「愛子のこの笑顔が家族の真ん中にあるから、家族みんな一緒に笑い合える毎日を送れている」

 

「これからも出会う人たちの優しさと愛情をたっぷり受けて、とびっきりの笑顔でお返ししていける日々になりますように」

ダウン症を持つ愛子ちゃん
荒絵里さんのInstagramより(2021年6月5日撮影 愛子ちゃん1歳6ヶ月)

 

荒絵里さん(38)は、愛子ちゃん(1歳8か月)が、生後2か月の時からInstagramに成長の記録を残してきました。その理由は、絵里さん自身がInstagramの世界に救われたからだといいます。

 

「愛子にダウン症の疑いがあると分かった後、スマホを片手に検索魔になりました。言葉にならない葛藤を抱える私を救ってくれたのは、Instagramで見る同じ境遇の方々の投稿でした。苦しみを乗り越えた先にある、楽しそうな子育ての日常と、可愛い子どもたちの写真──『私もきっと大丈夫』そう思うことができました。」

ダウン症を持つ愛子ちゃんと絵里さん

愛子ちゃんが出生直後にNICU(新生児集中治療室)に搬送され、先天性心疾患とダウン症の疑いを告げられたこと、絵里さんが「長いトンネル」の中にいた日々については、前回の原稿で触れました。

 

今回書くのは、そのトンネルの先に見えた「景色」についてです。

 

それは想像していたものと異なる、優しさと愛情に満ちた風景でした。

ダウン症を持つ愛子ちゃん
荒絵里さんのInstagramより(2021年4月26日撮影 愛子ちゃん1歳4か月)

 

絵里さんの瞳に今、何が映っているのか──。その一端に触れることは、みなさんにこう問いかけるはずです。「いわゆる”イメージ”で障害を判断して、隣にいる誰かが生きづらい社会を作っていないか?」と。

 

これは絵里さんと愛子ちゃんの1年8か月のストーリー。けれど同時に、2人だけの物語ではありません。

検査結果が出た日 私たち家族は笑顔だった

── 愛子ちゃんのダウン症の検査結果が出た日のことを教えていただけますか?

 

絵里さん:

検査結果が出たのは、検査から2週間後でした。その日までにはもう「大変」とか「つらい」とか「不安」とか、そういう気持ちをやり尽くしたというか(笑)。

 

調べ尽くし、考え尽くし、不安も苦しみも抱え尽くした。海の底を蹴るようにして前を向き始めて、結果を聞く日は、夫婦ともに晴れ晴れとした気持ちだったことを覚えています。

ダウン症を持つ愛子ちゃんの家族

医師から「お話があります」と言われて「結果、染色体の21番目が3本ありました」と。私たちの反応は「ですよねー」と(笑)。すごくなごやかな雰囲気でした。

 

── 結果以外に医師からは何かお話がありましたか?

 

絵里さん:

そのとき、先生がおっしゃったのは「ダウン症を持っている子どもたちは、私たちにとっては珍しくないんです」ということでした。ダウン症の発症率は約700人に1人とも言われていて、ごく身近にある障害です。先生は「私たちはダウン症を持っている子をたくさん知ってるけれど、本当にニコニコしていて可愛らしくて、大人を豊かにしてくれる子が多いです」と。

ダウン症を持つ愛子ちゃん

そして「愛子ちゃんを育てるにあたって必要な医療的なケアは私たちがやりますので、そこは私たちに任せて!お母さんは安心して子育てしてください」と言ってくださって…。その言葉は、本当に嬉しかったですね。「心臓の手術の技術は格段に向上しているので、愛子ちゃんの心臓の穴も治せないものじゃない」と。

 

── 本当に心強いひと言ですね。

 

絵里さん:

はい。医師の医療的なサポートに加えて、その時にはInstagramを通じて同じ境遇のご家族がたくさんいらっしゃることも知っていました。

 

そのおかげで「ひとりきりだ」という思いを抱えずに子育てに向き合うことができたと思います。

 

── ご両親など、ご家族にはどのように伝えましたか?

 

絵里さん:

夫と話し合って、正式な検査結果が出るまでは両親には言わないようにしよう、と話していたので、結果が出てから、両親や家族に伝えました。考える時間が持てるようにLINEを使って、文章で…。

 

おそらくそれぞれにすごく考えてくれたうえで返事をくれました。

 

「ダウン症であってもなくても可愛い孫に変わりありません」

 

「心臓のことがとにかく心配だけど、家族みんなで支えます」と、そんな言葉が並んでいました。

ダウン症を持つ愛子ちゃんと絵里さん

── 息子の丈一郎くん(7)にはどの様に伝えたのでしょうか?

