慶應義塾大学大学院の特任准教授で、健康医学科学者/博士(医学)の本田由佳さんは「形だけの消毒では十分な効果が得られません」と指摘します。
「スーパーで観察したしたところ、95%の方は正しい方法で消毒が出来ていませんでした。こうした日常の対策を見直すだけでも感染者の抑制が見込めると思います」
こまめな消毒、マスク、換気、ソーシャルディスタンス── 日々のルーティンの中で「形だけ」になっている対策が、もしかするとたくさんあるのかもしれません。
厚生労働省が新型コロナウイルスの流行「第5波」の8~9月に感染した18歳以下の子どもの75%が自宅で感染していたとする分析結果をまとめたばかりですが※1、子どもを守るためには、まずは親の対策徹底が必要です。
今回はその「正しい徹底」のあり方に迫ります。子どもたちのために、親が見直すべき3つの対策とは──?
子どものために”今日から”親ができること
── 今回は「子どもを守るために親ができること」というテーマで取材をお願いしました。19都道府県で緊急事態宣言が発令中の今、子どもたちが置かれている状況についてどのようにお考えですか?
本田先生:
厚生労働省が子どもたちの感染経路の約75%が家庭内感染であるという分析結果をまとめましたが※1、学校が再開した今も本流は変わっておらず、大人→子どもへの感染が多いというのが現状です。
周囲にいる大人が正しい知識を持って、こまめな感染対策を取れば防げる感染がたくさんあるなかで、大人の感染者増の影響を受けて、学級閉鎖や休校、行事の中止や延期等を迫られ、我慢が続いている子どもたちは本当にかわいそうだな…という思いがあります。
── 幼い子どもを持つ保護者世代の感染対策に対するリテラシーについては、どうお考えですか?
本田先生:
子どもたちは幼稚園や学校、または所属する教育機関で感染対策について教育を受ける機会がありますが、実は20代〜40代の保護者世代の多くは、基礎的な知識をきちんと教育してもらう「場」がないんです。
日々、スマートフォンに流れてくる情報を追いかけて「なんとなく知っている、なんとなくやっている」つもりだけれど、質の高い情報に触れ、正しい知識を持って行動し続けている方は実は少ないんじゃないでしょうか。
今、東京や大阪では30代、40代の重症化や死亡例も報告されるようになり、各都道府県が予防接種の迅速化に努めています。30代、40代といえば、幼い子どもを持つ方も多い世代ですから、私としてはこれ以上「コロナ孤児」を増やしてはならない、という思いもあります。
ご自身が感染しないために、そして大人から子どもへ感染させないために、正しい健康知識・情報を持って、闘っていただきたい。日常の中で、少し心がけるだけで、予防効果が上がるものがいくつかありますので、ぜひ実践していただきたいです。
【1】スーパー、飲食店…手指の消毒は「ラビング法」で!
── 日常生活の中で、本田先生が特に気になる対策の不備はありますか?
本田先生:
そうですね…まずは手指の消毒ではないでしょうか。医療従事者の間では常識として行われている「ラビング法」というやり方があります。去年からYouTubeなどでも解説動画がたくさんあがっていますが、日常で実践されている方はほとんどいないという印象です。
── ラビング法知りませんでした。スーパーでの消毒もササッと済ませることが多くて…。
本田先生:
大多数の方がそうだと思います。以前スーパーで正しいやり方で手指を消毒できている方がどれくらいいるか観察したところ、ラビング法を実践されていたのは100人中5人だけで、95人の方は正しい消毒が出来ていませんでした。ささっと、手のひらだけ2〜3秒つけて消毒液が乾かない状態で買い物かごを握ってしまう、、。これでは十分な消毒効果が得られません。
【ラビング法による手指の消毒】
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【1】消毒液の必要量は約3ml。ポンプ式ならしっかり下まで下げてたっぷり使う
【2】まず最初に手のひらに貯めて、両手の「指先」にしっかり消毒液をすりこむ
【3】「指と指の間」にすりこむ(親指も忘れずに!)
【4】「手のひら」にすり込む(母指球と小指球はウイルスが残りやすいので注意!)
【5】手の甲にすり込む
【6】最後にあまった消毒液を手首のシワにすり込んで
【7】乾くまで、すり込みを続けて待ちましょう!
本田先生:
手順さえ覚えれば難しいものではありません。①〜⑦にかかる時間は約15秒。「乾くまですり込む」というのが大切なポイントです。また手のぷっくりしたところ(母指球と小指球)は医療者でも塗り忘れが多くウイルスが残りやすいところなので、意識してすり込んでください。大人が実践すれば、子どもたちもそれを真似て正しい消毒法を覚えてくれるはずです!
アルコールアレルギーがある方は、適切な対策方法について、かかりつけ医に相談の上、実施してください。
【2】外出時に「顔を触らない」は実は有効な対策
── その他に日常の中で誰もが気軽にできる対策はありますか?
本田先生:
人が無意識に顔を触る回数が1時間にだいたい何回かご存知でしょうか?
── うーん…、5回くらいでしょうか?
