互いの“好き”と“得意”を生かして活動する「夫婦ユニット」。今回は東東京の下町・北千住で日本茶喫茶やシェアハウスの運営、日用品販売、イベント企画などを手がける『KiKi』のお二人を尋ねました。
7か月間かけ、古民家をセルフリノベーションしたという店内には、ものづくりへの丁寧な姿勢と、心地よさを実感できる暮らしが詰まっていました。
古民家のセルフリノベーションとともに築き上げた夫婦ユニットという働き方
── イベントスペースとしての『KiKi北千住』がオープンしたのが2018年。お二人のユニット名も「KiKi」ですが、名前の由来は?
まさたろうさん:
二人の苗字から一文字ずつ取っています。でも名付けたのは僕らではなく、このお店の改装を手伝ってくれた建築家の友人なんです。ある日、彼が持ってきた資料の表紙に「KiKi」と書いてあって。「これは?」と聞いたら「君たちのユニット名だよ!」って。
── そんな裏話があったとは(笑)。現在は日本茶喫茶の運営や、食器などの日用品販売もしていますが、オープン当初はイベントの企画と運営がメインだったんですよね。
まさたろうさん:
そうですね。学生時代から空間デザインを学んできたこともあって、「場づくり」をしたいという思いを叶えたかったんです。妻と住居探しを始めるタイミングで、「自宅にイベントスペースも兼ね備えたい」と提案しました。
オープン当初は、出来立ての和菓子を味わうイベントや、作家さんの個展、日本茶イベントなどを開催していました。
ちさとさん:
「どんな場所にするか」のコンセプトは夫に任せました。私がこだわったのは、「自分たちで改装できる古民家」であること。以前から古民家に憧れがあって、二人の生活を築くなら好きな世界観の場所に住みたい。さらにそこで暮らすなら、誰かに作ってもらった家ではなく、自分たちが手を動かして造りたかったんです。
まさたろうさん:
内装のレイアウトは妻のアイデアを取り入れています。一軒家丸ごとのリノベーションに携わった経験はこれまでなく、二人で勉強しつつ、知人や友人の助けを借りながら7カ月かけて進めました。
──「暮らし方をデザインする」夫婦ユニットとのことですが、最初から「こういうことをやろう!」と明確な方向性は持たずにスタートしたということなんですね。
まさたろうさん:
互いに仕事に関して似た感覚を持っていて、「働くことと生活を一緒くたにしたいね」という話は以前からしていました。ただ、はじめから一緒に働くビジョンがあったわけではなく、ここの改築を通して、互いの役割や、これからやりたいことが少しずつ固まってきて、自然と夫婦ユニットが出来上がったという感じ。常に「なんとかなる」と言う精神で一歩一歩前進しています。
ちさとさん:
改築中は、この場所が今のような仕事につながっていくとも思っていなかったです。私たちがいいなと思ったこと、やりたいと思ったことを幅広く手がけているので、明確なコンセプトはありませんが、「自分たちに身近な暮らし」というのを軸に活動しています。
まさたろうさん:
2020年6月には「もっとこの場所を生かした空間づくりをしたい」という思いから、日本茶をメインにした喫茶スペースを設けて、日本茶や甘味の提供を始めました。僕の実家が旅館を営んでいたこともあり、日本文化は身近な存在。日本茶への興味も学生時代からでした。会社勤めの傍、日本茶の淹れ方や茶葉についての学び、友人と日本茶のプロジェクトを立ち上げたりしてきた経験、和菓子職人さんとのご縁が今につながっています。人と物との縁を大切に、ゆったりと前進し続ける
──『KiKi北千住』で提供する日本茶の商品開発も、まさたろうさんがされたそうですね。ちさとさんがカウンターに立ってお茶を淹れることもあるとか。
ちさとさん:
最初は夫の見様見真似でしたが、毎日淹れて飲んでいると詳しくなってきて、「美味しいお茶」とはどういうものかがわかるようになってきました。
私たちにとっての「お茶」は、単なる飲み物ではなくて、「時間を作ってくれる」存在。忙しくてもお茶を丁寧に淹れて、二人で飲む時間を設けたら、ほっと肩の力も抜けて、リフレッシュできる。だからここで提供している日本茶も「時をつくるお茶」と名付けたんですよ。
──美味しさの“その先”にあるものを味わってほしいという、お二人の気持ちが込められているのですね。店内の家具や取り扱っている日用品も、この空間に馴染んでいて素敵です。
ちさとさん:
2021年3月から、店内で器や靴下などの日用品販売を始めたのですが、ディスプレイに使っている棚や什器は、取り壊しが決まった蔵や家屋から頂いた建具などをリメイクして使っています。インテリアだけでなく、取り扱っている商品も私たちと何らかの「つながり」がある物ばかり。人や物とのご縁を大切にしたセレクトを心がけています。前職では量産型のものづくりに携わっていたということもあり、「一点ものではない物の魅力」も理解しているつもりなので、手に取りやすい価格で、なおかつ生活が豊かになるようなもの。そういう目線で選んでいます。
──お二人との縁ある品々が、今の『KiKi北千住」に詰まっているんですね。以前は足立区に訪れたことがほぼなかったということですが、拠点を構えてみていかがですか?
