2年前の4月、東京・池袋で高齢ドライバーによる暴走事故で、妻の真菜さん(享年31)と長女の莉子ちゃん(享年3)を亡くした松永拓也さん(34)。事故の「遺族」になって初めてわかった理不尽や困難さを、支援団体「あいの会」(関東交通犯罪遺族の会)代表の小沢樹里さん(40)とともに語ってくれた。
今でも日本の交通事故死者数は、1年で3000人ほど。いつ誰がその立場になってもおかしくないので、少しでも現状を知ってほしいというのがふたりの願いだ。
裁判で加害者に質問する
「6月末に進行中の刑事裁判で、被害者参加制度を利用して、被告人に質問をすることになっています。
今まで経験がないことなので、うまく質問することができるのか、被告人が真摯(しんし)に答えてくれるのか、そういう不安はあります。
ただ、どうなろうと2人の命や元の日常は戻らないので、やれることはやったと思えるように準備して臨むだけです」
松永さんは、被害者参加人として法廷に遺影を持ち込めないことに異議を唱えたこともある。
民事でも訴訟を起こし、メディアやSNSでも積極的に発信するのは、妻子の死を無駄にしたくないからだ…。
職場には1か月で復帰
「事故の後、職場には1か月で復帰して、裁判の準備や取材対応は終業後や休日にしています。休みをとってカウンセリングを受けることもあります。
やはり最初の数か月は、仕事にはまったく集中できませんでした。
上司や同僚には相談しましたが、妻や子どものことを思い出してしまい、トイレの中で休憩してしまうこともありました。
最近では、まったく問題のない日もありますが、どうしても駄目な日もあり波がある状態です。
事故直後は、忌引きや有給休暇などを組み合わせて1か月間、休むことができました。
この休みのおかげで現在、何とか仕事を続けられているのだと思います」
そんな考えから、松永さんは小沢さんらとともに犯罪被害者の「特別休暇」制度を企業に義務化する要望書を厚労省に提出した。
離職者が多く再就職は困難
2008年、埼玉県の「熊谷9人致死傷事故」で義理の両親を失った小沢さんが説明する。
「遺族が職場で事故の一報を聞いた場合は、それがトラウマになり職場にいづらくなることもあります。
職場で心ないことを言われる場合もあり、いったんは休職しますが復帰できず、そのまま離職する人も多いです。
特に中高年の年代になると、再就職も難しくなります」
莉子ちゃんのお誕生日会にて
被害者遺族は、ただ悲しんでばかりもいられないと小沢さん。
「さまざまな行政手続きもしなくてはいけません。
死亡届から年金や手当などの手続きなど、住民票だけで10枚も必要で、ショック状態のまま役所をあちこち回らなくてはいけないのです。
突然に遺族という立場に立たされ、ほかにも葬儀や裁判や取材対応など多くのことを自分たちでしなくてはいけません。
私たちが松永さんに連絡をとったのも、ほんの少しでも休んでもらいたい、1人で悩んで欲しくないという思いからでした」
「あいの会」が遺族に配布している「被害者ノート」には、預貯金からパスポートや新聞も含めて、残された家族がしなければならない手続きが20も挙げられている。
悲しみのなか、そんな作業と並行しながら仕事も続けた松永さん。
生活のためだけではない
「仕事を続けたのは生活のためだけではありません。社会とのつながりや生きがいを保っておきたかったからです。
企業側にとっても、今まで育て戦力になってきた人材を失うことは損失になります。
そのような人たちに、特別休暇を与えることはデメリットにならないはずです。
そういう選択肢もある社会になってほしいと思います」
悪意のない“気遣い”が……
遺族になって初めてわかったことや、ある種の“偏見”も松永さんは感じてきた。
「私がこうやってメディアやSNSで露出するようになったことで、あからさまな脅迫もありましたが、悪意のない人たちの言動にも苦しめられました。
“加害者もわざとしたことではないから、許す心を持つことが必要だ”と言われたことがありました。
私も人との争いは好まないので、誰よりもそうしたい気持ちはあるのですけれど…。
友人と会食の際に、たまたま笑ったときのことです。隣の席の人に“意外と元気そうでよかったです”と言われたこともありました。
遺族はいつも悲しみに沈んで、笑ってはいけないのかなと。生きていれば、ふとした瞬間に笑うこともあります」
妊娠を隠し通して…
小沢さんも別の遺族から、買い物や目立つ色合いの服装をしているときに「そこまで元気になって…」と、声をかけられた話を聞いたことがあるという。
「遺族も生きていれば外出はしますし、事故が起こる前に購入した服を着ることもあります。
“遺族はずっと悲しむもの”といようなある種の思い込みが、私たちをがんじがらめにしているように感じます」
実は、小沢さんは裁判中に第2子を妊娠していたが、出産までひた隠しにしていたという。
「別の遺族で、同じように子どもを授かった方が“悲しんでいない”と言われたことを聞いていたので、私はとても言い出せませんでした。
結局、私も“自分だけ幸せになっている”と言われたので悲しかったです。被害者遺族が新たな生命を育んではいけないのでしょうか」
怖いし辛いけれど…
松永さんは、そのような“偏見”について…。
「そういう心持ちや意見が人それぞれあるのは否定するつもりはありません。
名前や顔を出して活動することに決めたので、いろいろなことを言われるのは仕方ない。
怖いし辛いし…割り切って、受け止めないようにしています」
一通のはがきに心えぐられる
遺族は何げない郵便物に、苦しめられることもあると小沢さん。
「役所の手続き以外にも、“人を消す”作業は、苦しくて大変なことです。
誕生日や七五三など、ライフイベントの案内や手紙類などは特にそうです。
企業のダイレクトメールなどに登録されてしまうと、死後も自動的に送られてくるので、はがき1枚で心がえぐられることもありました。
手続きをしても送られてくることがあるので、すぐに対応してくれる“気づき”のあるシステムや社会になってほしいです。
最近では故人が遺したSNSも、そのままにしておくと拡散し、つながりのある関係者に迷惑をかけることあるので、対応に苦慮します」
桜のきれいな道を3人で…
最近は、親子3人でのこんな情景がよくよみがえるという松永さん。
「池袋の事故現場の近くに、妻が好きだった道があります。
何の変哲もない道ですが、春になると桜がきれいで、3人でよく歩いたことを思い出します…」
そんな日常を突如、奪ってしまう交通犯罪に私たちも、無関心であってはならない。
PROFILE 松永拓也さん
PROFILE 小沢樹里さん