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「難聴者の未来を華やかに」をミッションに掲げ、聴覚障害を持つ人へのサポート事業を展開する会社を起業したひとりの女性がいる。
自らも重度の難聴を抱え、また難病児の母親でもある牧野友香子さん。明るく「華やかに」生きる、彼女のルーツについて話を聞いた。
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耳が聞こえないけどしゃべれる?どんな人だろうって
「デフサポ」代表の牧野友香子さんがYouTube「デフサポちゃんねる」を運営しているというので、視聴してみた。120万回以上再生されている動画では、夫婦で登場しふたりの馴れ初めを語っている。
こう書くとよくある動画のようだが、実際に観てみるとその内容はユニーク(独特)だ。難聴のユカコさんと、「聞こえる」だんなさんが出会った経緯を「ここまで赤裸々に話していいの?」と心配になるくらい、オープンに話している。
だんなさん
「耳が聞こえないけどしゃべれるって、なんかその対義語の組み合わせが、すごいキャッチーで気になって。どんな人なんだろうみたいな。しかもいい大学出て、いい会社に入っててみたいなの聞いたからすごいなーって。会ってみたいなって思って」ユカコさん
「盛り上がって『イエーイ』みたいな感じになって。その時の写真あったら(この動画に)貼ってもいいかも。あんま貼らん方がいいか(笑)」
会話にはすべて字幕がついているので、どこでもミュートで視聴できるが、電車の中での視聴には注意が必要。笑いがこみあげてくるエピソードが満載だ。
夫婦の馴れ初めであるキャンプについて話すふたりの会話で「ユカコの服装がすごかった」と語るだんなさん。
特に彼女が頭につけていたヘッドライトの眩しさが印象に残っていると話すが、それはユカコさんが暗闇でも読唇術を使えるようにと友人が用意してくれたヘッドライトだった。
ユカコさんは重度の難聴を抱えているため、人の声はほとんど聞こえない。
人との会話では読唇術を使い、相手の口の動きや表情から話の内容を読んで相手が伝えたいことを理解する。自分の気持ちを伝える際は、自らの口から言葉を発するため、手話を使うことなく会話ができる。
車の免許より先に、船舶免許取得。聞こえない世界も海外も同じ
ユカコさんとの会話は、難聴を抱えている人とは思えないくらい、早めのペースでテンポよく進む。そして、彼女は表情豊かでよく笑う。
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「考えるより先に動いちゃうタイプなんです。新しいことにチャレンジするのも大好き。私、車より先に船の免許を取ったんですよ。
大学生のときに船舶免許というものがあることを知ったときは、次の日には船を見に行って、すぐに免許取得のための教習をネットで予約しました。お母さんに事後報告したら『なんで船なん?』って突っ込まれて」
船舶免許を取得したあとに車の教習所に行ったので、ハンドル操作に慣れているユカコさんは「ヤンキーと思われてたかも」と笑う。
また、海外旅行が好きなユカコさんの、いちばんのお気に入りはメキシコ。海外では、筆談でコミュニケーションをとることが多いそう。
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耳が聞こえないなか、海外旅行に不安がなかったのかたずねると、「音のない世界も、海外も同じ」と話を続ける。
「メキシコで財布を落としてホテルのフロントで探してもらおうとしたとき、財布という単語がすぐに思い出せなくて…。
財布の入ったカバンだから、咄嗟に『マネーバック!マネーバック!』と伝えたら、ホテルの方が財布ではなく、アタッシュケースのような箱を思い浮かべちゃったみたいで…
結局財布は無事に見つかってよかったんですが、そんなこともありました」
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「こんな風に産んでごめんね」と言われたことはない
メキシコにポーンと行ったり船の免許を取る娘を見て、母親はさぞかし心配だったのではないだろうか。そこで、お母さんはどんな人なのか聞いてみると、「否定しない人」という答えが返ってきた。
「やっちゃだめ!とか、あまり言われたことがないんです。あと、誰にでも平等というかフラットな人です。それから『聞こえない子に産んでごめんね』って言われたことがないんですよ。そう思ったことがいっさいないらしいです」
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ユカコさんは、自身の母親ことを、「今思うと、時代を先取っていたのでは」と語る。昨今、ダイバーシティ(多様性)やインクルージョン(包摂性)が声高に叫ばれているが、ユカコさんの母親はそれを淡々と実践してきたのかもしれない。
「小学校に上がるときも、聾学校と地元の公立校どっちがいい?って、お母さんが聞いてくれました。いろんな選択肢があることを伝え続けてくれていたのはよかったと思います。
もちろん、友人たちに恵まれていたのもあります。『ユカコ、耳聞こえないんだ、ふーん』と、あまり特別視されない環境でした」
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お母さんは、ユカコさんが難聴という違いが原因でいじめられていることではなく、逆にいじめていないか心配だったという。
「あんたは言い方きついからって。私は、思ったことをぱっと言っちゃうんですよ。それで学校の先生から電話がかかってきたこともありました。
