小学生マスク
「いってきまーす!」朝元気に登校する子どもをを見送りつつ、「今、普通に登校させて本当に大丈夫だろうか…」と一抹の不安がよぎる──。2学期が始まり、そんな思いで過ごしている保護者が増えているのではないでしょうか。小学2年生の息子と3歳の娘がいる私も、そのひとりです。

この夏には新型コロナウイルスに感染する子どもが、世界各国で急増しているとも報じられました。


「子ども同士の感染は増えている?」「

学校に行かせて大丈夫?」「今、親にできることはありますか?」。今回は東京小児科医会理事で、慶應義塾大学SFC研究所 健康情報コンソーシアムの感染予防プロジェクトの医学監修も務める時田章史医師に、親としての不安、疑問をぶつけてみました。

 

時田医師から返ってきたのは意外な言葉。「お母さん同士の井戸端会議、続けてませんか?」

子どもの感染者が増加傾向だった8月、9月は?

── 時田医師はコロナ感染が疑われる子どもたちの診察を続けておられますが、まずは先月(8月)の感染傾向について教えてください。

 

時田医師:

8月半ばまでは強い危機感を持っていました。と言うのも、8月の半ばまで子どもの感染者が増えただけでなく、ウイルス量の多い子どもが目に見えて増えていたからです。

私のクリニック(「クリニックばんびぃに」 東京・港区)では抗原検査の簡易キットと並行してPCR検査も行い、子どもたちのウイルス量の解析を行ってきました。ウイルス量が多いと感染力が強くなり、他者に感染させやすくなります。

 

今年1月から8月までに濃厚接触や周囲の状況からコロナが疑われるお子さん113人の検査をして、新型コロナウイルスが陽性になったお子さんは26名、ウィルス量が多いと推定される患者は20人でしたが、そのうち14人が7月下旬から8月に集中していたんです。

 

8月に入り、一気に感染した子どものウィルス量が増加傾向になった。と言うことは、これまでは少なかった子ども同士の感染や、子どもから大人への感染が増える可能性もあり、小児科医の間では2学期開始前に緊張感を持っている方が多かったと思います。

 

── 8月半ば以降、状況に変化があったのでしょうか?

 

時田医師:

はい。8月20日以降は、検査で陽性となった子は2人。幸いなことに、9月に入ってからはゼロです。周囲の小児科医とも連絡を取り合っていますが、同様の傾向です。

 

── 状況が改善した要因についてはどのようにお考えですか?

 

時田医師:

個々の感染対策への意識が上がったことによる感染者の減少が要因と考えています。

 

感染の急増に伴い、入院できず自宅療養を余儀なくされる状況や、自宅で亡くなる例の報道が続きました。また8月19日にはコロナに感染した妊婦さんが入院できず、新生児が亡くなるという痛ましい事件が報道されましたが、そうした報道を境に女性や若い方々の危機意識が高まった。結果、子どもたちの感染も減少傾向にあるのだと思います。

 

また、港区の小学校では分散登校をしたり、希望者にはオンラインで授業を実施するなど対策をとっていて、学校自体が密にならない工夫をしています。現時点ではこうした対策が功を奏していると言えると思います。

 

── 夏休み前に懸念されていたような事態には至らなかったのですね。

 

時田医師:

幸いなことに、東京都内においては、現時点で、そう言えると思います。

 

ただ、ここで感染対策を緩めないことが肝心です。

 

デルタ株の感染が拡大し、子どものウィルス量が増えているという傾向に変わりはありません。無症状であってもウィルス量の多い子もいます。

 

── 感染対策を緩めると子ども同士の感染が増えたり、クラスターにつながることもありますか?

 

時田医師:

熊本県の保育園で、今月5日までに80人近い感染者が確認される大規模なクラスターが発生しました。これまでは小学校や保育施設でクラスターが発生しても最大で40人程度でしたが、それを大きく上回る数値です。

 

熊本の保育園では保育士がマスクをしない方針をとっていたことがわかっていますが、デルタ株は、基本的な感染対策を怠ると大規模なクラスターにつながる危険性がある、ということはしっかり認識しておく必要があると思います。

 

保育園で手洗い
一方で、8月の港区内の保育施設の感染者は、1つの施設内で1人に留まっています。感染対策を徹底していれば、「横並びに広がっていく」ということをある程度防ぐことができます。

子どもの感染 学校内での感染は4% 約80%を占めるのは ──

── 私もその1人ですが不安を抱えながら登園、登校させている保護者が多いと思います。予防接種ができない12歳以下の子どもを守るために、今、親にできることはなんでしょうか?

 

時田医師:

まずは、ご自身の感染予防を徹底することです。

 

文部科学省が7月に発表した資料によると、子どもたちの学校内感染はわずか4%に留まっています。約80%を占める感染経路をご存知でしょうか?

 

── 家族…でしょうか?

 

時田医師:

その通りです。小学校の子どもたちの場合、家庭内感染が78%を占めています。

子どもの感染経路
文部科学省「児童生徒の感染状況」参考資料より

私のクリニックでは感染した子どもたちの約8割が父親からの感染でした。厚生労働省が発表した子どもの感染傾向をまとめた研究データを見ても、家庭内感染のうち、半数は父親から、次いで母親から感染しています。

家庭内感染内訳

つまり「子どもを守りたい」と考えるご両親がすべきことは、まずはご自身が感染しないように対策をとるということです。

 

── 自分が子どもの感染源になってしまうことをいちばんに心配すべきなんですね…。

 

時田医師:

はい。従来型のウイルスがデルタ株に置き換わった今も、家庭内感染が主流という「本流」が変わっていないことを、保護者の方々にはぜひ知っていただきたいです。

 

── 学校内感染が4%に留まっている理由についてはどのようにお考えですか?

