば母子家庭で、お母さんの体調が悪かったり、養育能力や家事能力に限界がある場合。
いわゆるゴミ屋敷で暮らし、子どもは満足に食事ができず、お風呂にも入れない。いつも同じ服を着ている…。でも、子どもは自分でコンビニへ食べ物を買いに行けるから、命の危険が目の前にあるわけではない。
このようなケースは、ご本人たちの思いや長年の生活スタイルもあり、家事援助のヘルパーが入ってくることにも、拒否的であったりします。
しかし、ネグレクトは、子どもが将来社会人になり、親になったときに健全なモデルを得づらい、とても心配な事例です。
保健師さんなど地域の相談支援の方々と、時間をかけた粘り強いフォローが必要になります。
地域の支援機関が子育ての「かかりつけ医」に
── 児相だけでは解決できない事例もあるうえに、もしかしたら今後も児童虐待は増え続けるかもしれません。児相はどうあるべきだと思いますか?
桐岡さん:
この問題を防ぐには、児相だけが大きくなればいいわけではないと考えています。
医療にたとえて言うと、私たちが体調不良になったとき、まずは身近なかかりつけ医に相談して、早めに手当てをすれば、元気でいられますよね。
そして、そこでフォローできないような重症になった場合は、より高度な専門医や施設で診てもらう。
児童虐待も、軽微なうちに手当や予防をする地域の役割、重篤なケースに専門的に対応する児相の役割をそれぞれ高めていくことが必要です。
具体的には、地域の相談機関や学校や保育所、医療機関などが連携体制を作り、支援の役割を担ってもらいたいと考えています。
千葉市では、虐待発見と、子育ての力が弱い家庭を補うことを目的に、保育所や幼稚園の先生たちへの研修等にも力を入れています。
── 周囲に気になる親子がいる場合は、どのタイミングで通報すればいいのでしょうか。
桐岡さん:
黄色信号が灯っている家庭がある!と感じたら、赤信号になる前に、早めに通報してもらいたいですね。
それから、黄色信号が灯らないようにするには、家庭を孤立させないことが大事です。公園で遊んでいる親子を見かけたら、「いいお天気ですね」「かわいいお子さんですね」と声をかけてあげてください。
社会全体が、子育てをしている家族を、あたたかく見守り、応援するような状況であったらと願います。
…
親にペナルティを与えるだけではなく、支える。一緒に考える。社会全体で子育てを温かく応援する。その言葉の通り、子育て中の親たちを温かい笑顔でねぎらってくださる桐岡さんでした。
PROFILE 桐岡真佐子さん
千葉市こども未来局こども未来部児童相談所 所長。千葉市児童相談所児童心理司、千葉市障害者相談センター心理判定員を経て、2020年4月より現職。臨床心理士。
取材・文/林優子