自分で産んだ子はみんな、かわいいはずなのに、なぜか上の子だけ素直に愛せない。
デリケートかつ深刻な母親の悩みについて、恵泉女学園大学学長であり、発達心理学が専門の大日向雅美さんに伺います。
前回は、わが子たちに愛情の差をつけてしまうことは、連綿と繰り返されている歴史的な事実であり、課題であると教えていただきました。
それでは、その課題と私たちはどう向き合うべきなのでしょうか。解決の糸口を探ります。
「自分も子どもも悪くない」の意識を日々重ねて
── わが子を平等に愛せない…と気づいたら、親はどうしたらいいのでしょうか。
大日向さん:
一番大事なのは、子どもの悲しみを想うことですね。
子どもは誰よりも愛を求めていますが、絶対的弱者でもあります。冷たい態度で、年端もいかない子どもの心を傷つけていいはずがないことは、みなさん、よくわかっていらっしゃることと思います。親としてというより、人として避けるべきことではないでしょうか。
この点をよくかみしめて、できるだけ状況を分析、認識することに努力できたらと思います。
「この子が素直じゃないから」「聞き分けがないから」「悪いことをするから」…では決してありません。それは親が自分の弱さに目を閉じて、子どもに責任転嫁していることになりかねません。
でも、親が自分だけを責めることはやめましょう。つらくなるだけ。責めても何の解決にもなりません。むしろ、なぜかわいく思えないのかについて、客観的に考えてみることができたらと思います。家庭環境の問題、自分が疲れている等々、原因はいろいろあると気づいて、それから、どうしたらこの子を幸せにできるか、と解決の道を探ってみたいと思います。
繰り返しになりますが、自分自身を責めないことです。自分を責めたら、立ち上がる元気も出ません。自分だけじゃなくて、こういうことは誰にでも起こることなんだ、私もその穴にすぽっと入ってしまったんだ…と認識することから、始めましょう。
そうして、その穴からどうやって抜け出そうかを考えたいですね。
── 具体的にはどのような行動を起こせばいいのでしょうか。
大日向さん:
家の中のいつも見えるところ、例えば冷蔵庫などに、自分がやってはいけないことを書いて貼ってみてください。
下の子だけ褒めるとか、おやつの分配に差をつけるとか、どちらかの子だけ連れておでかけをするとか。今まで子どもに自分がしてきたことで、「良くない」と思っていることを書き出しておきます。
一日のはじめに見て、「絶対に守ろう」と心に誓う。一日の終わりに〇、△、×と振り返る。もし×がついても、なんで×になっちゃったんだろう…と考える。責めてはだめです。今日は朝から晩まで休む暇がなかった、こんなスケジュールじゃ疲れてしまって、誰でもそうなっちゃう、と思うこと。そして、昨日よりも〇が一つでも増えていたら、「良かったね」とご自分を褒めてあげてください。
── 「やってはいけないこと」「言ってはいけないこと」は、頭ではわかっていても、顔を見るとつい…ということもあるように思います。
大日向さん:
たしかに、そうかもしれませんね。そんなときは、少しの時間でいいので、子どもの前から姿を消してください。ベランダでも、お手洗いでも。一瞬でもいいからその場を避けることです。
そして、それができたら、また自分を褒めてあげてください。「あぁ、よかった、あのとき子どもに鬼みたいな顔をせずにすんだわ」「トイレに逃げられたわ」と。
日々、こういったことを試行錯誤して繰り返すうちに、解決に向かっていきます。言葉を行動にする、そして、その行動を習慣化する…この繰り返しで、抜け出せる日は必ず来ると信じてください。
「やってはいけない」を可視化するマルトリートメント
── 「やってはいけないこと」をやめられないのは、虐待にあたるのでしょうか。
大日向さん:
程度によります。それらをすべて「心理的虐待」とか「…症候群」と単純化してしまうことは、親を必要以上に苦しめて、かえって危険ではないかと思います。
最近はもっと広義で「大人の子どもに対する不適切なかかわり」を意味する「マルトリートメント」という言葉を使うことがあります。
「マルトリートメント」には、子どもへの言動が、子どもの生命に危険を及ぼす可能性があって、専門機関が介入する必要があるレベル(レッド・ゾーン)、専門機関や周囲の人の支援を得て、なんとか大きく子どもの心身を傷つけずに済むレベル(イエロー・ゾーン)、一所懸命に子育てをしているのだけれど、疲労やイライラがたまって、つい手をあげたり声を荒らげたりするレベル(グレー・ゾーン)等、丁寧な区分けをしています。
それによって対処方法も異なります。周囲は簡単に虐待などと決めつけるのではなく、必要な支援を届けるべきですし、親もできたら自分が今どのゾーンにいるのか見極めて、必要な支援を周囲に求めていけると良いかと思います。
「大好きだよ」と演じることが真実になる
── 自分の苦しみや状況を正直に子どもに伝えてもいい?
