東京五輪のテレビ解説も好評だった元柔道57キロ級の松本薫さん(34)。現在は、2児の母でアイスクリームの開発、販売に携わっていますが、あの“ワイルド”な気性はまだまだ健在のようです…。
ほかの選手を応援したのは初めて
「東京五輪では、初めて自分がほかの選手を応援する立場になったなと思いました。
これまでは、選手として他人を応援していてはダメだという意識がありました。
でも立場が変わり、自分が現役のときもこんなに応援されていたのかと思いました」
松本さんといえば、ロンドン五輪で金、リオデジャネイロでも銅を獲得し、その気迫ある柔道から“野獣”とも呼ばれていました。
その後、結婚して’17年に長女を出産。引退後は、JR高田馬場駅近くの東京富士大学の構内にある、アイスクリーム店「ダシーズ ギルトフリーアイスクリームラボ」に勤務。’19年には長男が誕生しています。
現役引退の記者会見では、「柔道のことは好きでも嫌いでもないと気づいた」と率直に語りましたが東京五輪で、さらなる心境の変化が。
自分にとっての柔道とは…
「今回、解説者として柔道と接して、私にとっての柔道がまた新しいものに変わった気がします。
五輪にも2回出て引退するときに、自分にとり柔道とは愛ではなく目標や教育だったのだと思いましたが、今回また違うものなりました。
それが何かは言い表しにくいですが、これからもずっと探し続けることになると思います」
再オープンに備えて“極秘”に
アイスクリームの開発、販売を手がけるようになって2年以上が経ちましたが…。
「コロナ禍になってからは閉店中で、通販事業に切り替わりましたが、実は再オープンに備えて、開発や準備をしているところです。
詳細はまだ言えませんが、食べても楽しい、見ても楽しいものになるはずです!」
目を輝かせながらそう話す松本さんが、アイスクリーム作りを目指すきっかけは幼いころからあったそうです。
「小学校の卒業文集の将来の夢の欄に、ケーキ屋さんかアイスクリーム屋さんになりたいと書いたこともあります。
先生に柔道にしなさいと突き返されましたが(笑)。その後、本格的に柔道を取り組むことになると、体重別なので試合前は減量をすることになります」
減量中はアイスクリームを欲する
「過酷な減量は唾液も絞り出すので、水分が抜けて体がほてり、アイスクリームが食べたくなるんですよね。
私は隠れて食べていましたが、こういうときにも食べられるアイスがあればいいなとは思っていました。
ロンドン五輪後に“パフェを食べたい”と発言したら、1日に5食パフェが出てきたこともありました。
でも、さすがに体調に変化があり、体に優しいアイスがないものかという意識もありましたね」
野獣のように仕事をしてしまい…
そこで松本さんは、所属先のベネシードの関連会社が運営する「ダシーズ」で、健康志向の人やアレルギーを持つ人でも、安心して食べられるアイスクリーム作り目指すことになりました。
乳製品、白砂糖、トランス脂肪酸、人工甘味料・保存料は不使用でグルテンフリーなのに、おいしさも追及する仕事は、柔道の世界とはギャップがありそうな…。
「最初は“野獣”のように仕事を進めてしまい、週の後半はばてることがありましたね(笑)。
柔道時代は1日に3時間くらい集中して練習をすればよかったですが、会社員の勤務時間はもっと長いのでもちませんよね。
結果がすぐに明白に出ない違いもあります。柔道の勝ち負けは明快ですが、ビジネスの結果はすぐには出ないこともあります。
テレビやSNSで話題になると売り上げにつながるので、宣伝や広告も大切だなと思います。柔道時代は、そんなこと考えたこともありませんでした」
“甘くない世界”にも、柔道との共通点はあるそうです。
「目標や改善点の期限を決めて逆算して、いつまでに何をするべきかという時間の組み立て方は柔道の練習と一緒ですね。
味に妥協しないことは、柔道の負けず嫌いが生きています。
味へのこだわりを怠れば、お客さまに見破られると思うので、試行錯誤しなくてはいけません」
今後は、「アイスクリーム五輪の金メダルを目指したい!」と語る松本さん。
「ダシーズのアイスクリームを世界的なブランドにしてみたいです。
健康志向で、食べても罪悪感がないアイスと言えばダシーズと言われるようになりたいですね」
夫やご近所さんを頼る
柔道のメダルの次は、そんな目標を掲げる松本さんは現在、ふたりのお子さんを育てていますが、競技や仕事との両立についても聞いてみました。
「“今日はもうママ疲れた!”と、子どもたちにYouTubeを見せっぱなしにしてしまうこともあります(笑)。
だから、胸を張ってきちんとした育児をしているとは言えないかもしれません。
ただ、最近は夫やご近所さんにも頼るようにして、精神的にはラクになりました」
現役中の育児で“爆発”
「ひとり目を産んだときは、育児はすべて母親がやらなくてはいけないという考えがあり、頑張りすぎてしまいました。
当時、柔道もまだ現役だったので、いっぱいいっぱいになり“爆発”したこともありましたね。
爆発と言っても私の場合は、すごく低い声で問いかけるように言うんです(笑)。
“自分がやっていることをよく考えてください。それでは行ってきます”と、夫に言い残し合宿に出かけました。
それからは夫も積極的に育児をしてくれるようになり、今では二人三脚で、周囲の人たちの助けも借りるようになりました」
野獣とママは両立しにくい
日本ではまだ珍しがられる“ママさんアスリート”につては、こう考えているそう。
「ママになっても競技を続けるアスリートは海外では当たり前ですが、日本ではまだ支援体制が整っていないと感じました。
日本の柔道界では“ママでも金”の谷亮子さんだけではないでしょうか。
私の場合は試合前、いわゆる“野獣”を作り上げなければいけません。
通常の試合であれば1か月、世界選手権であれば3か月、五輪であれば6か月前からの準備が必要です。
その期間中に、子どもが熱を出したから迎えに行かなくてはということが続くと、大変な部分はありました。
家に帰れば“ママの顔”をしているつもりでしたが、柔道も育児も中途半端になりそうだったのが、現役を引退した理由のひとつです」
育児のときも野獣に
そんな育児のときにも、思わず“ワイルド”になってしまうことがあるそうです。
「子どもたちと公園に遊びに行ったときに、私も野獣になって一緒に全力で遊んでしまうことがあります。
親という字の通り、木に立って見る親を目指しているので、控えなければと思っています。
おうち柔道もやっていますが、2人とも私に似て、運動神経はいいですが天才肌ではないですね。
でも、長女は投げても絶対に背中を付けようとしない負けず嫌いなところはすでに備わっていますよ。
教育としての柔道は教えようと思いますが、競技としての柔道をするかどうかは本人たちの意思を尊重したいと思います」
今後、「アイスクリーム界でも金」、「松本さんのお子さんも金」となったらすごいことですね。
PROFILE 松本薫さん
まつもと・かおり。1987年石川県生まれ。オリンピック柔道女子57キロ級でロンドンでは金、リオデジャネイロでは銅メダルを獲得。その後、アイスクリーム店「ダシーズ」で開発や販売などを手掛ける。2児の母
撮影/CHANTO WEB