面談する子どものイメージ

「児童虐待は特別にひどい親や家庭だけの話ではない。火種はどの家庭にもある」と千葉市児童相談所所長 桐岡真佐子さんは話します。

 

「児相」の現場で出会う親たちが抱える問題についてお話を伺いました。

虐待相談は3割「児相」の実態

── 児童相談所には、虐待の相談がどれくらい寄せられるのでしょうか。

 

桐岡さん:

千葉市では年約6000件の相談のうち、1800件程度が虐待の相談です。

 

近年は虐待相談の割合が増えていますが、そもそも児童相談所は子どもの権利擁護のための機関なので、障がいや発達の遅れ、不登校、非行など、子どもに関わるあらゆる相談に乗っています。

 

コロナ禍では、親御さんがコロナで入院してしまった子の一時預かりにも対応しました。

 

── 児童虐待に関する報道で「児相」を耳にしてきましたが、虐待以外の相談のほうが多いのですね。虐待の相談には、どのような方が対応されますか。

 

桐岡さん:

千葉市の児童相談所は、常勤職員約100人、非常勤職員約75人の大所帯です。この人数で先ほどお伝えした相談件数に対応しています。

 

虐待相談にメインで現場対応する専門職は、児童福祉司と児童心理司です。

 

児童福祉司は、親御さんや関係機関との窓口になり、さまざまな情報を集めたり調整をします。児童心理司はお子さんの心の傷つきを見極めてケアを行うことが主な役割です。

 

基本的な勤務時間はだいたい9時~17時ですが、保護者はお勤めの方が多く、夜間の面接になることも多いです。また、相談や虐待通告は24時間365日受け付けていますので、当番制で夜間でも緊急対応できる体制にしています。

 

所長の私も、電話にはいつでも応じられる体制にしています。

増えている夫婦間DVによる心理的虐待

── そもそも、児童虐待とは、どういうことをいうのでしょうか。

 

桐岡さん:

「児童虐待」は、保護者が18歳未満の子どもに対して行う行為で、児童虐待防止法では以下の4つのカテゴリーに分類されています。

 

・身体的虐待…児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。 ・性的虐待…児童にわいせつな行為をすること、児童にわいせつな行為をさせること。 ・ネグレクト…保護者としての監護を著しく怠ること。 ・心理的虐待…児童に対する著しい暴言、著しく拒絶的な対応、DVの目撃、その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

 

それぞれ全く違う内容ですし、対象となるお子さんの年齢は、0歳から18歳未満と幅広い。ひと口に「児童虐待」と言ってもその範囲は、とても広いんです。

 

── ここ10年は心理的虐待の相談が増えていると聞きました。なぜでしょうか。

 

桐岡さん:

いわゆる夫婦間DVで110番通報があり、警察がその家に子どもがいることを確認すると、心理的虐待として児相に通告されるシステムになっているためです。

 

平成16年10月に、児童虐待防止法が改正され、配偶者間の暴力(面前DV)が子どもへの心理的虐待に含まれることが明確化されました。さらに平成25年12月、警察がDV事案への積極的な介入及び体制を確立したことで、警察から児相への通告が増加したんです。

 

── 子どもに直接危害が及ばなくても、虐待として通告されるんですね。

 

桐岡さん:

子どもにとって、親は心と体を守ってくれる存在であり、家庭は安全基地。家庭で両親がいさかいあう状態は、大人の想像以上に子どもの心を脅かしています。

 

令和2年の内閣府調査で、「配偶者から暴力の被害を受けたことがある家庭の約3割(26.5%)は、子どもの被害もみられる」ことも明らかになっています。

 

家庭内のいさかいは、心理的虐待であり、身体的虐待にもつながる可能性があることを覚えておいてほしいです。

 

── コロナ禍で在宅時間が増えたことや、経済的不安などのストレスが家庭内DVの増加につながっているとも聞きます。コロナ禍の影響が子どもにも及んでいるということですね…。

 

桐岡さん:

コロナ禍による閉塞感で言えば、SNSやオンラインゲームが、親子間の火種となるケースも、実感しています。

 

子どもが家で過ごす時間が多いなか、何万円単位でオンラインゲームに課金してしまい、親が思い余って手を上げてしまう。逆に制限をかけた親に子どもの側が暴力をふるう、という事例もあります。

 