 

絵里さん:

話さない選択肢もあるようですが「隠す必要はない」というのが私たちの考えでした。

 

愛子が生まれて3か月くらい、息子が小学1年生になる前の春休みに「あいちゃんのひみつ 」というダウン症をテーマにした絵本があることを知って、「これだ!」と思いすぐに注文しました。たまたまですが「あいちゃん」と名前も一緒で、息子にはこの絵本を読んで愛子のダウン症を伝えました。

ダウン症を持つ愛子ちゃんとお兄ちゃん
荒絵里さんのInstagramより(2020年5月31日撮影  兄の丈一郎くんと愛子ちゃん)

 

丈一郎は「ダウン症治るの?」と聞いてきて「治らないんだよ」と伝えました。「そっかー、愛ちゃんのダウン症治らないのかー。そうなんだー」って、子どもらしい反応だったけれど、息子にしっかり伝えられてよかったな、と思っています。

「心臓が止まらずに生まれてきてくれて、ありがとう。」

── 愛子ちゃんの入院はどれくらい続いたのでしょうか?

 

絵里さん:

入院は1か月続き、検査結果が出た後も、さらに2週間GCU(新生児回復室)で過ごしました。

 

私は搾乳した母乳をクーラーボックスに入れて病院まで通い、一緒に過ごせる時間は愛子が寝てしまっても寝顔を見ていたくてずっと抱いていた記憶があります。

ダウン症を持つ愛子ちゃん
荒絵里さんのInstagramより GCU(新生児回復室)で撮影した1枚(2019年12月17日撮影)

 

ダウン症を持っている子どもたちは先天的な合併症を抱えていることも多く、妊娠しても9割は流産してしまうと言われています。だからダウン症を持って生まれてきた子どもたちは、生命力の強い子達。

 

今この瞬間にこうして一緒にいられることも決して当たり前なんかじゃない、という実感が強くありました。

 

「心臓が止まらずに生まれてきてくれて、ありがとう」

 

そう思いながら、NICUとGCUで過ごした1か月は、たったの1か月だけれど、私の人生の中で重要な意味のある日々だったと思います。

ダウン症を持つ愛子ちゃん
荒絵里さんのInstagramより 生後11日、GCU(新生児回復室)の授乳室で愛子ちゃんを抱く絵里さん

 

── 濃密な1か月を過ごされたんですね…。退院された後の子育てはいかがでしたか?

 

絵里さん:

退院した後は、もう一緒にいられるだけでよかったです(笑)。たとえ愛子が寝てくれなくても、ずっと泣いていても、不思議と私は満たされていて、夜中の授乳すら幸せでした。

 

ダウン症のある子どもたちは免疫力が低いので、風邪をひいただけでも重症化しやすいという特徴があります。外出には気を使うのですが、ちょうどコロナの自粛が始まった頃だったので、気兼ねなくお家でのんびりと過ごすことが出来ました。

 

幸い我が家はぶどう園なので、お散歩には困らない。ベビーカーに愛子を乗せて、息子がベビーカーを押して畑をお散歩すると、ガタガタ道ですぐに寝てしまうんです。今思い返しても、静かで平和な時間でした。

ダウン症を持つ愛子ちゃんのお散歩
荒絵里さんのInstagramより(2020年4月24日撮影)

「かわいい」というポジティブなメッセージ、伝えていきたい

── 愛子ちゃんはまもなく2歳ですね。その後の育児はいかがでしたか?

 

絵里さん:

私自身最初は「ダウン症」というワードにとらわれすぎて、なんでも「ダウン症」というフィルターをかけて見ていたところがありました。でも、こうして日々ダウン症のある子を育ててみると、拍子抜けするほどに「普通!」というのが正直な感想です。

 

ペースはゆっくりですが、首も坐るし、寝返りもするし、ずり這いをしてハイハイもする。よく笑って、よく泣いて、ちゃんと立てるようになる。愛子は最近つかまり立ちもできるようになりました。

ダウン症を持つ愛子ちゃん

ハイハイでキッチンに浸入してきて、引き出しを開けて、戸棚のもの全部出してる様子を見ると「息子のときと一緒だ!」ってつい笑ってしまいます。

 

「普通とは違う」と勝手に決めつけていたのは私自身。もともとこうして、ダウン症のある子どもたちの当たり前の日常が存在していて、ずっと同じ世界に生きていたのに、私が「知らなかっただけなんだ」ということを愛子の子育てを通じて感じています。

