東京五輪の女子100メートルハードルで、準決勝進出を果たした寺田明日香選手(31)。夫・佐藤峻一さん(38)と長女の果緒ちゃん(7)との3人4脚での、オリンピックへの取り組みは話題になりました。CHANTO WEBでは、半年前に寺田選手にインタビューさせてもらいましたが、今回はマネジャーも務める佐藤さんに、寺田さんとのこれまでの歩みと未来について語ってもらいました。
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家族一丸で目標に向かう貴重な体験
── 五輪後の寺田さんの様子はいかがでしょうか?
佐藤さん:直後は休養にあてていましたが、9月末には試合がありますし、来年の世界陸上は今季の当初から目標にしています。五輪の余韻を楽しみつつ、徐々に練習も始めているところです。
── 東京五輪は家族の中ではどう受け止められましたか?
佐藤さん:数年をかけて家族一丸で、目標に向かうという貴重な経験ができてよかったと思います。
娘も母親の一生懸命な姿を見て、感じてくれるところは多くあったと思います。インタビューの受け答えや母親への声がけなど、成長を感じる部分が多くありました。
大会前は私まで、これまでに経験したことがないほど緊張しましたが、閉会式の日がちょうど娘の誕生日だったので、その日は家族みんなで出場祝いを兼ねて一緒にお祝いしました。
自分の感情がコントロールできなかった
── 夫としてマネジャーとして寺田選手を支えるのは大変でしたか?
佐藤さん:準決勝後の妻の“いろいろな人の顔が浮かびました”というインタビューを見て、これまでの妻や専門家で構成された「チームあすか」の努力を思い出し、涙がこみ上げました。
その後、落ち着いて私がインタビューを受けることになったのですが、そのときもこらえきれなくなって…。自分の感情をあそこまでコントロールできないという経験は初めてでした。
やはり五輪前、張りつめていたものがかなりあったので、その解放感もあったのかもしれません。
── 具体的には、どういうところに苦労しましたか?
佐藤さん:新型コロナウイルスには気をつけていました。本人は、本番に向けてとにかく準備をするだけという思いでやっていましたが、0.01秒を争う世界です。
私のあのときの咳ひとつが原因で、体調に変化をきたし、結果にあらわれたのではないかと思うこともあるので、気をつかいましたね。
私自身も感染対策を取りながら、何度もPCR検査を受けて体調管理に務めました。
成績が落ちればお前のせい
── 寺田選手との歩みには、これまでさまざまなハードル(困難)があったとか?
佐藤さん:妻と交際が始まったのは2010年ですが、いろいろとありました。当時から彼女は注目されるトップアスリートで、私は年の離れた日本陸上競技連盟の職員という立場でした。
“これで彼女の成績が落ちれば、お前のせいになるぞ”と、面と向かって言われたこともありましたね。
事実、最初の引退までの間、寺田は「生理不順」「疲労骨折」「摂食障害」という女性アスリートの“3大疾病”に苦しんでいたこともあり、成績は低迷しました。
当時、成績が落ち続けたことは確かだったので正直、乗り越えることはできませんでしたね。
アスリートは保育園に入りにくい
── 結婚後、寺田選手は大学に進学して出産。’16年に7人制ラグビーに転向しましたが、困難はありましたか?
佐藤さん:当時、2歳だった娘の育児ですね。妻が代表に選ばれると、合宿や遠征で1年のうち300日近くは家を空けるので、保育園探しを始めました。
しかし、プロアスリートは個人事業主の扱いとなり認可保育園入園の点数が低く、すぐには見つかりませんでした。
結局、スポンサー企業の社内保育園に入れてもらいましたが当時、サラリーマンだった私が独立したのも柔軟に育児に対応して、寺田の競技を支える狙いもありました。
── 子育てを“サポートする”“手伝う”という言葉は好きではないそうですね?
佐藤さん:そうですね。アスリートとしての妻を支えているという気持ちはありますが、やはり育児は、父母、男女関係なくすべきものだと思います。
ですから、“育児をサポートする”という言葉は、本来はしなくてもいい人が参加するというニュアンスがありますので、適切ではないと思います。
ママ友とLINE交換はしています
── 育児、家事の分担はどうしてきましたか?
