2016年に熊本県天草市に移住した筒井さん夫婦(写真右側)。今年、現地の漁師夫婦と一緒に会社を設立した

 

旦那さんからの「農業をしたい」という言葉を皮切りに、地方移住を決断した筒井永英さん。都心からの移住者も多い香川県小豆島での生活を経て、現在は熊本県天草市で暮らしています。二児の母でもある筒井さんが、パラレルキャリアを築きながらたどり着いた心地良い暮らし、そして次世代を担う子どもたちに繋ぎたい思いについて伺いました。

天草市に移住して5年。夫はみかん農園と農泊を運営し…

── 「理想とするライフスタイルが叶う場所」を探して地方移住を決めたとのことですが、どのような経緯で天草にたどり着いたのですか?

 

筒井さん:

以前は横浜市に住んでいて、国土交通省の職員として勤めていました。地方移住を考え始めたきっかけとなったのが、2011年の東日本大震災です。食料品や日用品の買い占めや、計画停電などに直面し、「都会の生活は災害があったときに影響を受けやすいのでは」と考えるようになりました。

 

何かあっても最低限の生活を維持できる生活をしたい。そんな思いから、地方での暮らしを視野に入れ始めたんです。

 

その後、「定年のない仕事をしたい。一生続けられる仕事は農業だと思う」という夫からの言葉にチャンスを感じ、地方移住を本格的に考えることに。

 

── スローライフに憧れてという理由ではなかったのですね。

 

筒井さん:

そうですね。首都圏に運ばれる食料は、海外からの輸入か、地方から運ばれてきます。「物流が滞ったとき、地方の方が生活を維持しやすいのでは?」という危機感からの決断でした。

 

夫は、以前から「農作業が自分に合っているか」を見極めるため、市民農園や耕作放棄地を活用したNPOの活動に参加していて、それを通して「野菜よりも果樹の栽培」に可能性を見出していました。2014年に小豆島に移住したのは、オリーブ栽培の生産者と繋がりを持っていたからです。そこで夫は農業法人の仕事の手伝いをしながら就農の準備を進めました。

 

しかし小豆島は耕作放棄地が多く、ゼロからスタートすることが困難な状況でした。今後について悩んでいたときに、天草市の視察団が小豆島にやってきて、「これから農地を探すなら天草でも良いのでは?」と誘われ、2016年に天草へ行くことを決意。

 

運良く天草市の職員さんが就農できる土地と倉庫のある家も探してくれたので、スムーズに天草での暮らしをスタートすることができました。

 

── 農園も家も決めてからの再スタートということだったんですね。

 

筒井さん:

「果樹で就農すること」「実がとれる木がある農園を引き継げること」を条件に探したところ、天草市の農家さんから「高齢だからそろそろ誰かに譲ろうと思っていた」と、みかん農園を引き継げることになったんです。

 

私の方は、小豆島に住んでいた頃から始めていた保険営業の仕事を継続していたのですが、「住む場所を変えても会社員としての働き方を続ける限り、理想とするキャリアやライフプランは描けない」と実感するように。そこで副業としてライターの仕事を始め、独立の準備を進めていきました。

「収入ゼロにならない仕組みを作る」ため、夫婦それぞれで別の事業を展開しリスクヘッジを図る

 

── 旦那さんと一緒に農園を運営する、という選択はしなかったのですね。

 

筒井さん:

私たちの地方移住の目的は、時間や収入など、「自分でコントロールできる暮らしをすること」。そして、一つ仕事がなくなったとしても、「収入ゼロにならない仕組みを作ること」でした。

 

農業は自然の影響を受けやすく、動物の食害も受けやすいため収入は安定しないという面もあります。私たちは、それぞれ別の仕事をすることでリスクヘッジを図ることにしたんです。

 

夫はみかん農園と農泊の運営。私はライターとしての執筆と、2017年に始めたベーグルの製造・販売。ベーグル屋については、収穫したみかんを加工品として販売したいと考え、パン作りやお菓子作りについてオンラインレッスンなどで学び事業者登録しました。当初はワゴン販売をしていましたが、現在はECサイトのみの販売です。

 

これらの事業内容を夫婦できっぱり分けるのではなく、垣根をつくらず、相互に支え合っている関係です。

 

── 天草で暮らしを営む中で、パラレルワーカーへと展開していったんですね。天草市で暮らし始めた当初、どのような印象を持ちましたか?

 

筒井さん:

天草市は人も雰囲気ものんびりしている印象でした。子育て世代の家庭も少なく、移住者の数も少ないからか、近隣の方から声をかけてもらえることが多いです。近所のおばあちゃんから野菜をもらったり、子どもが外で遊んでいても、地域の人みんなが見守ってくれているように感じています。

 

── 現在二人の育児中とのことですが、子育て環境についてはいかがですか?

