ケニアの人たちの雇用を増やしたいという思いから始まり、アフリカのバラを日本で販売する「AFRIKA ROSE」。
代表を務める萩生田愛さんは「幸せの循環を広めたい」と、アフリカのバラと共に歩んできた。コロナ禍の今、彼女が目指すのは、どのような未来なのだろうか。
大切にしたいのは「幸せな体験の循環」
「早く行きたいならひとりで行け。遠くに行きたいならみんなで行け」── こんなアフリカのことわざに習って、萩生田さんが大切にしていることがある。
「アフリカローズは、最初は私がひとりで立ち上げ、すべてを自分の意思決定によってスピーディーに進めていく、いわばワンマン社長型の組織でした。
2021年時点では、18人の組織になったので『みんなで遠くに行く』ための指針として、コア・バリューをスタッフたちと一緒につくりました」
コア・バリューとは、会社としてなにを大切にしているかというフィロソフィーを言語化したもの。アフリカローズには12のコア・バリューがある。
たとえばそのひとつにSelf-respect、すなわち「自分の気持ちや感覚を素直に感じ味わう」というものがある。
「この指針は、ただ機械的にバラを売るのではなく、そのとき、その場所にしかない感情を味わい、お客様とそれを共有しながらバラを手にとってもらうことを大切にするという想いを込めています。
アフリカローズでバラを買ってくださるお客様を見ていつも思うのが、私たちはもちろんバラを売っているけれど、同時に『体験』を提供しているということ。
たとえば、花を誰かに贈ろうと思ったときには、渡す誰かのことを想像しながらバラを選ぶと、相手が喜んでくれたときの喜びは増すのではないでしょうか。
もらった方も嬉しいけど、贈る側も嬉しい。
その価値をよりよいものにするためには、まずは売り手である私たちが自分の感覚に対して敏感にならなければなりません。
選ぶお手伝いだったり、渡し方を一緒に考えたり。その感情に寄り添い、お手伝いをすることが私たちの提供するべき価値だと考えています」
ケニアの広い空の下、誰かのハミングが聴こえる農園で作られたバラを、自分の大切な人のために選ぶ。
そんな背景を知れば、バラを作る人、渡す人、もらう人の体験そのものがハッピーの循環になるという考え方だ。
コロナでバラが大量廃棄。ワールドローズへの転換
しかし2020年、新型コロナウイルスの影響でその「体験」の機会が失われてしまう。
「コロナの影響で、空輸便が飛ばなくなり、ケニアからバラが届かなくなってしまったんです。
これはお店にとってかなり深刻な状況でした。でも結果的には、お店にバラが並ばないという最悪の事態は回避できました」
この状況を救ったのは、アフリカローズが立ち上げた『ワールドローズプロジェクト』。
コロナの影響で行き場を失った南米や国産のバラが大量廃棄されているニュースを目にして、ケニアのバラにこだわらず、世界中のバラの魅力を伝える目的のプロジェクトだ。
ケニア政府が輸出をいったんストップすると発表したのは、その数日後。アフリカローズには一時的にケニアからのバラが届かなくなったが、店頭には世界中から届いたバラが並んだ。
「まさに、世界のバラを助けようとした取り組みに、逆に救われたんです。同年9月に輸出が再開されたので、アフリカローズの店頭にも、ケニアのバラが戻ってきました」
環境部を立ち上げ、カーボンオフセットに取り組む
緊急事態宣言下でお店を閉めていた苦しい2ヶ月間。
しかしその状況下のなかで「今、何か自宅でできることがないか」と、スタッフとのオンラインミーティングを重ねて生まれたのが、アフリカローズの環境部の発足と、カーボンオフセットの取り組みだ。
カーボンオフセットとは、日常生活で出るCO2などの温室効果ガスをできるだけ排出しないようにして、植林やクリーンエネルギー事業などで廃棄した分を埋め合わせること。
実は、ケニアからバラを個人輸入すると起業時に決めたときから、ひとつだけ萩生田さんの心にひっかかっていることがあった。
「物流に伴う環境への影響、特に空輸のときに排出されるCO2のことはなんとなくは知っていて、バラの輸入に少しだけ罪悪感がありました。
フェアトレードで人に対してはいいことをしているかもしれないけど、環境に対しては課題を感じていて。
でも、そのときは起業してビジネスを起動に乗せるのに精一杯だったので『旅客機に、人を運ぶついでにバラも乗せてもらっているから、いいか』って自分に言い聞かせていました。