佐藤さん:家事に関しては料理と掃除以外の多くは大体、私がやっています。
娘の保育園、(現在は)小学校や習い事の送迎や調整はすべて私がやっていて、ママ友とLINE交換して、情報のやり取りや日ごろのお付き合いも私がしています。
子どもの髪の毛の結び方や、お弁当の話題には疎外感を覚えることもありますが(笑)、逆に男親として珍しがってもらえることもあるので、うまくやってきたと思います。
── CHANTOのインタビューで寺田選手は、佐藤さんが剃ったヒゲを洗面台に散らかしままだと訴えていましたが?
佐藤さん:ハハハ。それは気をつけていますよ。アスリートは潔癖症の傾向が強いですから。なかなか注意が行き届かないことも多く、よく怒られています。
結婚式のときに、(元400メートルハードルの)為末大さんから“奥さんのハードルは越えてはならない”という言葉もいただいたので、肝に銘じています。
ママさんアスリートを特別視してほしくない
── “ママさんアスリート”という言葉にもお考えがあるとか?
佐藤さん:今回の五輪で、いわゆるママさんアスリートは日本選手およそ600人のうち、わずか5人だったそうです。“パパさんアスリート”が何人いたかは把握していませんが、数十人、数百人いたのではないかと思います。
女性アスリートは妊娠、出産でどうしてもブランクができますし、身体も大きく変わりますが、ママアスリートだから特別視してほしいとはまったく思いません。
むしろその逆で、特別視されないほどママアスリートが多くなってほしいです。
だからあえて「ママアスリート」であることを強調し、その存在を知ってもらい、妻のような存在が当たり前になり、そういう言葉がなくなってほしいと思っています。
そのために、男性やパパが発信していくことも大切だと思います。
批判や誹謗中傷は結果で見返す
── 今回、寺田選手のメディアへの露出が多くて、成績にも影響したのではという批判がSNSであったようですが?
佐藤さん:それはまったく関係ないと思いますね。メディアへの露出は、競技が疎かにならないようには気をつけています。
むしろ、露出が多かったことにより認知度が上がり、応援が増えて、妻の力になったと思います。
そもそも今大会で、妻はメダル候補でもなく、決勝進出が目標でした。日本人として21年ぶりに準決勝に進出でき、その一歩手前まで行けたのは、大いに健闘したと言えると思います。
アスリートとして、優勝やメダルを目標にすることは当然ですが、メダルを取れなかったら残念、というメダル至上主義のようなものはなくなってほしいと思います。
それはあきらめではなく、自分の立ち位置を認識して、何とか手が届きそうなことを目標にするというのは、実社会では当然で、それはアスリートも同じだと思います。
ケガをしても明るく前向きに(ラグビー選手時代)
── 今までも、心ない批判があったそうですね?
佐藤さん:ラグビー選手時代に、寺田が何日も家を空けていることを“幼少期の子どもにとって母親の不在はかわいそう”というような批判を、ある男性指導者にされたこともありました。
一緒にいられなくても、母親が子どものことを思いながらも、一生懸命に目標に向かって努力する姿を見れば、子どもは何かしらを感じとってくれるはずです。今回の五輪もそういう気持ちで臨みました。
そのような批判や誹謗(ひぼう)中傷は、結果を出して見返していくしかないと思います。
── 今後は夫、マネジャーとして寺田選手はどう支えていくつもりですか?
佐藤さん:彼女はさまざまな批判を浴びながらも、実力でそれを跳ね返し、切り開いてきた頼もしい存在です。競技を続けたいというのであれば当然、支えていきます。
また妻のような、競技転向者であり、ブランクを克服した母親のアスリートという存在は、後進にいい影響を与えられるはずです。
それをより多くの方に理解してもらえるように、紹介していければとも思っています。
PROFILE 佐藤峻一さん
1983年、東京都生まれ。日本陸上競技連盟、新日本有限責任監査法人を経て、コンサルティングや実務などスポーツビジネスに特化した株式会社「Sports SNACKS」を設立。妻・寺田明日香さんは、陸上競技を引退して出産後、7人制ラグビーに転向し、さらに陸上競技にカムバックして東京五輪に出場。