 

筒井さん:

今、7歳と5歳の子がいます。天草の小学校は「1学年に1クラス」と小規模で、町内に1つの小学校しかないため、上の子はスクールバスで通っています。いい意味でアットホームですが、クラスの中で何かしらのトラブルがあったとき、その中で解決するしかないという逃げ場のなさはデメリットとしてあると思っています。

 

人数が少ない分、競走も起きにくく「井の中の蛙」にならないとも限らない。でも、メリットとデメリットは都心にいてもあるわけですから、どちらが良いかは、人それぞれですよね。

 

── 今年の1月からは同じ熊本県内の宇土市で二拠点生活を始めたそうですが、お子さんの今後の教育の観点からの選択だったのでしょうか。

 

筒井さん:

子どもたちが天草に移住したのが上の子が2歳、下の子が6か月のとき。物心ついた頃から、天草での生活が子どもにとっての世界のすべてだったので、都心部での生活を経験させたいという思いもありました。

 

そこで今年の1月から、天草から車で一時間程度の宇土市に家を借り、「平日は宇土、週末は天草」という往復生活をしばらく続けました。

 

でも、いざ初めてみると、思っていた以上に大変ということを痛感して

 

掃除などの家事も二倍になり、車で片道一時間の道のりも、「果たして正しい時間の使い方なのか?」と次第に疑問に思うように。同じタイミングで天草在住の漁師さんと、新規事業立ち上げの話が具体的になってきたので、二拠点生活は4か月できりあげ、天草市に拠点を戻すことにしました。

 

上の子は「学校も家から近く、宇土の生活が楽しかった」という感想、下の子は「少人数の保育園に戻れて安心した」という感想を抱いているようです。

 

── お子さんによっても捉え方はさまざまなんですね。

 

筒井さん:

家から学校までの距離、クラスの人数子どもにとってどの環境がマッチしているかは分かりません。

 

ただ、想像していたことと実際にやってみたことでは大きな違いがあります。4か月間ではありましたが、子どもたちにとってポジティブな期間になってくれていれば嬉しいです。

「一時産業は“生産”だけじゃない」。さまざまな事業の可能性を示し、次世代の子どもたちにメッセージを贈る

── 今後は天草でどのような暮らしをしていきたいですか?

 

筒井さん:

移住当初、掲げていたライフスタイルを実現できた今、今後は地域のために還元できたらなと考えています。

 

今年の6月に、天草在住の漁師さんと一緒に販売会社を立ち上げ、天草産の農産物・海産物の販売や、加工品の販売、「みかんの木オーナー」などのサービスを展開しています。

 

これまで農業や漁業はお店やレストランなどの卸先への販売が主でしたが、ネット環境を活用すれば、個人へ商品やサービスを届けることができます。

 

一次産業としての「生産」だけでなく、アイデア次第で加工、販売へと事業を展開していくことができるんです。

 

天草で農業や漁業などを営む方の中には、「うちの子には高校を卒業したら家業を継いでもらいたい」という意見もあれば、「重労働で大変な仕事だから町の外にでて働いてほしい」という意見もあります。

 

でもそのような声に対して「子どもたちには、もっといろんな可能性があるよ」ということを伝えたいです。

 

生産のその先の加工品の企画をしたり、ECサイトを立ち上げたり、生産者同士でコラボして何か新しいサービスを作ってもいい。いったんは地元を離れ、進学したり、就職した後で地元に戻ったとしても、それまでの経験が漁業や農業に役立つ可能性だってあるんです。

 

私たちが「収穫・栽培から加工、販売までワンストップでできる」ということを示すことで、次世代の子どもたちの働き方の視野を広げることにつながればいいなと思っています。

 

さらにそれが、地方移住を検討しつつも、「地方でできる仕事はあるかな」と不安に思っている人たちに「地方でもいろんな働き方ができるよ」というメッセージになれば嬉しいですね。

 

 

「必ずしも仕事が住む場所で決まるとは捉えてほしくないです」と笑顔で話してくれた筒井さん。天草の暮らしの中で、豊かに事業を展開させていくことができるのは、可能性があるものに手を伸ばせる身軽さと、理想とする暮らし方に対しての強い軸を持っているからこそ。筒井さんの働き方は、地方移住を検討している人や、地方で育つ子どもたちの良きロールモデルとなってくれることでしょう。

 

PROFILE 筒井 永英(つつい のりえ)

OctEF合同会社代表。横浜市出身。元国土交通省職員で2児の母。2016年より熊本県天草市に家族で移住し、ライター、ベーグル・焼き菓子の製造販売、販売会社の代表など、パラレルワーカーとしてのキャリアを築く。

取材・文/佐藤有香