夫と仲良くやっていきたいのに家事分担でケンカばかり。
部署内でバリキャリとゆるキャリが敵対している。
そもそも女性として生きるのがつらい…。
そんな悩みを解決する糸口になるマンガはありますか?
『少女マンガのブサイク考』の著者であり、東北芸術工科大学講師も務めるトミヤマユキコさんへの連続インタビュー、最終回では夫婦関係や働く女性の生き方に効く、おすすめマンガを教えてもらいました。
どうしたら夫と仲良くやっていける?
──『少女マンガのブサイク考』ではさまざまなマンガを紹介されていますが、仕事と子育てで毎日クタクタな女性に効くマンガを教えてください。
トミヤマさん:
やっぱり『逃げるは恥だが役に立つ』(海野つなみ)はぜひ読んでほしいですね。
あれはもう人生の参考書です。契約結婚をすることになった男女が、七転八倒しながら理想を求め進んでいく。平成・令和のあるべきパートナーシップを模索する物語です。
ドラマを見ていた人も多いと思いますが、原作はあの後の話やドラマには組み込まれなかった登場人物たちのエピソードもあるので、まずは『逃げ恥』を全巻読んでほしいですね。
あのマンガのいいところは、結婚を事業として捉えているところ。長くつき合っていくと、恋愛感情だけじゃどうにもならないことってたくさん出てきますよね。一緒に暮らす相手と冷静に意見をすりあわせていくことの重要性が描かれた良いマンガです。
夫婦関係について考えさせられるという意味では『にこたま』(渡辺ペコ)もおすすめです。どんなカップルにも問題があって、それをどうやって乗り越えていくかはそれぞれ違いますよね。そこに正解はない。世間の正解とズレていても、本人たちが納得できればオッケーということを、ペコさんは描いてくれている気がします。
── 夫婦の関係性は外からは見えないし、どんなに仲良しに見えても何かしらあったりしますよね。だからこそマンガのようなフィクションからリアルに学べる部分は大きい気がします。
トミヤマさん:
外から家庭を覗いてみるという意味では、小池田マヤ先生の『家政婦さん』シリーズもぜひ読んでほしい。凄腕の家政婦さんがいろんな家に派遣されるという、「家政婦は見た!」でお馴染みの構造を使っている短編集なんですけど、各家庭にいろんな事情やパートナーシップの形があって本当に面白いんですよ。
ちなみに「家政婦さん」って聞くとどんなイメージがありますか?
── 市原悦子さんの印象が強いせいか「朴訥とした中年女性」みたいなイメージがありますね…。
トミヤマさん:
ですよね?でも『家政婦さん』シリーズのメインキャラクターである里さんは、体も態度もデカい女性なんです(笑)。美人じゃないけどむちゃくちゃモテるし、女も男もとっかえひっかえ、みたいな意外性のあるキャラで。
家事労働をしている女性は、できて当たり前のことをやっているから下に見ていいんだ、みたいな世間の偏見をひっくり返しつつ、いろんな夫婦や家族の問題を解決していく読み切りシリーズです。『放浪の家政婦さん』から始まって、シリーズ最新巻は『令和の家政婦さん』ですが、どこから読んでも大丈夫です。
美人は得か、バリキャリとゆるキャリは敵か?
── 前回のインタビューではルッキズム(外見差別)についてもお話を伺いましたが、社会で女性として生きるしんどさをラクにしてくれるようなマンガはありますか?
