2024年度、森林環境保全を目的とした新しい税制度が始まります。
課税額は一人年間千円。
SDGs15番の目標である「陸の豊かさを守ろう」につながる税制度と、その背景とは?
森林の今とこれからについて、林業に関する政策の企画・立案を担当する林野庁の福長絢一郎さんに、伺いました。
森林は再生可能な資源
── 森林環境税って、知りませんでした。森林整備などが目的の税制度なんですね。まずは森林が果たす役割について教えてもらえますか。
福長さん:
森林の働きはいろいろありますが、大きな役割の一つとして災害を防ぐことがあげられます。
森の木々は、枝葉や根っこ、地表に植物を茂らすことで、雨の衝撃をやわらげ、地面の土が削られるのを防いでくれます。むき出しの地面と比べて、森林におおわれた場所の流出土砂は150分の1という研究もあります。
そのほかにも、水をたくわえてキレイにする働き、樹木が二酸化炭素を吸収することによる地球温暖化の防止、木材や食料の生産、生物の多様性を守るといった働きも。
景観や、宗教・芸術に関連する文化的役割にもなっていますし、みなさんのレクリエーションにも役立っていますよね。
── 森林にはたくさんの機能が備わっているんですね。
福長さん:
もともと、日本は森林資源に恵まれている国です。
都会に住んでいると実感しにくいかもしれませんが、日本の森林面積は2500万ヘクタールあって、国土の3分の2が森林です。
石油などは掘りつくせばなくなりますが、森の木々は植えて育てることができます。まさに森林は、再生可能な自然資源。うまく活用していくことが重要です。
課題は人工林の手入れ
── うまく活用するとは具体的にどんなことでしょうか。
福長さん:
私たちが子どものころって、「伐採(木を切ること)は自然破壊」というイメージがありませんでしたか?
でも、人が植えた森林を適切に管理していくためには、伐採は必要な作業なんです。
実は、日本の森林の約4割は、人が苗木を植えて育てた「人工林」。その多くは戦後から高度経済成長期に植えられたものです。
ところが、木材価格の低下や山村に暮らす人口が減ったことなどにより、十分に手入れが行き届かない人工林が増えてしまっています。
そういうところでは、日光が十分に届かず木がしっかり育たないんです。
木が密になりすぎているところは、間伐といって抜き切りをしながら木を育て、適齢期になったら切り出し丸太として利用し、また新たに植える…というサイクルを人の手で作っていかなければいけません。
森林を守るための「選択と集中」
── 人工林を維持するために、手入れをしていく必要があるのですね。その手入れは誰が担っているのですか。
福長さん:
山の持ち主が自らやることもありますが、多くの場合は森林組合や林業会社などに依頼しています。
── それで手はたりているのでしょうか。
福長さん:
難しいところですね。
少子高齢化による働き手の不足に加え、木材価格の下落や木材需要の減少などで林業が儲かりにくくなり、林業労働者は減っています。
これまで育ててきた人工林を、すべてまんべんなくこれからも管理していくことはコストの面からも困難になっています。
傾斜が緩やかで、人の手が入りやすい山道付近などは、今後も木材を生産する人工林として活用していく。
一方で、傾斜がきつく、山道からも遠いといった手入れの困難な人工林については、抜き切りをして、じょじょに手間のかからない自然の状態に戻す。
そうやって、人手をかけていく森林の「選択と集中」が必要になるでしょう。
また、山奥にある天然生林のような希少な動植物が生息・生育する森林は、森林生態系がそのまま維持されていくよう、適切に保全していく必要があります。
さらに、人手不足に対応するために、ドローンやICTなどのデジタル技術の活用や高性能な林業機械の導入などが進められています。
そうやって、森林を整備し守ることで、多様で健全な森林へ誘導していく取り組みが進められています。
森林環境税は山を守るため
── 森林環境税は、私有林の手入れなどに活用されると聞きました。
福長さん:
森林の公益的機能(森林が持つたくさんの機能のうち、木材の生産をのぞいた機能)の発揮は、誰が所有しているかによらず、全ての森林に求められるものですから、私有林についても森林整備を進めていくことが重要です。
── ただでさえ林業は儲かりづらいのに、そうした手入れは山の持ち主にとって負担ですよね。また、最近は持ち主がわからない山もあるとききます。
福長さん:
ご指摘のとおり、森林を所有していても、山から離れて暮らしていたり、相続が進んだりで、森林への関心は低下し、持ち主だけに管理を任せることは難しくなっています。
また、そもそも森林所有者がわからなかったり、所有者がわかっても所有の境界がわからなかったりという問題が起きています。
そういったなかで、最初にお話ししましたが、土砂災害の防止など森林はさまざまな役割を果たしているわけですから、手入れの行き届かない森林などについては、公的資金も入れつつ、森林のもつ公益的な機能を十分に発揮させていく必要があります。
そこで2024年度からスタートするのが「森林環境税」なのです。
これは、地球温暖化を防止するための温室効果ガスの排出削減目標の達成や、災害の防止などのために、手入れの行き届いていない人工林の間伐や、人材の育成、あるいは木材利用の促進や普及啓発といった森林整備及び、その促進に市町村などが取り組むために用いられます(「森林環境税」を活用する「森林環境譲与税」は、先行して2019年度から市町村などへの譲与が始まっています)。
森林環境税は、1人あたり年間千円、住民税とあわせて納めることになり、皆さまにはご負担をお願いすることとなりますが、森林環境やそこから得られるさまざまな公益的な機能を守っていくために、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。
消費が循環サイクルを支える
── 山の手入れをして、林業を活性化するとのことですが、国産木材は高いイメージがあります。需要はあるのでしょうか。
福長さん:
実は今、人工林の木々は、樹齢50年を超え、使いごろを迎えています。また、国産木材の価格は輸入木材とほとんど変わりません。
「伐って、使って、植える」という循環サイクルを回してしていくには、「使う」部分の需要をさらに増やしていかなくてはなりません。
国や産業界が需要拡大の工夫をしていく。その一方で、消費者である皆さんにも森林由来の製品を使っていただく、あるいは、国産木材を内装に多く使っているお店を積極的に利用していただくなどしていただければ、さらに需要が広がっていくと思います。
林野庁 企画課 課長補佐。2006年林野庁入庁、内閣官房オリパラ事務局参事官補佐、近畿中国森林管理局企画調整課長を経て、2020年より現職。林業に関する総合的な政策の企画及び立案を担当。
取材・文/鷺島鈴香