人を疑う歌川さん
虐待された経験から人を過剰に疑うように/『新版 母さんがどんなに僕を嫌いでも』より(C)Taiji Utagawa/KADOKAWA

毎年11月は、厚生労働省の定める「児童虐待防止推進月間」。虐待の根本とは?虐待してしまう親、虐待された子に必要な支援とは?虐待を乗り越えて大人になった「虐待サバイバー」として、みずからの体験を語ってくれた歌川たいじさんに伺います。

たとえ10回に1回でも僕は救われた

── 虐待が増えています。令和2年度の児童相談所による児童虐待対応数は20万件以上で過去最多。ということは、虐待サバイバーも増えているということですよね。

 

歌川さん:そう。それなのに、日本では虐待サバイバーへの支援はほとんどないんですよね。

 

児童相談所や介護施設を出たあと、学校や職場に定着できずに孤立してしまう人は多い。なかには、反社会的な方向へ向かってしまう人もいると思います。

 

僕がそうだったんですが、虐待サバイバーって、うまく人間関係を築けない人が多いんです。

 

防衛本能で嘘をついてしまったり、周りの人に心を閉ざしてしまったり、あえて相手が傷つくようなひどいことを言ってしまったり。

 

僕は一時期、人の汚いところばかり見ようとして、優しくしてくれる人に対しても、「本心ではこんな汚いことを思っているんじゃないの」などと勘ぐってしまっていました。

 

── 虐待サバイバーの孤立を防ぐには、どのような支援が必要でしょうか。

 

歌川さん:カウンセリングや自助グループなど、話を聞いてもらえる場を作ることは大事だと思います。LINEで気軽に相談できたりするといいですよね。

 

あとは、虐待サバイバーが抱える問題について、みんなが知識や心構えを持っているだけでも違うと思います。 人づきあいが苦手な虐待サバイバーのひとりが、心を許せる相手にロックオンしてストーカーみたいになってしまった例もある。

 

「だから虐待サバイバーとは関わりたくない」ではなくて、「ひとりで支えるのが無理なら10人で支えればいい」と考えてほしいんです。

 

毎回誘うのは荷が重いから、10回に1回は誘ってあげよう、とかね。10回に1回でも「行こう」と言ってもらえることが、僕はどんなに嬉しかったか!

 

あとは、虐待サバイバーでもちゃんと子育てをしている人とか、心の傷と折り合いをつけて幸せに暮らしている人もたくさんいるから、そういう人の姿をサバイバーが知ることも大事だと思います。そういう人がみずから発信したり、メディアで取り上げられるといいですね。

虐待の根にある3つの問題

── 児童虐待の背景や原因について、どうお考えですか。

 

歌川さん:僕は、虐待の根っこには3つの問題があると思っています。

 

1つは貧困、2つ目は格差、3つ目は女性蔑視です。

 

貧困、格差、女性蔑視に追いつめられた親が、カーッとなって子どもに手を上げてしまったり、人格を否定するような言葉を言ってしまうことは、現実にあると思います。

 

僕の母親も、貧困の母子家庭に育ちました。祖母に厳しくしつけられて、暴力もあったそうです。

 

そこから逃げ出したくて、父親と駆け落ち同然に結婚しました。

 

歌川さんを虐待した母親は貧困の母子家庭に育った/『新版 母さんがどんなに僕を嫌いでも』より(C)Taiji Utagawa/KADOKAWA

昭和30年代に、工場の二代目経営者の嫁という立場に置かれた母の生活はすさまじかった。

 

家事育児はもちろん、義理の両親の世話、住み込みの従業員の食事の世話、工場の事務や雑務、すべてひとりでやらなければいけない。ワンオペ育児なんてものじゃなかった。

 

姉が産まれてからも、「跡継ぎを産め」というプレッシャーにさらされ、ようやく僕を身ごもったと思ったら、父が浮気。母も浮気をしたら、自分だけが責められる。

 

僕なら耐えられません!

 

歌川さんのお母さん
歌川さんのお母さんの結婚生活は凄絶なものだった/『新版 母さんがどんなに僕を嫌いでも』より(C)Taiji Utagawa/KADOKAWA

離婚したあとは、シングルマザーの貧困にぶちあたりました。

 

シングルマザーの貧困の問題って、令和になった今でも解決していないですよね。

 

貧困のシングルマザーがろくでもない男にすがって、そのステップファミリーで虐待が起こる事例も少なくない。ここを解決しないと、虐待はなくならないと思います。

 

格差については、格差そのものより、格差を覆い隠そうとすることが問題だと思っています。

 

たとえばお金がないのに無理して周りと同じものを用意したり、仕事があって大変なのに無理して朝食を作ったり。

 

朝って、親がいちばん忙しくてカーッとなりやすい時間帯ですよね。働く親が朝食を作るなんて、海外ではあまり聞いたことがない。無理しなくていいんですよ。

「私にはわからない」ではもういられない

── 児童虐待を防ぐために、私たちひとりひとりができることは何でしょうか。

 

歌川さん:虐待から子どもを守るいちばんのよりどころは、やはり通報です。

 

日本の児童相談所は人手がたりないとか、相談しても子どもの命が救えなかったとか、ネガティブな報道も目にしますが、通報しないことには始まらない。人手がたりないなら、増やしてもらわないと。

 

虐待されている子には、身体的にも行動的にも特徴があります。

 

肌のやわらかい部分や見えない部分に傷やあざがあるとか、古い傷と新しい傷が混在しているとか。

 

虐待された子どもの傷
歌川さんが一時身をおいていた施設の問題児・大島くんの体には無数の傷があった/『新版 母さんがどんなに僕を嫌いでも』より(C)Taiji Utagawa/KADOKAWA

ほかの子に乱暴するとか、僕もそうだったように、何時になっても家に帰りたがらないとかね。

 

おかしいな、と思ったら通報!迷ったら通報です。

 

あとは、少しでも関心を持つことですね。

 

「かわいそうで虐待のニュースなんて見られない」という気持ちはわかる。僕もいつも泣いちゃいます。

 

でも、これだけ虐待件数が増えているのに、「私には何もわかりません」という態度は、卒業しないといけないと思う。

 

なんの役にも立たないのは、「虐待する親に厳罰を」という感覚です。

 

枝を切るみたいに虐待する親だけを切り捨てても、幹、つまり貧困や孤独にあえいでいる親を救わなければ、虐待はなくならない。

 

それには行政のサポートが必要で、行政を動かすのはひとりひとりの投票行動であり、通報なんです。

 

── サバイバーの人に伝えたいことはありますか。

 

歌川さん:

なんでもいいから自分の好きなことをして、自分を大事にしてほしいですね。

 

自分の好きなものって、幸せな記憶と結びついているはずで、その記憶は希望につながります。

 

希望さえあれば、そこから芽が出てくる。その芽を自分で大切に育ててほしいです。

 

 

虐待の現実から目を背けない。虐待する親を罰するよりも救うことを考える。そして、気になることがあれば通報や相談をして、社会全体で親子を守る。児童虐待を防ぐためのヒントをもらえた取材でした。

 

PROFILE 歌川たいじさん

1966年生まれ。2013年、虐待の経験を綴ったコミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(KADOKAWA)を刊行。2018年に映画化される。パートナーとの日常を綴ったブログ『ゲイです、ほぼ夫婦です』も人気。

取材・文/林優子