ダウン症を持つ愛子ちゃん
荒絵里さんのInstagramより(2021年7月3日撮影 愛子ちゃん1歳7か月)

 

── 知らないからこそ怖いし、ネガティブな想像力が働いてしまいますね。

 

絵里さん:

そうですね。例えば「成長がゆっくり」という言葉をひとつとっても、私も最初はポジティブに捉えることが出来ませんでした。

 

ダウン症のある子どもたちは、確かにゆっくり成長します。歩けるようになるのは2歳半くらい。

 

定型発達の子でも「最初の一歩」は親にとって大きな喜びですが、ダウン症のある子どもたちが、ゆっくりゆっくり時間をかけて、ようやく歩けるようになった時、ご両親の感動はもう言葉に現すことができないくらいすごいものになっていて…。

 

「ゆっくり」であることって、普通のペースで生きる私たちに、時に大切なことを教えてくれるのかもしれません。

愛子ちゃんと母親の絵里さん

── 愛子ちゃんの子育てでも、そのような実感がありますか?

 

絵里さん:

いろんな事ができるようになる赤ちゃんの時期に、ゆっくりじっくりひとつずつ向き合っていけることを嬉しく感じます。愛子が何か出来るようになるたびに「やったね!!よかったね!!!」ってチューしてハグして、その度、ジーンとして…。

 

今は家族みんなで愛子の「最初の一歩」を本当に楽しみにしていて、息子もその日を心待ちにしています。

 

私も最初は将来のことを考えるのがとても怖かった時がありました。「先のことは考えずに、目の前のことだけ考えよう」って。でも今は、こうして将来の「楽しみ」を想像できることが、とても幸せです。

ダウン症を持つ愛子ちゃんと兄
荒絵里さん撮影 ── 愛子ちゃんの成長を綴る絵里さんのInstagramの投稿には「かわいい」という言葉が溢れていますね。

 

絵里さん:

親バカですね(笑)。子どもが「かわいい、かわいい」って息子のときには言いづらかったんですけれど、愛子なら、みなさん、受け入れてくださるかな、と。

ダウン症を持つ愛子ちゃん

でも本当に可愛くて仕方がなくて、夫も息子も私も、気がつけば「はぁ〜、、愛ちゃんかわいい」「笑顔がたまらない」「かわいい、かわいい」ってずっと言っています(笑)。だからその日常の一コマを切り取っている感じです。

 

Instagramは私自身がInstagramの投稿に救われて始めたのですが、おかげで、全国や海外にいる同じ境遇を持つご家族とつながることが出来ました。

 

ダウン症の特徴のひとつとして「顔立ちが似ている」とよく言われますよね。最初はそのこともネガティブに捉えていたけれど、みんなどこかしら愛子に似ているおかげで、みんな我が子みたいに思えて、愛おしくなってしまう。そして実際は、それぞれパパとママに似ていて、しっかり個性があります。

 

Instagramで繋がった仲間たちとの間には「どんどんかわいいって言っていいよね!かわいいってまっすぐ発信しよう!」という空気があるんです。

 

── 「かわいい」という言葉が、社会に対するとても前向きなメッセージになりますね。

 

絵里さん:

そうですね。私たちの当たり前の日常をもっと知ってもらえたらいいな、と。私たちのいるところは決して「別世界」ではなく、心配や不安があったとしても、幸せと楽しさと笑顔に満ちた「同じ場所だよ」って。

ダウン症を持つ愛子ちゃんの誕生日
荒絵里さんのInstagramより(2020年11月28日撮影 愛子ちゃん1歳の誕生日に撮影したバースデーフォト)

 

発信する人が増えることで、理解が進み、ダウン症を持つ子どもたちが分け隔てなく暮らせる優しい社会になるといいな、と思っています。

息子が「愛ちゃんがダウン症でよかったよね」と言った日

── 新型出生前診断について、政府は積極的に情報提供する方針を決め、様々な意見があります。絵里さんの考えも聞かせてください。

 

絵里さん:

私の場合は出産後に娘にダウン症があることを知りましたが、もし妊娠中に知っていたらどうしたかな?と考えたことがあります。きっとたくさん調べるだろうし、夫婦で話し合うだろうし、悩むだろうし…。

 

お別れすることを選ぶ人が多いことに意見を述べる立場ではないですが、、きっと悩まない人はいないと思うんです。どんな選択をしたとしてもきっと一生忘れることはない。ずっと胸に抱えて生きていらっしゃるのだと思う。