本田先生:
実は人は1時間に平均約23回(範囲4回〜153回)顔触ると言われています※2。なかでも口に触る回数が最も多いということがわかっています。
コロナウイルスは皮膚から感染しません。ウイルスは「目・鼻・口」の粘膜から体内に侵入しますから、不用意に顔を触らない、マスクを着用するというのが実はとても有効な感染対策なんです。
私自身は、外出時には絶対に顔を触らないように意識しています。そして、首から上を触る必要があるときは、必ず手指を消毒してから、という自分なりのルールを徹底しています。
── 無意識にやってしまうことを「意識する」だけで有効な対策になるんですね。自分の顔だけでなく、子どもを触るときにも同じことが言えますか?
本田先生:
はい、その通りです。お子さんの首から上を触る際は、たとえお家の中でも手指を消毒することをおすすめしています。
お子さんの髪を結ってあげるとき、口を拭いてあげるとき、頭を撫でるとき。幼いお子さんを育てている保護者のみなさんは、お子さんのお顔に触れる機会がたくさんありますよね。その度に、手指の消毒をするのは面倒に感じるかもしれませんが、特に外出先では親が「不用意に触らない」「首から上を触るときは手指消毒する」と少し意識するだけで、有効な対策になります。
── 本田先生は普段から消毒液を持ち歩いていますか?
本田先生:
はい、携帯用の消毒液を必ず持ち歩いています。切符を買う、自販機で飲み物を買う、電車の手すりに触る、エスカレーターの手すりに触るなどしたときは「あ、今ウィルスが手に付着した可能性があるな」と考えて、触ったあと、必ず消毒するようにしています。
【3】デルタ株と闘うために「不織布マスク」徹底を!
── 「すぐにできる」対策という観点で、その他にできることはありますか?
本田先生:
デルタ株はエアロゾル感染(空気中に漂う微細な粒子によって感染すること)が確認されていて、布マスクや、ウレタンマスクでは十分な予防効果が得られないことがわかっています。デルタ株と闘うためには不織布マスク。
装着する際には、出来るだけ隙間を作らないように気をつける。鼻に接触する部分を三角に折ってから装着することも大切です。おしゃれな布・ウレタンマスクをつけたい場合は、不織布マスクをつけた上から、つけましょう。この点は今一度、みなさんに徹底していただきたいと思います。
東京都心の電車内では、約9割の方が不織布マスクをされている印象です。私が電車を利用する場合は、いくつかの車両を見て、布マスク、ウレタンマスクをされている方がいる車両をできるだけ避けるようにしています。
── 周囲の着用状況にも気を配っているんですね。
本田先生:
特に換気の悪い場所では意識しています。ウレタンマスクの吐き出し飛沫の遮断率は50%ほどしかないことがわかっているので※3、自分が不織布マスクを着用していても気をつけるようにしています。
── 今回は外出時に誰もができる対策3つを伺いましたが、その他に自宅でも実践されていることがあれば教えてください。
本田先生:
そうですね、玄関とリビングのテーブルなど、目につくところや、各部屋の入り口に消毒液を置いていて、小まめな消毒を心がけています。
また、米国CDC(疾病対策予防センター)は、感染者が15分以上換気の悪い閉鎖空間などに滞在した場合には、感染者と約2m以上離れた場所にいたとしても感染リスクがあると報告しています。1時間に2回以上(1回5分程度、2か所以上の窓を開ける)の換気も欠かさないことの1つです。デルタ株のエアロゾル感染の予防には、換気が1番有効な手段と言われていますので、自宅でもこまめな換気を心がけるようにしてください。
大学生の息子は、今月中旬、2回目の予防接種が終わりました。しかしながら、ワクチンの有効性については、いずれのワクチンも、ワクチン2回接種から2週間後以降で90%以上の発症予防効果が認められていることから※4、自宅でも近くで会話をする際にはマスクをつけるようにしています。
そして、家族で食事をするときには向かい合わないように。お布団をひく際は、保育園で実践されているように、1人は東向きなら、1人は西向きと、頭と頭が向き合って呼吸が近くならないように対策しています。
家庭内感染を防ぐ方法はたくさんあるので、窮屈に感じないものからぜひ実践し、習慣化てみてください。
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※1 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード「3~18歳の新型コロナウイルスの感染場所」(2021年9月16日)
※2 Yen Lee Angela Kwok, Jan Gralton, Mary-Louise McLaws. Face touching: A frequent habit that has implications for hand hygiene. Am J Infect Control.2015 Feb 1; 43(2):112-114
※3 国立大学法人豊橋技術科学大学 令和2(2020)年度第3回定例記者会見資料
※4 厚生労働省:新型コロナワクチンQ&A
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先日、小学2年生の息子と3歳の娘に「ラビング法」の消毒を実践して見せてみました。「面倒くさがるかな?」と思っていましたが、子どもたちはすぐに面白がって真似を始め、今では3歳の娘も「消毒液は下までワンプッシュ!最後は手首!」などと言いながら、楽しそうに消毒をしています。
「漠然とした我慢」ではなく、「科学的根拠に基づいた正しい対策」を親としてできることがまだたくさんあるのかもしれません。
PROFILE 本田由佳さん
取材・文/谷岡碧 イラスト/石川さえ子 取材協力/慶應義塾大学SFC研究所 健康情報コンソーシアム みんながヒーロープロジェクト