働くママの悪戦苦闘の日々を綴る連載「へたのよこずき」でもおなじみの人気イラストレーター、横峰沙弥香さん。
2020年の秋、夫・達夫さんの大腸がんが発覚し、当たり前の日常が音を立てて崩れ去るような衝撃を経験しました。突然、降りかかった想定外の出来事は、横峰さんの人生観やライフスタイルを大きく変えたといいます。
いったいどんなふうに人生の試練に向き合い、乗り越えてきたのか。今だから話せる当時のエピソードや本音を語ってもらいました。
見舞いにも行けず悶々とする日々…夫から無言の励ましが
── 2020年秋に達夫さんの大腸がんが発覚したそうですが、当時の状況を教えていただけますか?
沙弥香さん:
普段から体調が悪くてもなかなか病院に行かない夫が、珍しく検査を受けてきたと思ったら、「大腸がんだと宣告された」って ── 。突然の出来事に衝撃を受けつつ、まずはとにかく急いで手術をしなくてはと。慌てていろいろな手配をして、すぐに入院を決めました。
病気が発覚した当初は、あまりのショックで今後のことを考える余裕なんてなくて…泣いてばかりでした。ふたりでただただ悲しみに暮れていたことを覚えています。
達夫さん:
結果的にステージは2でしたが、実際におなかを開けてみるまではどの程度進行しているかがわからないため、正直死を覚悟しました。とはいえ、今すぐ死ぬわけではないし、まだ時間はある。それまでに身の回りのことをいろいろと整理しておかなければ…ということが頭をよぎりましたね。
特に、子どもたちの将来については、真剣に考えなくてはいけないなと。もっとも夫婦でそれを話し合ったのは、僕が退院して体が多少回復してからでしたけれど。
── コロナ禍の入院では面会もままならず、不安が募りますよね。
沙弥香さん:
つらかったですね。側にいて声をかけたり世話をしてあげたいのに、何もできないというジレンマに陥りました。“私って本当に何の役にも立たないんだな”と無力感に打ちひしがれていましたね。
夫の入院中の私のメンタルはズタボロだったんですが、毎日ひっきりなしに届くぶどうやワイン、ハンバーグや点心などの家族の好物が、私たち家族を元気づけてくれていました。
── それは、お知り合いや友人からのお見舞いの品とか?
沙弥香さん:
実は、夫が家族のために、病室からネットでお取り寄せをしてくれていたんです。自分は術後で流動食しか口にできず、きっと食べ物を目にするのもつらいはずなのに…。こんなときも家族のことを最優先に考えてくれるなんて、自分にはできない、この人って本当にすごいと、胸がいっぱいになりました。
達夫さん:
妻があまりに落ち込んでいてつらそうだったから、きっと外出もできずに閉じこもっているんだろうと思ったんです。せめて美味しいものを食べて元気を出してもらいたくて。そのときの自分にできることって、それくらいしかなかったんですよ。
子どもの前で気を張りすぎ、心療内科に通ったことも
── お互いのことを心から大切に思っているのが伝わってきます。達夫さんが入院されている間、お子さんとの接し方や生活で心がけていたことはありますか?
沙弥香さん:
子どもたちには、「パパは今、病気でこういう状況だけど、みんなで頑張ろうね」と話してはいました。
長男のまめ(愛称)は、どうやらただならぬ状況らしいということは理解していたようでしたが、夫ができるだけテレビ電話で顔を見せて、不安にならないようにしてくれたこともあり、さほどメンタルに影響なく過ごせたようでした。
── それは何よりでしたね。沙弥香さんご自身はいかがでしたか?
沙弥香さん:
毎日いっぱいいっぱいで、かなり追い詰められた状態でした。子どもの前でつらい気持ちを顔に出すわけにはいかないという思いが、さらに自分を追い込んでしまったようで…。
とにかく喉がずっとカラカラで、布団に入っても目が閉じられず、眠れない。謎の体調不良に見舞われ、心療内科のお世話にもなりました。手伝いに来てくれた母にもずいぶん心配をかけてしまいました。
ところが、夫の手術が成功し、驚異的な回復をみせていると先生から聞いた途端、全身の強張りがフッと解け、まるで霧が晴れたかのように視界が開けたんです。不思議なことに不調もピタリと治まりました。あぁ、心と体って本当に密接につながっているんだなぁと…。
19歳年上の夫が「唯一何でも話せる心の拠りどころ」と実感
── 沙弥香さんにとって、それだけ達夫さんの存在は大きかったのですね。
沙弥香さん:
身をもって実感しましたね。夫がいない毎日というのがこんなにもつまらなくて、世界が色あせて見えてしまうものなんだなと。そもそも私は、自分の気持ちを気軽に人に打ち明けられるタイプじゃなくて。夫が唯一何でも話せる心の拠りどころだったんです。
19歳の年齢差があるので、いずれひとりになることも覚悟しているつもりだったし、夫婦でそんな軽口もさんざん叩いてきたのに、いざそれが現実味を帯びると、ものすごく動揺して怖くてたまらなかった。本当は、覚悟なんて全然できていなかったんですよね。
達夫さん:
夫婦でこれからのことをちゃんと話し合ったのは、僕が退院して、少しずつ回復してきた頃だったと思います。まずは子どもの将来のことを話し合ったよね?
沙弥香さん:
そうそう。ちょうどまめ(長男)の小学校受験を控えていた時期だったからね。
夫婦そろって面接に行かなくてはいけない学校は間に合わずに諦めたけれど、たまたま狙っていた学校の二次募集があって、ダメ元で受けたら合格したんです。
これで、たとえこの先自分たちに何かあっても、とりあえず進学はできる。もちろん、子どもの意志で違う道を選ぶ選択もできるけれど、それは子どもたち次第。親として、現時点でしてあげられることはできた、という安心感でホッとしたことを覚えています。
PROFILE 横峰 沙弥香さん
長崎県出身、1984年生まれのイラストレーター。2015年、長男誕生を機にわが子と過ごす日常を絵日記にしてSNSに投稿し、話題に。 現在は夫・達夫さんと長男、2017年生まれの長女と4人で賑やかに暮らす。著書に『まめ日記』(かんき出版)、『まめ日和』(光文社)、『ちんちんぼうずのだいぼうけん』(KADOKAWA)など。
取材・文/西尾英子 イラスト/横峰沙弥香