森山至貴さん

共働きの夫婦が増え、対等なパートナーシップを求める人が増えています。それに伴い、SNS上では「配偶者の呼び方」についてたびたび話題に上がることも。普段何気なく使っている、配偶者の呼び方について考えます。

 

10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』の著者で社会学者の森山至貴さんにお話を聞きました。

妻の呼び方で、夫婦の関係性が他人に伝わる?

── 以前、企業のSNSアカウントが妻を「嫁」と表現したことで、不適切だと批判を浴びて話題になりました。第三者の前で「うちの嫁が…」と話す夫に違和感を感じる女性もいます。どう呼べばいいのでしょうか?

 

森山さん

嫁、家内、奥さん、かみさん…。男性が配偶者をどう呼ぶかは、実はその関係が「人からどう思われるか」につながっています。自分の配偶者のことを、その人がどう位置付けているかが、呼び方で第三者に伝わるんですね。

 

もともと「嫁」という言葉は、自分の妻というよりは、息子の妻や、男性側の家系に嫁いで来た女性を指すものですから、現代社会においてそう呼ばれることを嫌がる女性がいるのも当然でしょう。「家内」「奥さん」というのも同様に、男性と女性が主従関係にあると連想させる言葉です。男女が対等な関係であることを示すには「妻」が最も一般的な呼称です。

 

「『嫁さん』なら『さん』付けだからいいだろう」「女性差別を意図しているわけではない」という男性の声もあると思います。ただ、その言葉の由来やニュアンスを知った上でまだ使い続けるのだとしたら、「この人は他人に対して自分と配偶者との関係をどういうふうに見せたいのかな」と疑問を抱く人がいても不思議ではありません。

森山至貴さん

── 「みんながそう呼んでいるから」と、言葉の意味を深く考えずに使っている男性も多いのではないかと思います。

 

森山さん

半分はそうで、半分は違うと思います。言葉の由来を考えたことのない人は多いと思いますが、本当に考えていないのだったら今日から「妻」「配偶者」と言い換えても何も問題がありませんよね。にもかかわらずこれまで使ってきた表現にこだわるなら、しっくりこないと思う気持ちがどこかにあるからだと思うんです。その気持ちの奥にある妻への態度は見つめ直してみてもよいのではないでしょうか。

 

実は言葉の意味を知った上で使っていて、自分が「家の主人である」というニュアンスを言葉に含ませたいのかもしれません。

 

妻側も同じで、「夫」「旦那」「主人」など呼び方それぞれに、なんとなくニュアンスの違いがありますよね。これまでどれを使ってきたかにこだわらず、どれで呼んだら自分と配偶者との関係性をうまく伝えられるか、考えてみてください。

 

あなたが配偶者とフェアな関係を築いているということを言葉で表すなら、「夫/妻」または「パートナー」と呼ぶのがよいのではないでしょうか。

森山至貴さん

── インタビューなどで話を聞くとき、相手の配偶者をなんと呼べばよいのか迷います。適切な言葉が見当たらず、「ご主人さまは…」「奥さまは…」と表現してしまうことも多いです。

 

森山さん:

「ご主人さま」「奥さま」という呼ばれ方に違和感を感じる人もいるので、別の呼び方も知っておくとよいでしょう。気にしない人は気にしませんが、だからといって気にする人の心情を無視してよいわけではないですからね。名前の情報があれば、下の名前で「○○さん」と呼ぶこともできるでしょう。そのとき、夫だけを姓、妻を名前で呼んでしまうと夫婦の呼び方に上下関係が生まれてしまう場合もあるので注意が必要ですが。

 

おすすめは「お連れ合い」系のバリエーションです。「連れ」「連れ合い」「連れ合いさん」「お連れ合い」「お連れさま」「お連れ合いさま」と、フランクなものから丁寧なものへのグラデーションの中で、その場の状況にふさわしいものを選んで使っていくと便利です。

 

親しくない相手に使うとき、例えば接客のときなどにも「お連れ合いさま」は使い勝手がいいですよ。目の前にいる男女は夫婦ではなく、恋人同士かもしれないし、友人同士かもしれない。実はこちらの勘違いで同性同士かもしれない。二人の関係性に触れられたくないカップルかもしれない。いずれの場合でも失礼のない呼び方として使えますよ。

「過剰反応」ととらえるのは時代遅れになりかねない

── 男女平等の呼称といえば、最近、航空会社やテーマパークで「レディース&ジェントルメン」という呼びかけのアナウンスが廃止されましたね。

 

森山さん:

「最近はそういう時代だからね」で済ますのではなく、時代の蓄積によって、長く問題視されていたことが広く認識されるようになったと考えてみてほしいと思います。「レディース&ジェントルメン」と呼ばれると、自分が含まれていないと感じて傷つく人がいた。そういう人たちを排除していいのかと企業が考えた結果、アナウンスが変わったわけで、「よくわからない時代の流れ」ではありません。

 

悲しむ人、困っている人、嫌がっている人がいる一方、傷つけたくない人たちがいて、世の中にこういう変化が起きています。川の流れのような自然なものではなく、誰かが行動を起こしてこうなったと考えることが重要です。

森山至貴さん

── これをしたらどこかに傷つく人がいるかもしれないと、想像力を働かせることが大事ということでしょうか?

 

森山さん:

それもあると思いますが、それらは想像上の産物ではないんですよね。現実的に「嫌だ」「困っている」という人はずっといたけれど、誰も耳を傾けていなかったんです。私たちはもっと「やめてほしい」「助けてほしい」という人の声を、聞いたほうがいいのではないでしょうか。

 

それは配偶者の呼び方もそうですし、エスニックマイノリティ(民族的少数者)や障害者の問題なども同様。「いままで当たり前とされていたことは間違っているんじゃないか?」と訴えている人がいることに人々が気づき始めたのが、いろいろな変化が起きている根本理由だと思っています。

 

── 冒頭で述べたとおり、無自覚の発言が女性蔑視と捉えられて、企業のSNSや芸能人の発言が炎上してしまうことも。このような風潮に「過剰反応だ」「生きづらい世の中だ」という反論する声も耳にします。

 

森山さん:

私は、誰かが差別発言をしたときに、それに対してSNSで抗議・批判している人を過剰反応やクレーマーだとは思いません。ただし、SNSで炎上させている人の中には、そもそも差別発言が悪いことだとは感じていなくて、にもかかわらず興味本位で群がっている人たちが一定数いるのも事実です。

 

炎上すると火がものすごい勢いで燃え広がり、本当の問題点が煙の中で見えなくなってしまうことがあります。そうならないように、私たちは「何が抗議されていて、何が争点なのか」から目をそらさずにい続けることが大事なのです。

 

 

「配偶者の呼び方問題」は、ここ数年でとくに注目され始めたように感じます。自分にまったく悪意がなくても、無意識のうちに相手に誤解を招いたり、人を傷つけたりしてしまうことがないよう、心に留めておきたいものです。

 

Profile 森山至貴さん

森山至貴さん
1982年生まれ。社会学者。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教、早稲田大学文学学術院専任講師を経て、現在、同准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)など。

取材・文/大野麻里 撮影/中野亜沙美