でも、口喧嘩するとき、友人は私に口の動きがわざわざ見えるようにしてくれていたんです 。今思うとすごく親切ですよね(笑)」
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母親から「ちゃんと話せなくてもいい。伝わればそれでいい」と言われて育ったユカコさん。「みんなは聞こえている。私は聞こえない。でも、だから何?」という感覚で過ごしていた。
「高校のときかな。ひとりでごはん食べてる子を見るとほっとけなくて、絶対に誘っちゃうんです。一緒に食べよって。それをお母さんに言うと『あんたそれ、ありがた迷惑やで』って言われました。たしかに、ひとりで食べたい人もいますよね」
最初の2年は給料ゼロ。それでもデフサポをやめなかった理由
ユカコさんは、自分が難聴を持つだけでなく、娘さんも先天性の骨の難病を抱えている。出産時にそれが判明し、どん底だったユカコさんを支えたのは、夫と母親だった。
「ふたりはどこか似ているような気がします。お母さんも『ユカコが育てられないなら私が育てるから』と言ってくれました」
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周囲に支えられて難病児を育てながら、障害を持つ子の親には圧倒的に情報がたりないと身をもって感じた。そこから、当事者の自分だからこそできることをしたいと一念発起して「デフサポ」を立ち上げた。
「初めは苦労しました。株式会社として立ち上げたので、療養施設でも病院でもないデフサポを怪しむ人がいたり、バッシングを受けることもあって。当時はデフサポのような会社はほとんどなかったし、事業内容が見えにくかったのもあるのかもしれません。
最初の2年はなかなか利益が出なくて、お給料はゼロ 。
実際に、講演先の企業に誘われたこともありましたが、5年がんばってみて、だめだったら辞めて就活しよう、と決めていました。でも、デフサポを必要としている人がいるから、どうしても続けたかったんです。
おかげさまで3年目から軌道に乗り始めました。聴覚障害者を取り巻く環境をよりよくするために、難聴児が直面する困難や、言葉の教材やカウンセリングをひとりでも多くの人に届けたくて、情報発信にも力を入れています」
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デフサポを通して、300〜400人の聴覚障害を持つ子とその家族に関わってきたユカコさん。たくさんの人の悩みに向き合い、必要な情報やサポートを届けるのは素晴らしい仕事だが、自分がしんどくなってしまうことはないのだろうか。
「それが、あまりないんです。大学時代に心理学を勉強したのが役に立っているというのもあるかもしれません。
話を聞いてその場で切り替えるというか、もちろん親身にはなりますが、プライベートに影響するほど抱え込むということはほとんどなくて。でも、相談してくれた方と一緒になって悩むことはたくさんあります」
たとえば、相談者の中には「子どもが補聴器をつけているのを人に見られなくない」と言う人もいる。
「人に見られなくないから、夜中にお散歩に行くとおっしゃっていて。いろんな人がいて、いろんな考えがありますよね。親御さんの気持ちもすごくわかるし。
でも補聴器が必要なのは理解されているので、補聴器が見えないようにツバの広い帽子をかぶる?とか、具体的な解決策を一緒に考えるようにしています」
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難聴児の選択肢のひとつとして、私がロールモデルになる
「聞こえない世界、聞こえる世界、どちらも選べるようにしておくことで、子どもが自分の成長や性格に合わせて、自分に合った選択をしていくことがとても重要だと思っています。
子どもたちそれぞれに合った選択ができるように、できるだけ選択肢を増やしておくことは、とてもいいことですよね。
でも、難聴を抱える子どもたちや親御さんは、そもそもの”難聴”についての情報や、人工内耳、聾学校などの情報が少ない中から選ぶのってすごく難しいと思います。だから、私自身が選択肢のひとつを示すロールモデルになれたら、と考えています。
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これからチャレンジしたいことはたくさんありますが、そのひとつが自分のことを発信すること。私のような生き方もある、ということをたくさんの方に知っていただき、必要としている人に情報として届けたいです」
そのひとつが先ほどご紹介したYouTubeなのかとたずねると、「そうですね。でも、YouTubeはあくまで会社のPRというよりも、皆さんに難聴のことも知りながら楽しんでいただけるエンタメとして発信していきたいと思っています!」という答えが返ってきた。
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取材中、真剣に話をしてくれるだけでなく、おもしろいネタも熱心に探してくれたユカコさん。彼女と話をしていると、昔からの友人と話しているような不思議な感覚を覚えた。
ユカコさん自身がデフサポのミッションである「華やかな未来」の象徴なのかもしれない。そして、この華やかさはユカコさんの内面の豊かさからきているのだと感じた。
帰り際、そう彼女に伝えると、「今日はこんなに褒めてもらえて、いい日やわ。気分いいわ〜」と、関西弁で少し照れながら笑った。とてもチャーミングな笑顔だった。
取材・撮影・文/桜木奈央子