まさたろうさん:
僕たちの「やりたいこと」が叶う物件を探して、行き着いたのが北千住のこの場所だったわけですが…。実際に暮らしてみると、ちょうど良い下町感があって生活しやすいです。僕の地元のようなコミュニティーが息づいていて、お店をやっている人同士の顔が見える関係性を心地良く感じています。
──仕事のパートナーに「家族」を選ぶということは、お二人にとってどのような意味を持っているのでしょうか。
まさたろうさん:
もともと僕たちの実家が自営業だったこともあり、「家族と働く」ということは、自然な感覚でした。
会社の同僚との相違点を挙げるとすれば、生活や人生を共にしているので、より根本の価値観を理解し合うことができるということでしょうか。それによって人格やスキルは2人だけどまるで1人の人間ように振る舞うことができ、小回りが利いたり、生活と仕事のバランス感覚や、進みたい方向を微調整しながら、納得感をもって進んでいけるんです。
ちさとさん:
フリーランスとして、ソロで活動をするよりも心強く、やれることも多いです。責任やリスクは伴いますが、自由であり、「人生を自分たちで決めている」という感覚があります。
──結成3年目になりますが、夫婦ユニットとしての楽しさや難しさはどんなところに感じていますか?ときには喧嘩をすることもあるのでは?
ちさとさん・まさたろうさん:
喧嘩はないんですよね(笑)。
まさたろうさん:
僕が「場づくり、喫茶」、妻が「デザイン、物販」の役割分担になっていますが、共同でやることも多いです。
結婚前から意見がぶつかることはほとんどなくて。互いの好きなテイストとやりたい方向性が似ていたんだと思います。妻が手がけるリーフレットなどのデザインも、いつも僕の好きなテイストで上げてきてくれる。そういう安心感がありますね。
ちさとさん:
今、千住にあるシェアハウスの運営もしているのですが、そこに10カ月になる娘と3人で住んでいます。「第三者が暮らしの中にいる」という空間が、今の私たちにはちょうど良く、気持ちに余裕も生まれているように感じています。これが喧嘩をしない秘訣なのかもしれませんね(笑)。
まさたろうさん:
夫婦ユニットの活動は、プライベートと仕事がごっちゃになりがち。二人で完結できてしまうのでなおさらです。課題を上げるとしたら、他の人が入る余地が作れないということかもしれません。
それが嫌だとは思わないですが、いろんな人と意見や時間を共有することも大切だと思っているので、意識的に他の人をプロジェクトに巻き込んで、閉鎖的な活動にならないようにしています。
──子育てと仕事の両立はどのように工夫されているのですか?
ちさとさん:
私が子どもの世話をしている時は、夫がプロジェクトの打ち合わせや、お店の運営を担当しています。その逆も然り。時には娘と一緒に私がお店のカウンターに立つこともあります。
──仕事内容をシェアしやすい夫婦ユニットだからこそのバランスの良さですね。今後チャレンジしたいことや、新しい取り組みがあれば教えてください。
まさたろうさん:
今後も月一のペースで展示販売会などのイベントを企画予定です。昨年ご好評いただいた、「うなぎの寝床」さんの“もんぺ”の販売会の企画や、日本茶を使ったポップコーンの開発も進めているところです。
また、世田谷にある古民家を改装した「シェアカフェ」のプロデュースを任されていて、今後も機会をいただければさまざまな「場づくり」に携わっていきたいですね。
…
「やりたいことを叶えたい」という思いは、時に人を焦らせます。しかし二人の間には、常にゆったりとした穏やかな空気が漂っていました。
世間の慣習に乗るのではなく、自分たちが「いいな」と思うことを自分たちの歩幅で実行するKiKi。二人が手がけるお店やイベントからは、「豊かな暮らし」へのヒントを見ることができました。
Profile:KiKi
まさたろうさん 長野県出身。大学では環境デザインを専攻し、卒業後は不動産会社にてホテルの開発事業に携わる。日本茶専門店の勤務を経験した後、2018年に独立。KiKiの「場づくり&喫茶」担当。
きさらちさとさん 東京都出身。美術大学でデザインを学び、デザイン日用生活品の商品開発を行う会社勤務を経て独立。KiKiの「デザイン&物販」担当。
取材・文/佐藤有香 撮影/大童鉄平