「親の介護なんてまだまだ先」「一部の人がやっていることだし、うちの親は大丈夫」
そう思っている人がいたら、少し考え方を改めた方がいいかもしれません。
なぜなら誰にでも「親」はいて、いつか必ず別れる日が来るからです。しかも親との別れは、事故などによる突然のものではなく、何らかの病気によるものであることがほとんど。親が弱ってくれば、私たちは必ず「親の介護」と向き合わなければなりません。
30代、40代のうちから知っておいた方がいい介護の基礎知識について、介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんに聞きました。
「必要なサービスを受けられるように」体制を整えることも介護
親の介護は、圧倒的に「親の入院」から始まります。
たとえば親に病気が見つかり、手術のために入院することになったとします。命に関わることは待ったなしですから、大抵の場合は慌ただしく入院します。
退院後、今まで通り元気になればいいのですが、高齢の親の場合は後遺症が出たり、心身がすぐれなかったりして、入院前のように生活できなくなることはよくあります。
そうすると、子どもは親の退院時に病院から介護申請を勧められるなどして、介護体制を整えることに。
このように介護は急に始まるケースがほとんどです。
介護というと、「車椅子を押す」「トイレの介助をする」「認知症の親の身の周りの世話をする」といった「身体介助」をイメージする人が多いかもしれません。
でも、介護の意味はもっと広く、「必要なサービスを受けられるように体制を整えること(介護のマネジメント)」ことも含まれています。
退院後に筋肉が衰え、歩行に杖が必要になるなど、入院前と同じ生活ができないのであれば、介護の必要が出てきます。
親の介護は急にやってくる、さらに想像以上に早い段階から始まることを知っておくと、いざというとき慌てずに済みます。
介護費用はどうやって捻出するか
親が入院し、退院後に介護が必要になりそう…もしかしたらこのまま入院が続くかもしれない…となったとき、子どもが知っておかなければならないことがあります。
それは親の経済力です。具体的には親の年金額や貯蓄額がどのくらいあるかです。
親の入院や介護費用には、基本的に親のお金をあてるのが筋です。人生100年の時代に、子どもが親の介護費まで負担する余裕はないからです。
親が入院したら待ったなしでお金がかかります。親の配偶者が元気なうちはいいですが、そうでなければ子どもがお金の用意や手続きを行うことになります。健康保険証はどこにあるのか、民間の医療保険には入っているのか、親のお金から支払う場合はどのお金を使うのか etc…。
しかし、それらの情報を「知らない」という子どもがとても多いのです。
もしも子どもが親の経済状況を把握していないまま、親が手術をして意識が混濁した状況になれば、「お金はどこから出せばいいの?」「キャッシュカードはどこにあるの?」などということも聞けなくなります。
なんとか親の通帳や印鑑、キャッシュカードを探し出したとしても、暗証番号がわからない、銀行に行っても、「委任状がなければおろせません」と言われて途方に暮れ、自分が立て替えるしかなかった、という話もよくあります。
親の懐事情の上手な聞き出し方
親の懐事情を知らない子どもが多いのは、「親子といえどもお金の話はタブー」という意識が働くからでしょう。
けれど、仕事にも家庭にも予算があるように、介護にも予算があります。介護はいつまで続くかわからないもの。予算を知らずに介護サービスをお願いしていては、いつか破綻してしまうかもしれません。
そうならないために、以下のことを確認しておくようにしましょう。
親に確認しておくべき5つのこと
- 1.預貯金の金額と預け先
- 2.月々の年金額
- 3.民間医療保険、生命保険の加入の有無と内容
- 4.不動産の有無
- 5.ローン、負債の有無と金額
日頃からコミュニケーションがとれている親子の場合はいいのですが、いきなりお金の話をされると嫌がる親も多いもの。
そんなときは実家に子ども(親から見れば孫)を連れて帰ったときなどに、さりげなく自分のお金の話をしながらきり出す方法もあります。
「子どもの保険に入ろうと思っているんだけど」「自分の保険を見直したら、意外と高くてやめようかと思っているんだけど」などお金の話に引き寄せ、「お父さん、お母さんはどんな保険に入っているの?」「年金はいくらくらいもらっているの?」などと聞いてみるといいでしょう。
すぐに聞くことはできなくても「機会をみて聞いておこう」と頭の片隅に入れておけば、タイミングが来たときにスムーズに聞くことができますよ。
介護で必要なのは時間より「情報」
仕事に家事育児に忙しい世代にとっては、介護の時間をどうやって作るかが最大の課題だと考えている人もいるかもしれません。
でも時間をなんとか捻出しようと頑張ってしまうと、自滅しかねません。介護をする上で現実的に必要なのは、「時間」より「情報」です。限られた時間のなかでどうするかを考えるようにしましょう。
介護サービスの種類や利用方法、職場の介護支援策などを調べるのは基本ですが、親が「介護サービスなど受けたくない」と拒否した場合の対処法なども、調べておくと安心です。
情報といっても、インターネットで調べるだけではありません。たとえば実家の近所の人と親しくしておき、普段の親の様子を気にかけてもらう、親との緊急時の連絡手段を決めておく、といったこともその一つ。
最初にもお話したように、介護の本質は、さまざまな情報を駆使して、親の自立した生活を応援する体制を整えていくこと。そう考えると、働き盛りの30代、40代はむしろ得意なことが多いのではないでしょうか。
今は介護が必要な状態ではないとしても、少なくとも高齢の親のことを相談できる窓口は調べておきましょう。
高齢者の生活全般について相談対応してくれる窓口として、各自治体では「地域包括支援センター」を設置しています。もちろん、介護保険を利用するほどではない状態であってもサポートしてくれます。実家が遠方の場合はなおさら、親の担当となる地域のセンターの所在地は調べておくといいでしょう。相談料は無料です。
きょうだいで早い段階から話し合っておく
もうひとつ、介護をする上で重要なのがきょうだいや配偶者とのコミュニケーションです。
結婚していれば、夫婦2人に親は4人います。くわえて夫や妻それぞれにきょうだいもいますから、事情は複雑になってきます。
双方の親が同時期に倒れたり、病気になったりすることもあるでしょう。いつか必ず起こりうることなのに、夫婦やきょうだいで話し合っている人は非常に少ないのが現実です。
特にきょうだいで親の情報を共有しておくことは重要です。
たとえば、先にお話した、親の経済力について、長女は把握しているのに次女は知らないなど、きょうだい間で知っていることと知らないことがあると、「なんであなただけ知っているの?なぜ教えてくれなかったの?」などとなり、トラブルの火種になります。
それぞれが独立してしまうと、子ども同士で話し合う機会はなかなか作りにくいものです。
親が入院をして介護保険を申請するような段階になったら、「介護保険を使うことになりそうだから、みんなで話し合っておこう」などと、早い段階から親も交えて家族みんなで話し合っておけるとベストです。
これからいろいろなお金がかかってくるけれど、介護費用はどうするのか、介護の手配の窓口は誰が主にやるのか、子どもはどのくらいの頻度で実家を訪ねた方がいいのか、そのときの交通費はどうするかなど、できるだけ具体的に話し合っておきましょう。
PROFILE
太田差惠子(おおた・さえこ)さん
取材・文/樋口由夏 イラスト/福田玲子