現在日本では、夫婦の5.5組に1組が何らかの不妊治療を受けたことがあるといいます。

 

不妊治療はステップアップするにつれ高額な費用がかかるため、多くの夫婦が会社勤めをしながら治療に取り組んでいます。

 

しかしそのうち9割近くが「仕事と治療の両立が難しい」と感じ、4人に1人の女性は最終的に退職や正社員からパートなどへの転換を選んだという結果も。

この「不妊退職」をなんとか回避できないかが社会的な課題となっています。

 

2020年4月からは不妊治療への保険適用と助成金も予定されていますが、それによって不妊退職は減るのでしょうか?

「不妊退職」の実情と課題

「5.5組に1組」と聞いて、そんなに多いの?と意外に思う人もいるかもしれませんが、プライベートな内容のため、必要がない限り職場で公にしない人も多いでしょう。

 

しかし不妊治療は次のような特性から、夫婦、とくに女性にとっては大きな負担がかかります。

経済的負担

医療機関や通院回数により幅がありますが、1段階目の「タイミング法」は月に1万円以下が多いものの、次の段階である「人工授精」は3~5万円、次の「体外受精」や「顕微授精」では数十万円から100万円かかることも珍しくありません。

 

治療内容がステップアップするほど医療機関も限られてきて遠方への交通費もかさみます。

身体的負担

痛みを伴う治療や検査に加え、注射、ホルモン治療の副作用で吐き気やめまいが続く人もいます。

 

通院で遅れた仕事を持ち帰り深夜まで作業すれば睡眠不足も招いてしまいます。

時間的負担

月の通院回数が増えるほど、通院時間や待ち時間の負担も大きくなり、本来その時間でできていた休息や趣味・交流などの時間が不妊治療に費やされます。

精神的負担

「治療をしたのに今月も妊娠しなかった」「このまま妊娠できないのか」といった妊娠への不安に加え、急に決まる通院日で仕事の遅れや周囲にフォローを頼まなければならないことなど、複数のストレスを抱えて治療を続ける人も少なくありません。

 

「会社をやめてストレスがなくなったら早期に妊娠できた」という体験談を見て心が揺れる人も多いことでしょう。

 

体外受精などの高度不妊治療を受ける女性の約半数が、治療開始初期にすでに軽度以上の抑うつ症状があったという研究結果も報告されています。

法改正で不妊退職は減る?

2022年4月には、タイミング法以外は自費診療(100%本人負担)だった不妊治療に公的医療保険が適用され、3割負担になります。

 

また「不妊に悩む方への特定治療支援事業」として、基本的には1回30万円、6回までの助成金が受け取れるようになります(※諸条件あり)。

 

これは明るいニュースですが、この制度で改善するのはおもに「経済的負担」だけであり、たとえば仕事をたびたび急に抜けなければいけない…といった点は今までと変わりません。

 

もし今の仕事内容やキャリアに魅力がなく、治療費を捻出するためだけに働き続けていた人であれば、退職し、保険適用や助成金を利用してゆったりとした気持ちで治療を進めたいと考えるのも自然ではないでしょうか。

 

会社で働きながら不妊治療をする人の中には、上司から「周囲に迷惑がかかっている。治療を続けるなら退職してほしい」と迫られたケースもあります。

 

2020年6月に施行された一連の改正ハラスメント関連法には「不妊治療に対する否定的な言動はハラスメントにあたり、解消しなければならない」と明記されていますが、上記のような例をみるとなかなか周知されていないようです。

 

つまり、不妊治療にまつわる負担やストレスを総合的に取り除いていかなければ、不妊退職は減るどころか増えていく可能性もあるのです。

ストレスを減らす取り組みも

スキルとやる気のある女性社員が、不妊治療との両立ができないことを理由に退職してしまうのは、本人だけでなく企業や社会にとっても大きな損失となります。

 

厚生労働省の調査によれば、その損失は社会全体で2000億以上にもなるとか。

 

治療の性質上、通院日が直前まで分からないため、急に仕事を休むことが働き続ける上で障壁の1つとなっています。

 

そこで最近では、出生支援休暇制度を新設したり、従来の育児休業の範囲を不妊治療にも拡大する会社も増えてきたといいます。

 

とはいえ、まだその割合は全体の6%というデータも。

 

外部の対応で治療中の女性の身体的な負担を減らすことは難しいですが、こういった制度が広まり、時間的・精神的なストレスが減ることで、もっと安心して働きながら治療を続けられるようになるのではないでしょうか。

おわりに

会社に勤めながら不妊治療に向き合う夫婦の職場には、さまざまな立場の人もまた働いています。

 

不妊治療に取り組む本人の金銭的・肉体的・精神的な負担は莫大ですが、その一方で、結婚の機会に恵まれない人、過去に妊娠や不妊治療を断念した人、子供を欲しいと思っていない人などにとっては、制度や理解が進むことで、誰もが子供を持つべきという方向性がプレッシャーになる可能性もあります。

 

不妊治療や妊娠のとらえかたについてはこれが正解!という形はないですが、誰にでもその人なりの立場や価値観があることを認め合い、その上で愛情を持ってより良い方法を探っていくしかないのかもしれません。

文/高谷みえこ

参考/厚生労働省/野村総合研究所「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 不妊治療の実態に関する調査研究最終報告書」 https://www.mhlw.go.jp/content/000766912.pdf

厚生労働省「パンフレット 職場におけるパワーハラスメント対策が 事業主の義務になりました!」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf

NPO 法人 Fine(ファイン)「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート Part2 結果速報 」 https://j-fine.jp/prs/prs/fineprs_ryoritsu1709.pdf

国立成育医療研究センター「体外受精などの高度不妊治療を受ける女性の約半数が 治療開始初期の段階で、すでに軽度以上の抑うつ症状あり」 https://www.ncchd.go.jp/press/2021/210415.html