書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称:ビリギャル)は映画化もされ、大ベストセラーになりました。その著者である塾長の坪田信貴先生は子どもに決して言わない言葉があるそうで ——。
「迷惑をかけるな」は子どもの自己肯定感を下げる
── 坪田さんは著書でも、「子どもに『人に迷惑をかけるな』と言ってはいけない」とおっしゃっていますよね。私自身はよく言われて育ったのですが、どうしていけないのでしょう。
坪田先生:
ストレートに言うと、そもそも無理だからです。「失敗するな」という言葉と同じ意味なんです。
親御さんは「人に迷惑をかけるな」を最低限のようにおっしゃるじゃないですか。
「何をしてもいいけど、人様に迷惑をかけることはやめなさい」とは、日本の親御さんは必ずと言っても良いほどよくおっしゃる。
でも人間は生まれた瞬間から、必ず人に迷惑をかけるもの。
この言葉をかけられて育つと、「自分は人に迷惑をかけてしまう。つまり、最低限のことすらできないんだ」という思いが積み重なってしまうんですね。
── ああ、たしかにそうですね。
坪田先生:
だからこの言葉を“最低限のこと”だと認識している人ほど、「あ、また迷惑かけてしまった」と日々、自己肯定感が下がっていくんです。
いっぽうで、「好きなことやりなさい」とも親らから言われるじゃないですか。
「あなた人生楽しみなさいよ、やりたいことをやりなさいよ。だけど人に迷惑をかけちゃいけませんよ」と。そうなったら、どうしていいかわからないですよね。
心理学的にいうと、ダブルバインドと言われています。板挟み、挟まれている状態です。
結局、何かやろうとしても「迷惑をかけるかもしれないからやめておこう」と思う。
そのため、あらゆることに挑戦することが難しくなる、ダブルバインドの代表的な言葉ということですね。
── 挑戦できない子に育つ。受験でも上を目指そうとしても、頑張れない子に育ってしまいますよね。
坪田先生:
そうですね。親に受験料2万円ぐらいかかるので、失敗したら経済的にも迷惑かけてしまう、心配させてしまう、塾の先生にも申し訳ない、と考えると挑戦しようとは思わない。
── そして自分ではどうしていいかわからないから相談もできなくなりますよね。
坪田先生:
はい。親との関係性も悪くなりますし、長期的な目線で見ると、大人になってからが不幸なんです。
僕は教育における言葉がけは目的によって変えるべきと思っています。
自立して、自分の足で変化の時代というものを生きていく子にしたいなら、ダブルバインドで育てるほど、うまくいかなくなることはない。
世界では「迷惑をかけるな」は言わない
── この「迷惑をかけるな」という言葉は日本特有のものなのでしょうか。
坪田先生:
そうですね、迷惑をかけるなという言葉自体は言われていなくて、インドなどでは「迷惑をかけるのはお互い様、その分、困っている人を助けなさい」と言われています。
「迷惑をかけるな」は消極的道徳で、「困っている人を助けなさい」は積極的道徳じゃないですか。
日本は消極的道徳が非常に強い。よく聞くのが、電車にベビーカーを乗せていったら迷惑だと嫌がられたと言う話です。「昔はしなかったのよ、お母さんは抱っこしなさいよ」とか「子どもが泣いて迷惑でしょ」などと言われ、子育てしづらいと聞きます。
しかし、海外では子どもがベビーカーに乗っていたら、周囲の大人がこぞって手伝ってくれるんです。階段も一緒に運んでくれます。
日本ではあまりないでしょう。消極的に関わらないようにしようとするけれど、海外は積極的に助けようとする。
迷惑をかけないではなく、具体的な指示を出す
── 明らかに電車で騒いで迷惑をかけているときは「迷惑をかけないで」と自分の子に言いたくなりますが。
坪田先生:
「迷惑をかけるな」は主語と目的語が大きすぎますよね。
迷惑って具体的になんなのか、となるので「静かにしなさい」でいいんじゃないですか。
── 具体的行動をいうんですね。
坪田先生:
そうなんです。そもそも相手が本当に迷惑かどうかはこちらはわからないじゃないですか。
でもそもそも、子どもが泣くのは当然ですし、暴れるのも当然。めちゃくちゃ静かで何もしないと子どもらしくないです。
むしろ子どもが暴れたり、騒ぐことを迷惑と考えることに問題があると思う。
── 子どもは騒ぐものだと。
坪田先生:
ですよね。子どもがじっとしていられないのは当たり前だし。
そこを押さえつけようとすることが異常なんじゃないかと。公共の場は静かにしないといけないというのが異常で、そこがうるさいと思うならその人が来なければいいわけで、人それぞれ目的が違っていて、来る場所です。
迷惑はかけるのは仕方ないし、許容しましょうよと。ただ、困っている人をお互い助けていこうというのが社会として健全だと思います。
PROFILE 坪田信貴(つぼたのぶたか)
取材・文/天野佳代子