大規模な土砂災害、山の獣による農作物の被害…。山に今、何が起きているのでしょうか。
SDGs15番目の目標に掲げられている「陸の豊かさを守ろう」に、私たちはどう向き合えばいい?
猟師工房代表の原田祐介さんに、山に起きている課題と解決のための取り組みについて聞きました。
獣が増えたのは人の暮らしが変わったから
── 毎年のように大規模な土砂災害が起きたり、イノシシやシカが山から出てきて畑を荒らしたり…。今、日本の山で何が起きているのでしょうか。
原田さん:
イノシシやシカは、もともとは平地に住む生き物です。でも人が増えたことで、人に平地を奪われた。それで、しかたなく山奥で暮らしていただけなんです。
戦後まもないころまでは、獣の住む山と人が住む里の間に、バッファゾーン(緩衝地帯)がありました。山でも里に近いところは、人が薪を拾ったり炭焼きをしたり、栗を拾ったりしていて、山奥とは様子が違うんですね。
このバッファゾーンがあったことで、獣も「ここから先に出ると、人に怒られる」とわかるようになっていたわけです。
でも、灯油や電気、ガスの普及とともに、薪や炭を利用する必要がなくなり、バッファゾーンに人の手が入らなくなりました。
さらに現在は、山から都市に人が集中するようになって、バッファゾーンはもちろん、里からも人がいなくなりつつあります。耕作放棄地や空き家も増えていますね。
獣たちにとって、人の減った平地は最高の環境です。日当たりのいい平地にはおいしい草が生え、さらにはおいしい農作物が植わっている。だからバリバリ食べてしまうわけです。これが人にとっては、獣によってもたらされる被害、「獣害」となるわけです。
山の生き物が増えすぎると山は弱くなる
── 山から人が減れば、山の自然は豊かになるイメージがあります。それなのに獣たちが里に出てくるのはなぜですか。
原田さん:
人が山に入らなくなるとね、木の枝がおいしげって地面に光が入らないんですよ。獣の食料である草が生えなくなる。だから獣は里まで下りてくるようになるんです。
獣が活動する場所が増え、さらに猟師が減ったこともあり、シカやイノシシの数は急増しています。猟師が減ったのはライフスタイルの変化や高齢化が原因です。30年前に約30万頭だったシカの数は、2017年には約244万頭にまで増えました。
── 30年間で8倍に!?
原田さん:
山の中の獣が増えすぎると、山の中の草木は食べつくされます。本来山の土は、草木の根によりたくさん穴が空いたスポンジのような状態で、保水力があるんです。でも、草木がなくなることで、その力は弱まります。
けもの道ってわかりますか。シカやイノシシの往来で山の中に自然にできる細い道ですが、獣が増えるとあの道がえぐられ、もろくなる。
豪雨であちこちの山が崩れるようになったのには、山に獣が増えたことも無関係ではないんです。
因果関係は複雑ですが、山と人の付き合い方が変わってきたことが、トラブルを引き起こしています。
その対策のひとつとして、行政や地域の人が「有害」とみなした獣の数を、猟師の力を借りながら減らそうとしているんです。
── つまりは殺すということですよね…。
原田さん:
ええ。自然を開発する一方で、自然を守るために獣をたくさん殺す…。こういう人と自然の関わり方が健全だとは思えません。
なんとかしたいけれど、大人の価値観ではどうしても従来のやり方から脱却できない。だから僕は、子どもたちに「命の授業」をやっています。
まずこの状況を知ってもらって、先入観にとらわれない頭で考えてもらいたい。やがてはもっとうまく獣たちと共存できる方法を見つけていってほしいと思っています。
── まさにSDGs的な活動ですね。
原田さん:
結果的にそうですね。ただ、SDGsって、猟師工房を始めた10年前にはない言葉でした。
山に関わる活動をするなかで意識してきた「次世代の担い手の育成」と「山からいただいた命は、余すところなく使う」が、たまたまSDGsの考え方にはまった、というほうが正確です。
いただいた命を余さず活用する取り組み
── 殺された獣たちはどうなるのでしょうか。
原田さん:
今、国内では年間120万頭の獣が「有害鳥獣」として殺されています。
そのうち食用として活用されているのはわずか9%。残りの100万頭以上はゴミとして捨てられて、その一部は山の中で置き去りにされています。
するとイノシシなどは、その肉を食べに来るんです。肉は非常に栄養価が高いですから、それを食べた獣は健康な赤ちゃんを産んで、また獣が増える。負のスパイラルがここでも起きています。
── 負のスパイラルを変える、そのひとつの手段が、猟師工房の取り組みですね。
原田さん:
僕なりの課題解決策です。
「有害」とみなされ、殺されることになった獣の肉などを商品化して販売することで、命を余すことなく活用する。
猟師が獲ってきた獲物を引き受け、商品化することで、職業猟師が、食べていけるようにする。
そういう仕組みを作ろうとしているところです。
実際に、千葉県君津市で猟師工房をオープンして2年半ぐらい経ちますが、ある若者は介護職からフリーランスの猟師に転向して、今は月60万ぐらい稼げるようになりました。あと数名、猟師として独立することを目指している若者がいます。
── 猟師工房で扱っている商品には、どのようなものがありますか。
原田さん:
メインは人が食べる肉です。野生鳥獣を食べることは、ジビエと言ってヨーロッパに古くからある食文化。ジビエはフードロスの解消や食料自給率アップにも寄与する活動だと考えています。
食用にならない老齢の個体や、解体がうまくいかなくて血生臭くなった個体はペットフードにしています。それから骨は出汁用として飲食店に、皮は皮製品に加工する職人さんに引き取ってもらうなどしています。
今後は製薬会社やサプリ会社、化粧品会社などと組んで、臓器などから希少物質を取り出すところまで踏み込みたいと考えています。
ジビエを通じて山の現状を知って
── 都会に住む人が、山の自然を守るためにできることはありますか。
原田さん:
ジビエを召し上がることは、間接的に自然環境を守ることになると思います。
ジビエを提供する飲食店は増えてきましたし、もっとポピュラーになってほしいですね。
── おすすめの食べ方は?
原田さん:
イノシシは、秋から冬に向けて脂がのっています。イノシシの脂は豚とは違う独特のおいしさです。まず塩コショウで野生の風味を堪能してみてください。角煮やすき焼きにするのもいいですよ。
シカはしゃぶしゃぶが一番うまいですね。彼らは柑橘類を好んで食べるせいか、ポン酢が非常によく合います。テレビでご一緒した速水もこみちさんも「やっぱりしゃぶしゃぶが一番だよね」と太鼓判を押してくれました。
レストランでジビエ料理を食べてみて、気に入ったら肉を取り寄せてご家庭でいろいろ試してみてください。
PROFILE 原田祐介さん
取材・文/鷺島鈴香