大日向さん:
「ごめんなさいね」という感情は伝えていいと思います。
そのときに、「本当はあなたのことが大好きなのよ」と、仮に事実と違っても言ってあげてください。「でも、なかなか優しくできなくてごめんね」と。
まずは言葉だけでも、生まれてきてくれて嬉しい、大好きよと言い続けることです。はじめは本心でなくても、いいんです。続けることで、それが事実になっていきます。決して、「かわいくない」ということは言ってはいけません。
── 子どもが、「下の子ばかりかわいがってる!」などと言ってきたら?
大日向さん:
「気づいてなくて、ごめんね」と謝ってください。子ども自身がそう訴えてきたときは逆にあまり心配はないと言えます。自分の感情を表現できていますし、訴えても大丈夫と、親を信頼しているからです。
一方、何かしら違和感は持っているはずなのに、子どもから何も言ってこない場合は、もしかしたら無意識に一人で抱え込んで我慢しているかもしれません。大人が思っている以上に傷ついていることもあります。
「ママ、あなたに冷たい?」なんて聞いても、子どもが「そうだ」とは言えないことも少なくないでしょう。
本心を引きだすのは難しいので、例えば、たまには二人きりでおでかけしてみるとか、頭をなでてあげるとか、いつもと違うことをしてみると、子どものほうから胸のうちを話してくることもあります。そのときはすかさず、「そうだったの、ごめんね。あなたのこと、大好きなのよ」と言葉で伝えてあげてください。
問題の本質は、別のところにあるかもしれない
── 子どもがもう思春期に入ってしまった場合でも間に合いますか?
大日向さん:
人生、何事も遅いことはないと私は思っています。親子関係は一生もの。思春期といってもまだ十数年しか経っていないと思って、気づいたときがスタートです。
それくらいの年齢になったのであれば、正面から向き合って、「あなたを苦しめて、本当に悪かった。でも、私も苦しかった」ということを伝えてもいいのではないでしょうか。子どももつらいけど、親も苦しんできたのです。
── どうしたら負のループから抜け出せるでしょうか。
大日向さん:
わが子を愛せないと自分を責めてしまうお母さんは、体に不調があるかもしれませんし、夫婦関係や仕事上の悩み等々、別の問題が重なって、心に重い負荷がかかっていることが少なくありません。
わが子の問題以前に、もしかしたら自分の幼少期の経験や何かしらのトラウマがそうさせているのかもしれない。人間はいろいろなファクターが重なって今がありますから。
自分ひとりで解決しなくては、と思い詰めないでください。こういうことは自分自身では気づきにくいことですので、専門家のカウンセリングを受けることもおすすめします。
── どういうところに相談したらいいのでしょうか?
大日向さん:
行政が行っている乳幼児相談や思春期相談、地域の女性センターなどの窓口にまず行ってみると良いかと思います。地域内にある適切な場所を紹介してくれることもあります。
相談するときは、どんなささいなことでもいいんです。育児に疲れていますとか、こんなきつい言葉を言ってしまってとか。
相談員さんとの相性もありますから、合わないなと思ったら、別のところに切り替えてください。
自分で決めれば、過去は克服できる
── 親子関係は一生続くもの。この問題から死ぬまで逃れられないような気がしている読者もいるかもしれません。
大日向さん:
過去の記憶は今がつくります。つまり、私たちは過去に引きずられて今を生きるのではないんですね。前を向いて生きていこうと思ったときに、過去を新たに見直すことができるということです。
つらいこと、楽しいこと、いろいろあったかもしれない。でも、今これからをどう生きていくのか、顔をあげて、前をしっかり向こうという気持ちで、過去も克服できたらと思うんですよ。
そして、悩んでいるということは、子どものことを大事に思っているからこそ、と思いましょう。客観的に見ていい親じゃないかもしれない、立派な親じゃないかもしれない。でも、あなたは悩んで、一生懸命考えています。悩んだ分だけ深みのある親になれると思います。そして、そんなあなたを子どももきっと、受け入れてくれるはずです。
大日向雅美(おおひなた・まさみ)さん
取材・文/笠原美律 写真提供(大日向さん)/アートスタジオ スズキ