それがコロナの影響で乗客が乗らない飛行機でバラが輸入されることもあって、このまま目を背け続けたくない、という揺るがない決意に変わっていったんです」
アフリカローズ環境部では、まずバラの輸送でCO2が排出されている事実と向き合い、その内容を知ることから始めたという。
「私たちの計算によると、1本のバラが生産されてからお客様の手に届くまでに約1.4kgのCO2が排出されています。
そこで、私たちは1本のバラの購入にカーボンオフセットとして5円を追加するオプションを作りました。もちろんこれはあくまでオプションなので、追加するかどうかお客様が選択できます。
もしお客様が追加しないなら、アフリカローズが負担するという仕組みにしていて」
アフリカローズでは、カーボンオフセットの料金をケニアの植林活動を行なっている団体に寄付し、それがどれくらいの量のCO2を削減したのかの情報を公開している。
「このカーボンオフセットの取り組みを通して、お客様ひとりひとりが地球環境に思いを馳せ、自分の生活を振り返るきっかけを作りたいと考えています」
「雨音も聞こえない」都会のタワマンで感じた不自然さ
アフリカローズで環境に取り組み始めたのと同じくらいのタイミングで、萩生田さんは利便性の高い都会のタワーマンションから、生まれ育った東京郊外への引っ越しを決心する。
理由は、環境を考える上で気になっていった都会への違和感だ。
「プライベートでも環境のことを考えて、ベランダ菜園などに取り組むようになりました。そこで『自然』を意識し始めたら、なんだか都会の生活に違和感を感じるようになったんです。
当時はマンションの高層階に住んでいたのもあり、外で雨が降っていても雨の音が聞こえない。虫一匹もいない。あれ?これはなんだか不自然じゃない?と。
マンションのベランダにプランターを置き、種を植え、野菜を育てて、コンポストにも挑戦したんですが、それでも自分のなかの違和感は拭えませんでした。
プランターの野菜も、そして自分ももっと自然な状態の中に身を置きたいという気持ちが芽生えていって……自然な状態で命を循環させて、より自然な種を残したいという思いが強くなりました。
自分でも驚く行動力なのですが、夫に相談したら数か月後には故郷への引っ越しが決まり、今は自宅の庭で『耕さない畑』をやっています。
土を耕すと、地中に固定された二酸化炭素が放たれて温暖化の手助けをしてしまうので、耕さずに野菜をつくる『不耕起栽培』という方法を選択しています。パタゴニアも推奨している農法です。
そして、生ゴミはほとんど出さないようにしつつ、出ても畑の肥料に変えて活用する。自分の身の回りから始まる自然の循環を、実験的に行っています」
「パーマカルチャーを学びたい」デンマーク留学への決意
そんな萩生田さんは、2021年8月上旬、デンマークに旅立った。なぜコロナ禍の今、留学を決意したのだろうか。
「アフリカローズを始めたときから、人が幸せに生きるとはどういうことかについて考え続けています。そのヒントを見つけたくて、ずっと北欧に行きたいと思っていました。
北欧ではなぜ国民の幸福度が高いのか、その社会の仕組みも知りたいし、環境に負荷をかけない暮らしをどう実践しているのかを学びたいと思っています。
子どもを置いていくこと、家族と離れることはすごく迷ったのですが、夫や両親が背中を押してくれて。最終的に私1人で行く短期留学を選択しました。
アフリカローズとして人の幸せを循環させていくためにも、自分自身の幸せも大事にしたい。
環境のことももちろん大切にしていきたいですが、自分の夢に向かって進む姿や、留学での学びを通して、子どもや家族、アフリカローズで関わるすべての人に幸せを循環していければと思っています」
アフリカローズでの、バラ農園で働く人びとや店のスタッフ、お客さんの「幸せの循環」。
種をまき、畑で収穫した野菜を食べ、ゴミを肥料に変える「環境の循環」。
今回の取材を通して、これらの循環をまわすためには、まず、自分自身の幸せを大切にすることがすべての出発点になるということを強く感じた。
そして、どんな状況でも挑戦し続ける彼女は、留学先のデンマークでもきっと新しい循環の種を見つけてくるのだろう。
PROFILE 萩生田愛(はぎうだめぐみ)さん
取材・文・撮影/桜木奈央子