トミヤマさん:
美人だけどなんだか気の弱い女性と、元気があって仕事もできるけど「私はブサイクだ」と思っている女性。2人の中身が入れ替わってさあどうしよう!? という『鏡の前で会いましょう』(坂井恵理)は面白いですよ。
美人は得でブサイクは損かというと、実は必ずしもそうじゃない。美人には美人の地獄があるわけで。美醜をめぐる一筋縄ではいかない事情が描かれた作品です。
──「美人は得か」問題は女性同士でも賛否が分かれますよね。一般には得だと思われがちですが、容姿だけが注目されて不利益をこうむる場面も多い、という研究もあります。
トミヤマさん:
そうなんですよ。
「美人だとおじさま世代から気に入られて出世にも有利だよね」「やっぱりきれいなほうが女は得だよね」みたいに思ってしまう気持ちはすごくよくわかるんですよ。
美人・ブサイク問題は、バリキャリとゆるキャリの問題にも似ています。バリバリ働いて評価されたい人がいる一方で、ゆるく働きたい人だって当然いますよね。それって、それぞれの価値観の違いであって本来争う必要はないのに、なぜだか敵対させられてしまう。
でも本当に戦うべきは、この分断を高みから見ている人たちです。働く女性は、そこに気づいたほうがいい。
今の日本の社会は、キャリア女性たちに支えられている部分が実はすごく大きいんですね。この男社会で一所懸命に働いて、偉くなって、権限が使えるようになったら後輩に同じ轍は踏ませないようにしたい。そんな思いで頑張っている女性たちがたくさんいます。
だからこそ、働き方の違いを理由に敵対するのではなく、男性中心的な社会の構造自体を変えていく方向で連帯できたらいいですよね。
男社会がしんどすぎて土俵から降りちゃった人たちが、いつか戻って来られるように、今働けている女性たちが環境を整えておく。それはきっとキャリア女性のためでもあるんですよ。将来自分がしんどくなったときに、降りたり戻ったりが気軽にできたら、助かりますからね。
── ブサイクと美人は敵同士じゃないし、バリキャリの敵もゆるキャリじゃない。
トミヤマさん:
そうそう、「ゆるキャリな働き方をするAさんのせいでこっちにしわ寄せが来る」と感じても、それはAさんが悪いわけじゃないんです。男性に最適化されたシステムの中で働いているから、しわ寄せが生じてしまうだけであって、Aさんを責めてもなんにもならない。真の敵は他のところにいます。
ちなみに先ほど紹介した『鏡の前で会いましょう』の坂井先生は、登場人物の立場を入れ替えることで、これまでの自分にはまるで見えていなかった世界を体験させるという手法がすごくお上手なマンガ家さんです。
「男性が妊娠するようになったら社会はどうなる?」というテーマを描いた『ヒヤマケンタロウの妊娠』も読み応えありますよ。妊娠する人間にこの社会が優しいかどうかを、妊婦となったケンタロウの目から見るのが、なんともおもしろいんですよね。こちらはNetflixオリジナルの実写ドラマとして、斎藤工さん主演で2022年から世界配信されるそうなので、ドラマとあわせて楽しめるんじゃないでしょうか。
マンガは人生の参考書
── 大人の女性がどう生きていけばいいのか、そのヒントをもらえそうなマンガがたくさんありますね。
トミヤマさん:
私の周囲の女性たちの生き方を変えたマンガといえば、『プリンセスメゾン』(池辺葵)があります。
チェーン居酒屋の店員で年収300万あるかないかという20代女性がマンション買うお話なんですけど、これを読んで「じゃあ私も!」とマンションを買った知り合いが少なくとも3人はいます。
── 3人も!人生を変えてしまう物語のパワーはすごいですね。
トミヤマさん:
そうなんですよ。
マンガって極言すれば嘘の話じゃないですか。言ってしまえば、白い紙の上にインクの染みがあるだけというか。でもそれを読んでマンションを買うようなことが、実際に起きるわけです。それってすごいですよね。
私はマンガを「人生の参考書」だと思っています。教科書だったら書かれたとおりにしなきゃいけないけど、参考書なら自分にあわせて解釈したりアレンジしても大丈夫。登場人物たちも、あくまでフィクショナルなキャラクターだから、彼らに対して何か言ったとしても生身の人間のように傷つけてしまうことは避けられます。
マンガって娯楽ですけど、それだけにとどまらない何かを持っています。マンガを読んで気づけることってたくさんありますよ。
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誰かに面と向かって言われたら反発しそうなことでも、マンガで読むとすっと納得できたり、気づけたりすることもある。エンタメにはそんな効用もありますよね。今回、ご紹介した作品も、「人生の参考書」としてぜひ役立ててくださいね。
PROFILE トミヤマユキコさん
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部、同大大学院文学研究科を経て、2019年から東北芸術工科大学芸術学部講師。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方で、大学では少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当。著書に『夫婦ってなんだ?』『少女マンガのブサイク考』など。
取材・文/阿部 花恵 写真/河内 彩