仕事で抜擢されても不安が募り、結果を出しても自信がない…。以前に紹介した記事「褒められてもツライ、結果が出ても自信なし
…インポスター症候群」(※)では、そう考える人が増えている状況を取り上げました。この問題に1企業として取り組む全身脱毛サロン「KIREIMO(キレイモ)」を運営する(株)ヴィエリス・CEOの佐伯真唯子さんに具体的な対策などを伺いました。
昇格ポストを辞退する女性に危機感を覚えた
—— まずは、「インポスター症候群」の取り組みを始めたきっかけから教えてください。
佐伯さん:
KIREIMOの立ち上げを進めて2、3年たった頃のことです。店舗のマネージャーに抜擢した女性スタッフから「私には、責任が重すぎます。ムリです」と言われたことがきっかけです。正直びっくりしました。私自身も元エステティシャンで、ずっとキャリアを積みたいと思っていたため、選ばれたポストに自分から辞退する選択肢があるのかと。
そのとき、ちょうど国連の方と話す機会があり、「それは“インポスター症候群”と言って、アメリカでも問題になっている症状だよ」と教わり、自分への過小評価から不安を覚える人が多いことを知りました。
周囲から「マネージャーは、あなたしかいない」と思われているほど、彼女は仕事ぶりを評価されているスタッフでした。しかし、彼女がそれを“重い期待”として捉えてしまっていたのです。
マネジメントをする立場としては、キャリアアップしたいと思う人が少なくなる危機感を覚えました。彼女が辞退すれば、周囲が「彼女のように実力のある人でもマネージャーは務まらないほど大変な仕事だ」と捉えるようになり、もし自分が実力をつけても、「ムリだろう」と、ネガティブな空気を広めてしまう恐れも感じました。
実は、私自身も“インポスター症候群”の経験があったため、この事態をより深刻に考えていました。KIREIMO(キレイモ)の事業を立ち上げた当初、中心メンバーとして本部長に抜擢された時です。自信のなかった当時の私は「私よりも他の人が適任なのではないか」「私なんかが大勢のスタッフをまとめることができるのか」などと悩んだ覚えがあります。
不安を1人で抱えず、意見を言える人が増えていった
—— 確かに、「インポスター症候群」はマネジメントにおいて大きな問題になりますね。それでは、これに対し企業としてどのような対策を行いましたか。
佐伯さん:
まず、私も含め“インポスター症候群”を知らない人が多かったため、社内で正しい情報を広めるよう啓蒙活動をしました。具体的には、“インポスター症候群”に関するセルフチェックアンケートを社内で実施して、スタッフの自覚を促しました。
また、自己評価が低い人にありがちな“インポスター症候群”には、自己を肯定的に評価することがよい対策になります。そこで、心理カウンセラーを招いて、店長やマネージャー100名ほどに対し、自己肯定感を持つことの大切さについての講習会を開催したり、全スタッフのフォローアップ研修に講習の内容を取り入れてみたりしました。
そのほかには、ホンダが行っているミーティング手法“ワイガヤ”をアレンジした話し合いの場を設けました。みんなで集まり、対面式で話し合うのではなく、あえて塗り絵のような作業をしながら話すことで、それぞれの本音を引き出して悩みを話しやすい環境を作れたと思います。
このような取り組みによって、 “インポスター症候群”に陥りそうなスタッフにすぐに気づき、フォローすることができるようになってきました。
—— 社内でそのような大規模な取り組みをしたことで、大きな変化が見られたのではないでしょうか。この取り組みに対する効果について感じたことはありますか。
佐伯さん:
インポスター症候群の社内認知が上がったことを実感しましたね。スタッフ自身が仕事で不安を感じてモヤモヤしているときに「私、“インポスター症候群”かもしれないんです」と言えるようになるなど、自分の状態を分かるようになったのが、一番よかったです。
症状を自覚すると、「これは本当の私ではなくて“インポスター症候群”のせいなんだ」と考え、自分自身を客観的に見ることができているようです。お風呂に入ってリラックスしたり、小さなご褒美を与えたり、気分を切り替えるためにさまざまなことをして自分なりに解決策を見つけるようになりました。
そのような状態が自分だけではないと理解してもらえたことも大きいですね。インターネットの記事で拝見したのですが、アメリカの女優のエマ・ワトソンさんや元ファーストレディのミシェル・オバマさん、FacebookのCOOシェリル・サンドバーグさんも、自分が“インポスター症候群”だったことを発表しています。うちのスタッフにも、「このような成功者でも陥ってしまうんだ」と勇気を与えて、恥ずかしいことではないと思ってもらうことができました。
さらに、研修などを経て、ふだんから自信がついてきたのも感じました。それまでは面談をしていると、“インポスター症候群”対策がメインになってしまい、こちらが励まして自信をつけてもらうケースが多かったです。
しかし、その必要がなくなり、心理的なものでなく仕事の課題を自分から見つけられるようになりました。承認欲求が減って、精神的に自立したのだと思います。ほかには、「私なんか…」と周りを気にしていた人が、自分の意志をはっきりと伝えられるようになる変化も見受けられました。
若い人にもインポスター症候群を知ってほしい
—— 取り組みによって、スタッフの方々が個人で解決できるようになったというのは、素晴らしいですね。「インポスター症候群」の取り組みに関して、今後どのような展開を考えていらっしゃいますか?
佐伯さん:
“インポスター症候群”に陥ったときの対処法としては、このような症状に悩んでいるのは自分だけではないことを知り、実績を積むことで自分を信じてあげられることが効果的です。特に後者は時間がかかるものなので、啓蒙活動や傾向が強いスタッフ同士での対話の会などを行って、会社全体で徐々にサポートしていこうと思っています。また、これらの対処法などをもっと盛り込んで、社内研修をより充実させていきたいですね。
さらにJTBさんとタッグを組み、女子校を中心に講演やワークショップを開催して、若い世代への認知度も上げていこうと考えています。そして、今年はニューヨークの国連本部の報告会に参加する予定なので、世界がどのような対策を行っているのかを聞いて、私自身もさらなる知識を深めていきたいです。
せっかくの仕事のチャンスも自分にはムリだと思い込み、消極的になってしまう“インポスター症候群”。放置しておくと、本人にも周囲にも悪い影響を及ぼしかねません。部下や同僚など職場で悩む人を見つけても、自分が“インポスター症候群”に陥っていることに気づいていないことも。まずは、その人たちが“インポスター症候群”の自覚を持つためにはどうしたらいいか、考えることが大切です。
PROFILE 佐伯 真唯子
取材・文/廣瀬茉理