林野庁女性職員有志で作成されたコンセプトブックを知っていますか。
森林×SDGsをテーマにした内容で、森林の役割と魅力、可能性が存分に伝わってくる一冊です。
SDGs15番の目標に掲げられている「陸の豊かさを守ろう」に、企業はどう取り組んでいるのか、私たちはどう向き合えばいいのか。
コンセプトブック作成者の一人である古賀有紀さんに、森林活用の取り組み最前線についてうかがいました。
なぜ森林を活用する必要があるのか
── 企業による森林の活用が進んでいると聞きました。なぜでしょうか。
古賀さん:
木を使うことで、森林の整備を進めるためです。
日本の森林は、国土面積の3分の2を占めています。その森林の約4割は、人の手による「人工林」。戦後から高度経済成長期に先人が植えたものですが、生活様式の変化に伴い、木材需要が大幅に減ってしまいました。
手入れが行われていない森林がいくつもあり、土砂崩れを防ぐといった森林の役割が十分に果たせなくなっています。
企業活動により木材需要に活気が戻れば、木を伐って、使って、植えるという森林のサイクルを適切に維持することができます。
── 具体的にはどのようなものがありますか。
古賀さん:
大規模なものでは、木造ビルの建築です。
今まで木造といえば戸建て住宅がほとんどでしたが、オフィスや商業施設などで木造中高層建築物が徐々に増えています。
── ビルを鉄骨ではなく木で造るとなると、火災や耐震性が心配ですね。
古賀さん:
国から補助金を出して、メーカーに耐火性能を持たせた部材を開発してもらいました。耐震性も実験で安全を確認されたものが使われています。
企業だからできる温暖化対策
古賀さん:
木造ビルは、温暖化対策にもなります。
地球温暖化の原因は、二酸化炭素など温室効果ガス増加によるものですが、木材は育つ間に二酸化炭素を吸収してくれます。
一方、鉄骨やコンクリートは製造などの過程で多くの二酸化炭素を排出します。
つまり、木造だと、木材利用によって炭素を貯蔵するだけでなく、鉄骨やコンクリートの消費を削減できるため、二酸化炭素の排出抑制にもつながります。
企業にとっては、SDGs13番目の「気候変動への具体的な対策」をしているアピールにもなりますし、木造ビルはまだ珍しいので、ランドマークにもなります。
── とはいえ、鉄骨に比べコストはかかりそうです。
古賀さん:
そうですね、そこは国も支援をしているところです。
部材開発だけでなく技術面でも低コストを追求し、特にコンビニなどの低層の店舗などでは、木造建築の標準化も必要と考えています。
一方、内・外装のデザインには、木材が加わることで新たな可能性がうまれます。2021年10月銀座に完成したヒューリックの12階建て木造、鉄骨造ビルは、隈研吾氏がデザイン監修したものです。
木の持つ温もりは、皆さんご存知の通りですし、木造建築の魅力をたくさんの人に知ってもらいたいですね。
プラスチックに変わる新素材も誕生
── 木造ビルが実現できるほど、木材を活用する技術は進化しているわけですね。他にはどんなふうに活用されていますか。
古賀さん:
化石資源を原料としたプラスチックの代わりとなる、新素材も開発されています。
繊維構造を活かしたまま、木材をナノレベルまでほぐした、「セルロースナノファイバー」もそのひとつです。鋼鉄の5分の1の軽さでありながら、強度は鋼鉄の5倍。
化石資源の使用削減や温室効果ガスの排出抑制などが国際的な課題になっていますが、植えて育てることのできる木材を活用した新素材は、資源を循環して利用する面で期待されています。
── セルロースナノファイバー…聞き慣れませんが、すでに市販されているものはあるのでしょうか。
古賀さん:
いろいろありますよ。
三菱鉛筆のボールペン「ユニボールシグノ307」は、セルロースナノファイバーを混ぜたインクを使っています。筆記時に粘度が適切に変化するのでスムーズな書き味です。
大王製紙の「キレキラ!トイレクリーナー 1 枚で徹底おそうじシート」はシートにセルロースナノファイバーを配合することで、ゴシゴシ拭いても破れにくくなりました。
森林で遊ぶことが、森林の価値を高める
── 既に身近な商品にもセルロースナノファイバーが使われ始めているのですね!私たち消費者は、そうした商品を選ぶことから、取り組んでもいいかもしれません。
古賀さん:
そうですね。
さらに言えば、森林でのレジャー産業など、森林空間を活用した「森林サービス産業」にも注目して欲しいと思っています。森林を身近に感じてもらえるだけでなく、山村での雇用創出(SDGs8「働きがいも経済成長も」)にもつながりますから。
そうすれば、山間部に活気が戻り、経済効果も高まります。
── レジャーが、山間部の地域活性につながるなんていいですね!
古賀さん:
福井県の池田町は、森林内のアスレチックに加え、川下り、カフェ、コテージ、自然体験を提供するなどして、自治体が非常にがんばっています。
森林セラピーですと、長野県信濃町ですね。「ノマドワークセンター」というワーケーション施設もあって、仕事をしながら心身のリラックス効果も期待できますよ。
── 家でもできることはありますか?
古賀さん:
個人的におすすめなのは「『お山ん画』(※1)を読むこと」です。
北海道在住の林野庁職員が書いた漫画で、森林や林業について楽しく学べます。やはり楽しいのが一番ですよね。
役所がコンセプトブックを作ったわけ
── これまで伺った企業の取り組みをまとめているのが「私たちと森のこれから~幸せな未来に向けた5つのアクション~」(※2)ですね。制作のきっかけは?
古賀さん:
企画課が事務局となり、「森林×SDGs」をテーマに林野庁内で勉強会を始めたのがきっかけです。
普段接点のない外食産業などの異業種もリサーチしたところ、森林や木材に関わるおもしろい取り組みが始まっていることがわかりました。企業の理念や背景を聞くうちに、それを林野庁から発信してはどうかということになったんです。
── コンセプトブック(企業などの組織がブランドイメージ確立を目的として、その理念などを発信するもの)といった発想自体が新しいと感じました。正直、役所の刊行物はかたいイメージがあるので…。
古賀さん:
コンセプトブックという形にしたのは、森林やSDGsに関心のない人たちにも広く見てもらいたいという思いからです。公式な書類ではない分、自由な誌面にすることができました。
防災や水源の保全、木材生産など森林が持つ機能は多岐に渡りますが、そうした機能と私たちの暮らしの関わりについて、企業のアクションを通して伝えることを目指しました。写真をふんだんに使い、ビジュアルも重視しました。
── メンバーは全員女性だったそうですね。
古賀さん:
そうなんです。たまたまですが、私を含めてメンバー5名全員が女性でした。みんな30〜40代で、小さな子どもがいる人もいて。
森の香りを届けるコスメや、森林セラピーによる未病改善など、女性目線で森林の魅力を伝えているところもこのコンセプトブックの魅力だと思います。
森林や木材について、関心を持つきっかけになれば嬉しいです。
PROFILE 古賀有紀さん
取材・文/鷺島鈴香 写真(ヒューリック木造ビル分)/JunShimada その他画像提供/林野庁
(※1) 「お山ん画」林野庁 http://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/kouhousitu/jouhoushi/29sp.html
(※2)「私たちと森のこれから~幸せな未来に向けた5つのアクション~」林野庁 https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/genjo_kadai/SDGs_shinrin.html