コロナ禍が終わっても、こうした事例は増えていくと思います。

 

── いわゆる身体的虐待はどのように相談が寄せられるのでしょうか。

 

桐岡さん:

身体的虐待の相談で圧倒的に多いのは、幼稚園、保育園、学校からの通報です。

 

子どもが普段生活する場ですので、あざなどのエビデンスが見つかる場合もありますし、子どもからのSOSによって発覚することもあります。

 

地域の方が、泣き声や締め出しで通報するケースもあります。

 

コロナ禍で休校や登園自粛が相次いだときは、地域の方の見守りは大変にありがたいと感じました。

 

通報は勇気がいると思いますが、「虐待と思われる子どもを発見したら通告をする」というのは、実は、虐待防止法により、私たち国民全員に課されている義務です。ぜひ、ご協力いただけたらと思います。

通報による訪問に戸惑う保護者たち

── 通報があっても、家庭というプライベートな空間に立ち入るのは難しいでしょうね。

 

桐岡さん:

児相の仕事は「いたぶるように虐待する親から、子どもを強制的に保護する」とイメージされがちなのですが、そんなことはありません。

 

私たちが出会う親御さんたちは、子育てに悩み、追いつめられて、いけないとわかっていながら手が出てしまうとか、お子さん自身に育てづらさがあるとか、こうでもしないと将来凶悪な事件を起こしてしまうのではないかという不安にかられているとか、葛藤している方が多いんです。

 

── 実際は、ひどい身体的虐待親ばかりではない、と?

 

桐岡さん:

通報があると、原則全部の事例の状況確認をします。お子さんが安全、無事であることを確認させていただき、親御さんに事情を聞きます。

 

通報のなかには、いわゆる「泣き声通報」、赤ちゃんや小さい子どもの大きな泣き声が聞こえて心配だ、というものがたくさんあります。でも実際訪問してみると、単なる夜泣きだったりして、「虐待にはあたらない」ということが、よくあります。

 

訪問させていただくと、ほとんどの家庭は戸惑われます。なかには「虐待を疑われた」ととても傷つかれる方もいて、私たちも申し訳なく、心が痛むことがあります。

 

── それはお互いにツライですね。

 

桐岡さん:

でも、私たちは通報による訪問を、無駄だとは考えていません。むしろSOSをキャッチする機会として捉えています。

 

育児ストレスから精神的に追い詰められている方に出会い、悩みに耳を傾けて、保健師さんの支援につなげることもあります。

 

児相はダメ出しをしに来るのではなく、困っていないか、苦しんでいないかを聞きに来た、と理解していただけるとありがたいです。

 

── 危機的な状況の家庭を訪問することもありますよね。

 

桐岡さん:

はい、なかには、子どもがねじくれた大人にならないようにダメなことは体で覚えさせる必要がある、と考えている方も一定数いらっしゃいます。

 

しつけであっても、体罰は法律で禁止されています。体罰はエスカレートしがちなものであること、子どもへの心理的な悪影響など、根気強くお話ししていきます。

悪い親を「摘発」するところではない

── 自身の私欲のために子どもを虐待する話ばかりを見聞きしますが、実際の背景はもっと幅広く、外からでは見えにくいということですね。

 

桐岡さん:

そうです。さまざまなケースがありますが、多くの虐待は、親子や夫婦間の不調によるものです。

 

不調が高じて虐待がエスカレートすると、最悪、保護者が逮捕されることになったり、子どもだけでなく親も傷つくことになります。なんとか、そうした状況を修正する支援をしたい。

 

「悪い親を摘発する」のではなく、追いつめられている親御さんに寄り添い、そのご家庭に何がいちばんプラスになるのかということを一緒に考えるように努めます。

 

子どもにとっての安心・安全を取り戻すことがゴールです。

 

私たちが関わったことで、「こういう機会を得てよかった」と言ってくださる親御さんもいます。それが励みですね。

 

 

児相は虐待だけでなく、多岐にわたって育児の相談ができる機関。虐待への対応は、保護者に寄り添う話し合いを基本としています。次回は、具体的な問題解決プランについて伺います。

 

PROFILE 桐岡真佐子さん

千葉市こども未来局こども未来部児童相談所 所長。千葉市児童相談所児童心理司、千葉市障害者相談センター心理判定員を経て、2020年4月より現職。臨床心理士。

取材・文/林優子