親世代では「ブロンドの髪」「スタイル抜群」といったイメージが強いバービー人形。アメリカ生まれのこの人形は、元々は女性を応援するために作られたものでした。現在でも、女性のさまざまなキャリアやスタイルを表現するべく挑戦を続けています。
また、近年ではダイバーシティを意識してバービーとは別ブランドで人種やジェンダーにこだわらない人形も生まれています。女性に夢を与えてきたバービーの背景から現在の立ち位置について、マテル・インターナショナルでマーケティングを務める小林真弓さんに伺いました。
コンセプトは「You can be anything」
—— バービーはアメリカ発の人形ということもあり、金髪でスタイル抜群な点が特徴的です。まずは人形のコンセプトについて教えてください。
小林さん:
創業者のルース・ハンドラーが、自身の子育て中に娘のおもちゃの選択肢が息子と比べて少ないと感じたことが、バービー誕生のきっかけです。男の子は消防士、宇宙飛行士、医者などいろいろな職業のごっこ遊びが体験できるのに、当時の女の子は母親か介護士以外の選択肢がなかったと言われています。ルースが「女の子だって多様な選択肢があっていい。将来も何にだってなれるはず」と感じ、1959年ニューヨークでバービー人形が誕生しました。
—— 世界的にも女性の社会的自立が叫ばれ始め、のちにウーマンリブ運動(女性解放運動)が始まった時期ですね。
小林さん:
その通りです。ただ、今でこそダイバーシティが叫ばれていますが、当時はまだそうした考えが浸透していなかったため、事前の評判では厳しいのではないかとされていました。ところが発売してみると、展示会での反響は大好評だったと聞いています。
バービーは初期から客室乗務員やエグゼクティブキャリア女子など、女の子のキャリアをイメージするスタイルを発表していました。女の子があまりならなそうな職業に就いていたりもするんですよ。例えば1965年には、宇宙飛行士として人類より4年も早く月に降り立っているんです!
—— 現実よりも早く、女の子の夢を先取りしていたんですね!
「ブロンドでスタイルが良い」から黒い肌色、小柄も…バービー像の変化
小林さん:
「ブロンドで、スタイルが良くて…」といったバービー像も、変わってきています。1980年には黒い肌色とヒスパニック系、85年にはピンクのスーツを着たCEO、2016年にはカーヴィーな体型、小柄な体型、長身の体型の3種類を発表するなど、時代を見据えた形へと進化を遂げています。
また、ボーイフレンドのケンのビジュアルも変わってきているんです。ブラックやヒスパニックと9種類の肌の色のほか、現在ではバービーもケンもともに、3種類の体型、10の瞳の色、27の髪の色、20の髪型と、ファッショナブルスターとして多様化しています。
—— 数多くのモデルがあるんですね。いわゆるバービー人形のイメージとは違っていて、少し驚きました。日本で人気があるのは、どんなバービーなのでしょうか?
小林さん:
日本ではブロンドでスタイルの良い、オーソドックスなバービーが一番人気ですね。というのも、日本ではすべての種類のバービーが販売されているわけではないんです。それでも、最近でいうと、60周年の2019年に発売された車椅子姿のバービーは非常に珍しく、実際の車椅子ユーザーをはじめとして多くの方から反響がありました。
—— すべての種類が発売されていないということは、国の文化・社会背景によって、それぞれ販売されているモデルが異なるのですか?
小林さん:
そうですね…。「人種のサラダボウル」と呼ばれるアメリカと比べると、日本ではなかなか社会的にも土壌が根付いていないこともあり、日本で展開しているのは全体の約2割ほどです。「ファッショニスタ」と呼ばれるファッションシリーズ、ペットショップやアイスクリーム屋さんなどのお店屋さんごっこができる「おしごと」シリーズ、末っ子のチェルシーや家、車などを含む「ファミリー」カテゴリー、コレクターや限定モデルを扱う「大人向けドール」、そのほか販売店が限定されている「サプライズトイ」ですね。
—— 本国で人気がある歴史上の著名な方々をモデルにした「ロールモデル」など、女性をチア・アップするモデルの取り扱いがそもそもないことからも、日本におけるジェンダーの壁を感じてしまいますね……。
小林さん:
ただ、今後は徐々に変わっていくのではないかと考えています。バービーとは違うブランドになるのですが、「クリエイタブル・ワールド」という人種やジェンダーにこだわらない人形は、日本未発売ながら私たちも驚くほど日本でも多くのメディアで取り上げられました。子どもよりは大人の方たちが興味を持ってくれている気がします。
クリエイタブル・ワールドは、100以上のルックスが1つのキットになっており、髪の長さやスカート・パンツスタイルなどを自分で自由に作成できる人形です。近隣国で挙げると、多国籍の方が多く暮らしているオーストラリアではすでに発売されています。
—— 着せ替え感覚でジェンダーを飛び越えられる人形だなんて、とても面白そうです! 日本でも早く発売されるようになるといいですね。
人形遊びは共感・情報処理能力を発達させる
—— 歴史のあるバービーは商品のバリエーションも発売当時と比べて増えていますが、昔と今で遊び方の違いに変化はありますか?
小林さん:
女の子をサポートする「You can be anything」というコンセプト自体は変わっていないので、商品は変わってきていますが子どもたちの基本的な遊び方は変わっていません。バービーでおしゃれ遊びを楽しむことでファッションを通じて自分を自由に表現できること、さまざまなキャリアドールに触れることで「こんなキャリア(職業)があるんだ!」という気付きを得てもらいたいと考えています。
—— 幼少期では社会学やジェンダーについての深い理解は難しいかもしれませんが、遊びを通じて、自然と新しい考え方を学べたら素敵ですね。
小林さん:
それだけではありません。米国のマテル社と英国カーディフ大学の神経科学者による共同研究によると、人形遊びはたとえ一人で遊んでもタブレットゲームで遊ぶよりもはるかに共感や社会情報処理能力を発達させるとの結果が出ています。しかも性別を問わず、男の子と女の子、両方で等しい結果が出ています。
—— 男児を育てる親からは「男の子なのに、人形遊びをさせてもいいのかしら?」と不安視するケースもありますが、そうした効果もあるんですか!
小林さん:
実際「男の子・女の子はこうであるべき」というのは親が考えているケースも多いので、子育てを通じてそうした自分の考え方に気付かれて葛藤される方も多いですよね。こうした調査結果もあるということは、もっと広く知っていただきたいと考えています。
22か国で1万5000人以上の子を持つ親に対してバービーが行った調査では、91%の親が子どもに「共感」を身につけさせたいと考えていますが、人形遊びがこのスキルを発達させることはほとんど知られていませんでした。まずは子どもたちに楽しく遊んでもらうことが大前提ですが、親にもバービーの商品コンセプトを認知して共感して選んでもらえたらうれしいですね。
PROFILE 小林真弓さん
… 女性の可能性を拡げるために生まれたバービー。単なる着せ替えのファッションアイコンとしてだけではなく、「私たちは何にでもなれる」と女の子たちに伝えるためのおもちゃでもあります。まだ固定観念のない幼少期からこうしたおもちゃで遊び感性を磨く子たちが増えていくことで、日本のジェンダーギャップ指数も改善に近付くのかも知れません。