中学生のトニーニョくん(15歳)と3人で暮らす、漫画家の小栗左多里さんと外国人でジャーナリストの夫・トニーさん。

 

夫婦で子育てをしていくなかで「異文化で育った者同士はどうやったら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から感じたことや自分の幼少期の体験を、それぞれに語ります。

 

今回のテーマは「海外の子どもの習い事」。ドイツに住んでいた頃、トニーニョくんが熱中した習い事について、2回にわたってお届けします。

「え?レッスン3回で何ができるの?」疑念を納得に変えた海外の習い事

ベルリンで習い事といえば、サッカーと楽器が突出していると思う。トニーニョも小学校の頃はピアノを習っていた。

 

音楽学校での個人レッスンは、週1回1時間弱で月6000円ちょっと。ほかに教材代と、夏休みなどレッスンがない月も払う契約だけど、発表会は音楽学校の小さな(でも雰囲気が良い)ホールでやるので、だいたいこれ以上払う必要はない。

 

個人レッスンはとても人気なので、ツテなしに新しく契約するのはけっこう難しいのだが、顔の広いトニーが秘密の方法を聞いてきた。それは、その音楽学校の「楽器体験コース」を受講すること。音楽学校ごとに、3か月~1年間で4~12種類の楽器を体験できるコースが複数あるのだ。

 

このコースの申し込み自体の倍率も高いのだけど、トニーニョはなんとか「ピアノ、バイオリン、ハープ、アコーディオン」コースにもぐりこめた。これは4人1組で1つの楽器につき3回レッスンを受け、 4回目は保護者の前でプチ発表会をするというもの。

 

え?3回で何ができるの? …って、ええ、私も思いましたとも。案の定、ピアノは「猫ふんじゃった」ではあった。バイオリンはさすがに綺麗な音は出しにくかったけれど、それ以前に先生がちょっと嫌なタイプだったようで、うちの子を含め2人がバイオリンはお休みすることに…。

 

結局3回になった発表会は簡単な短い曲で、普通のレッスン室でのものだったけど、それなりに緊張し、保護者に褒められて、達成感もある。トニーニョはピアノがいちばん楽しかったようだ。

ピアノの先生が絶対に怒らない理由とは

ということで、親の狙いどおり、ピアノを習うことにした。そしてこのコースが終わったタイミングが、個人レッスンを申し込むチャンスなのだという。これを逃さないように急ぎつつもじっくり考えて、日本人の先生にお願いすることにした。

 

指の動かし方のような基本から始めるが、 自分の希望する曲も一つ練習する。これはクラシックでなくてもよく、息子は映画『天空の城ラピュタ』主題歌の「君をのせて」を選んだ。

 

先生は決して怒らない。「かなり優しいですね」と私がレッスンの感想を伝えると、「きつく言うとドイツの子は泣いて辞めてしまうので、甘々になりました」と笑っていた。まあもちろん、本格的に音大を目指すような場合は厳しい先生もいるだろうと思うけれど。

本格的に習わない子にも1年間楽器を貸し出す太っ腹ぶり

バイオリンのような弦楽器を弾く子も多いし、フルートなど管楽器の子もそれなりにいる。バイオリンの習得法の一つ「スズキメソード」も一般的なようで、息子の学校では小学校1年生のときに希望者は教えてもらえた。

 

その後、5年生でも1年間、いくつかの選択肢から楽器を習えるチャンスがある。 息子は5年生の楽器に参加した。まず体験会があり、体育館にサックス(サキソフォーン)や ホルン、コントラバスなどが置いてあって、実際に触れてから希望を出す。

 

トニーニョの第一希望はサックスで、第二希望は「そのとき触って興味が出た」というコントラバスと書いた。第三希望は何だったか忘れたけど、コントラバスを選んだ子は1人だったそうで、めでたくコントラバスに決まった。だいぶ大きいの選んだねえ。

小栗さん連載イラスト1

なんとコントラバスは少々の保険料で、1年間貸し出してくれる。こわ。こんなうかつな夫婦を信用していいんですか。ややビビりながらも、保険を信じて親子3人で受け取りに行き、記念に代わる代わる背負って帰ってきた。

 

電車に乗るときは上をぶつけないようにかがみ、階段を降りるときは背が低いと下に着いてしまうのでヒヤヒヤするという、音楽家の苦悩を一家で噛みしめることになった。こんなに早くわかるとは、意外と才能があるのかもしれない。

発表会での忘れられない光景

そして1年がたち、ホールに保護者を招待して発表会が開かれた。もともと弦楽器などを習っている「うまい組」と「1年だけ組」を組み合わせて、簡単なものからけっこう長い曲までいくつか演奏した。

小栗さん連載イラスト2

このとき、ホールの端に子どもたちのバイオリンケースがずらりと並んでいた光景は忘れられない。多いとは思っていたが、1学年でこんなにいるとは。ピアノをやっている子はもっと多いだろうだから、学校全体で相当数の子にクラシックの素養があることになる。このへんは日本と感覚が違うのかもしれないと感じた。

 

ベルリンでは、こうしてちょっと試してみたり、始めたばかりでも喜びを感じられるようになっていた。まずは「レベル」で測るのではなく、「楽しくやろう」というポリシーを感じる。そしてそれを実現できる「余裕」があるように思う。日本に比べて楽器が豊富にあることも確かだけど、「目に見える成果に結びつかなくてもいい」というような教育者や保護者の姿勢も大きい。

 

教育にかける国や自治体の予算がもう少し増えたらいいのに…とコントラバスを見るたびに思う私なのであった。

文・イラスト/小栗左多里