 

ただひとつ思うのは、検査の精度が進歩するのと同時に、私たちのように幸せにダウン症のある子どもを育てている家族の情報を、当たり前に知れる社会になってほしい。技術の進歩と、情報の提供と、両輪で進んでいけば、幸せに生きられる命がもう少し増えるんじゃないかなって、そんな風に思っています。

ダウン症を持つ愛子ちゃんの寝顔

── 個人の発信に頼るだけでなく、そんな仕組み作りが必要ですね。今日は「かわいい」「幸せ」「嬉しい」という言葉がたくさん出てきたインタビューでした。改めて、愛子ちゃんの子育てが絵里さんの人生にもたらしてくれたものについて、教えていただけますか。

 

絵里さん:

愛子の成長を目にするたびに、産まれたばかりで管にいっぱい繋がれていた頃のことを思い出すんです。

 

だから本当にこうして「いてくれる」だけで…。

 

今、愛子は保育園に通っているのですが、保育園に行けるなんて、本当にすごい!比較したり、期待したり、そういう気持ちを手放して、一緒にいられる日々に感謝できる尊さを、愛子は教えてくれました。

ダウン症を持つ愛子ちゃんを抱く荒絵里さん

── 愛子ちゃんを育ててきて一番嬉しかった出来事はなんでしょうか?

 

絵里さん:

そうだなぁ、、、この前、子どもたちとお風呂に入っていたときに、7歳の息子が当たり前のことを言うように言ったんです。「愛ちゃんがダウン症でよかったよねー」って。「どうして?」と聞いたら「だってさ、愛ちゃん赤ちゃんみたいでずーっと可愛いもん」って。

ダウン症を持つ愛子ちゃんとお兄ちゃん
荒絵里さん撮影

 

「愛子がダウン症でよかったか?」と聞かれたら、私はすぐに「よかった!」とは答えられないかもしれません。でも、愛子は愛子でよかった。その想いだけは、真っ直ぐ、持っています。

 

2人を見ている時が、いま、一番幸せなときです。 …

 

絵里さんが1冊の冊子を紹介してくれました。「1st Birthday Message」は、Instagramで繋がったダウン症のある子どもたちを育てる12人の母によるクラウドファンディングによって製作されました。

1st Birthday Message冊子

1歳の誕生日を迎える我が子に送る「メッセージ」で構成されている冊子の表紙には、「あのとき、心の底から言えなかった「おめでとう」が、いまやっと、伝えられた。」と書かれています。

 

そしてページを開くと、こんな言葉が並びます。

 

「子育てをしていれば誰だって不安や悩みを抱える時がある。私たちは”その時”がちょっと早かっただけ」

 

「あなたはあなた。ダウン症のあなたではなく、世界に1人のかけがえのないあなたが大好き」

 

「21番目の1本多い染色体にはたくさんの優しさが詰まっていました」

 

この冊子を読んで思ったことは、絵里さんがトンネルの先に見た「景色」は、決して絵里さんだけの特別なものではない、ということでした。

 

絵里さんと同じような想いで子育てされている家庭が日本中にあって、そのことを「知ってほしい」という活動が草の根で始まりつつあります。この冊子は、ダウン症のある子どもたちを育てる家庭に無料で配布されているほか、NICUのある大規模病院や、出生前検診を実施しているクリニックなどにも順次設置を予定しています。

ダウン症を持つ愛子ちゃん
荒絵里さんのInstagramより The 1st Message製作委員会では、冊子の配布と印刷について、支援を受付中。支援者には冊子がプレゼントされる。

 

ダウン症のある子どもを育てることについて「それでもやっぱり大変ですよね?」と問うことはとても簡単です。けれど、愛子ちゃんのすべてを愛おしそうに見つめ、柔らかな笑顔を浮かべる絵里さんを見て思いました。この美しい景色は、動かしようのないひとつの「真実」だと──。

ダウン症をもつ愛子ちゃん

北海道が記録的な暑さとなったこの日。時折、丘を吹き抜ける風の心地よさを感じながら、愛子ちゃんを抱っこさせてもらいました。耳元に、愛子ちゃんの小さな息遣いが聞こえます。私はそっと「生まれてきてくれて、ありがとう。」と伝えました。

 

愛子ちゃんはこの先、きっと何度も何度もこのセリフを伝えられながら、成長していくのだと思います。そしていつの日か、ぶどう園を元気に歩き回る日がやってくる。その日が、私も待ち遠しくて仕方ありません。

取材・文/谷岡碧      撮影/谷岡功一