 

時田医師:

学校や保育施設の大半は国のガイドラインに沿って、3密を避ける対策がしっかりととられています。

 

私が園医をしている保育園では、先日健診に伺った際に、心の中で「手洗いの歌」を歌いながらの手洗い、おもちゃの消毒、黙食、昼寝をする際には隣の子と頭と足を交互にして距離を保つ、など徹底した対策をとっていました。

 

純粋無垢な子どもたちは保育者に言われたことを、しっかりとこなしています。子どもたちは正しい感染対策を学ぶ機会が与えられている、とも言えます。

 

一方で、保護者の皆さんはどうでしょうか?ついお母さん同士の井戸端会議に花を咲かせていませんか?お買い物の際のアルコール消毒が形だけになっていませんか?不織布マスクの徹底をしていますか?いちばんの感染源となっているお父さんの感染対策は緩んでいないでしょうか?

 

学校内でクラスターが発生し、調査をしたところ、ママ友のランチ会が原因だった、という例もありました。

 

保護者の方々には、まずはそういった基本的なところから見直しをしてほしいと思います。そして1番の対策である予防接種を済ませることがもちろん大切です。

子どもたちだけが負担を負うことがない社会に

── 子どもの感染対策は、大人の対策の徹底から始まる、、ということですね。

 

時田医師:

そうですね。まずは周囲の大人が徹底すること。

 

例えばマスクに関しても、子どものマスクのズレはある程度仕方ないところがあります。まずは大人がしっかりとマスクを着用し、そのうえで、室内で会話する際は距離をとる、といった基本的な対策を怠っていないか見直してほしいと思います。ウレタンマスクや布マスクは感染対策としては不十分ですので、必ず不織布マスクを選んでください。

そして、日本小児科医会でもアナウンスしていますが、2歳未満の子どものマスク着用は不要です。呼吸がしにくかったり、顔色が見えないために体調の異変に気づけなかったり、かえって不潔になったりすることもあります。



── 学校内での感染についても必要以上に恐れることはないということがよくわかりました。

 

時田医師:

文部科学省も学校内の感染が多くない現状を受けて、8月27日に学級閉鎖の基準を「複数(2名以上)の感染が疑われる場合」とする指針を示しました。今後も子どもたちの学びを止めない工夫が必要だと思います。

 

そして、家庭内感染に次いで感染が多いのは、学校の授業の現場ではなく、密や換気の悪い環境になりがちな「学童」「学習塾」「クラブ活動」の3つです。この3点についてはすでに報道もされていますが、保護者の方々にも理解していただきたいと思います。

小学校で検温


──
秋に予定されていた多くの学校行事が延期や中止になっていますが、どのようにお考えですか?

 

時田医師:

通常の学校においては、バランスをとりながら日常生活に戻っていくべきだと考えています。このままでは多くの小学生が当たり前の運動会を知らないまま、中高生が文化祭を経験しないまま大人になってしまいます。

 

子どもたちだけが我慢したり、負担を負う社会であってほしくない。

 

今後も、一斉休校に追い込まれるほど感染が拡大する地域が出た場合には、学校のみを休校にするのではなく、その地域も都市としてロックダウンし、まずは大人の感染者を減らすよう対策を取ることが必要だと私は思っています。

 

── 最後に、子どもたちを見守る保護者の方に伝えたいことはありますか?

 

時田医師:

保護者の皆さんには、感染が流行し始めた頃のイタリアやニューヨークの状況をぜひ思い返してほしいと思います。当時、世界中の悲惨なニュースを見ながら、このウイルスを恐れて、帰宅すればすぐにシャワーを浴びるといった強い対策をとられていた方も多いと思います。

 

当時を思い返し、1人1人が徹底した対策を取らなければ、また必ず第6波がきて、子どもの感染者も増加します。ごくわずかではありますが、子どもの重症化例や、重い後遺症が残る例も報告されていますから、感染者の分母を増やさない努力を続けなくてはいけません。「まずは大人の感染対策徹底を!」。これが、子どもの命を守る小児科医である私の願いです。

 

スーパーでの形だけの消毒、井戸端会議…自分自身どれも思い当たることばかりでした。国内の子どもたちの感染動向を冷静に見守りつつ、まずは自分の足元から対策を見つめ直すこと。保護者1人1人の心がけが「子どもたちの学びの場を守ることにつながる」ということを忘れないようにしたいと思います。

 

時田章史医師
PROFILE 時田章史

順天堂大学医学部卒 小児科専門医・指導医 港区白金台で小児科クリニックと病児保育室を運営 。 順天堂大学医学部非常勤講師、近畿大学免疫学非常勤講師、東京小児科医会理事、港区医師会理事。産後ママSOSプロジェクト応援団メンバー

取材協力/慶應義塾大学SFC研究所 健康情報コンソーシアム 産後ママSOSプロジェクト

取材・文/谷岡碧