都心の会社勤めから一転、地元・秩父市にUターンした井原愛子さん。メープルシロップの製造者として、日本初のシュガーハウスを立ち上げました。
「ここで何をしたいかという目標が地方移住には大切」と言う井原さんのお話からは、地方への移住や起業において大切なものが見えてきました。
7年勤めたイケアを退職してUターン「地元に戻る考えはなかったんですが…」
── 以前はイケアに勤務されていたとのことですが、秩父市へUターンを決意された経緯について教えてください。
井原さん:
イケアには、新卒で入社してから約7年間在籍し、物流から店舗販売やイベント企画など、さまざまな業務に携わりました。
当時、地元に戻るという考えは全くありませんでした。たまたま秩父市でメープルシロップの産業があるということを知り、NPO団体が開催している森林観察のエコツアーに興味を惹かれて飛び込みで参加したんです。
秩父の樹液採取の最盛期は2月で、私が参加した観察会は紅葉前の9月ごろ。森の中を歩き回って、NPOの方々に森のことを説明してもらい、秩父ではメープルの樹液を使ったお菓子やサイダーも作っていることを知りました。
「自然を活かした活動っていいな」と思うと同時に、「面白い取り組みなのに、なぜもっと情報を発信しないのだろう」とも思う気持ちも。
エコツアー参加後に「自分なりにやってみたい」「この活動をたくさんの人に広めたい」という思いが日増しに強くなっていきました。林業は長い時間をかけて築いていくものなので、若い世代との関わりが、今後の継続にも重要なのではと危機感も感じました。
── 参加されたエコツアーからわずか半年後には退職を決意されたそうですね。
井原さん:
元同僚や両親にも「そんなに急がなくても」と心配されましたが、「このタイミングで踏み込まないと、一生機会を逃してしまいそう」という焦りがあったように思います。
退職前に本場の樹液採取を見に行こうと思い、有給を使って4月にカナダへ。
両親も「ついて行く」と同行したのですが、後日理由を聞いたら「当時の娘は何を考えているのか、一体何がしたいのかが気になっていた」ということでした(笑)。
── カナダではメープルシロップの生産地を巡ったのですか?
井原さん:
そうですね。幸い英語はできたので、ほぼ飛び込みでメープル農家さんを巡りました。観光客は絶対行かないような場所をレンタカーであちこち回って、製造の様子を見学させてもらいました。
どの農家さんも快く見せて説明してくれましたし、カナダでは学校見学で、子どもたちが見にくるのも珍しくなく、とてもオープンに情報や現場を公開している印象でした。
日本だと「どこでどんな風に作ってるのか」がわかりづらく、消費者の私たちにとって生産現場は縁遠い存在。カナダでの経験から「気軽に見て、触れて、興味を持てる」拠点づくりをしたいと、やりたい方向性が固まっていきました。
── カナダでの経験が、現在のシュガーハウスに繋がったんですね。
井原さん:
帰国後も交流を取っていたカナダの農家さんがいて、退職後はそこに1か月ファームステイさせてもらい、樹液を煮るための機械を日本に取り寄せる段取りをつけてもらったりしました。
2014年に秩父に戻り、翌年に起業。2016年にシュガーハウス「MAPLE BASE(メープル・ベース)」を立ち上げました。
とはいえ、ゼロから土地や建物を手配するのは大変。どうしたものかと悩んでいるとき、カエデの樹液を買い取って商品開発をしている「秩父観光土産品共同組合」がブランド戦略の一環としてシュガーハウスをつくることを計画し、私も参加させてもらえることになりました。
そしてシュガーハウスの候補地を探していくうちに、ここの空き物件の情報を知ったんです。ここは、30年ほど前のリゾート開発で開拓された旧ゴルフ場のスタートハウスとして作られた秩父市所有の施設。広い緑の中に佇むログハウスの姿に「まるでカナダみたい」と愛着を持ち、ここを拠点にしたいと申し出たところ、利活用してもらえるのであればと力を貸していただくことに。地域活性のための市からの補助金も活用させてもらったこともあり、シュガーハウスの拠点づくりは軌道に乗り始めました。
目標を明確に持ち、積極的に交流を図ることで信頼を築く
── これまでの仕事から一変しての、樹液採取や製造の仕事。知識やスキルはどのように身につけたのですか?
井原さん:
樹液採取は、山の持ち主が集まってできた「秩父樹液生産協同組合」と「NPO法人秩父百年の森」のメンバーで行っており、主なメンバーは男性ばかりでした。都心から引っ越してきたばかりの私の存在は「何者?」という感じだったでしょうね(笑)。やってみて得られる経験値もあるだろうと、樹液採取や森での仕事も臆せず積極的に参加するようにしていたら、次第に受け入れてもらえたように感じています。
──秩父ではどのくらいの樹液が採れるのですか?
井原さん:
2月になると、カエデの木々が芽吹きの準備に入り、水分を蓄えます。これがシロップの元になる樹液です。最大10人ほどで空タンクを背負って山に入り、崖のような斜面を上り下りして樹液を集めます。10トン以上の樹液が採取できる年もあれば、5トンも採れない年もあります。
メープルシロップは、樹液を40分の1になるまで煮詰めて作るため、出来上がる量はごくわずか。少しも無駄にできません。本場のカナダに比べたら、足元にも及ばない量ですが、毎年思いを込めて作っています。
── シュガーハウスができてまもなく5年目ですね。秩父に戻られてからどのような変化を感じますか?
井原さん:
地元で起業してみて「自分がどう動くかですべてが変わる」ということを実感しています。もの作りの楽しさ、自分が提供するサービスで他者を喜ばせられる楽しさが、仕事のやりがいにつながっています。
シュガーハウスに来てもらえれば、いつでも活動紹介のパネルや、機械を見ることができ、メープルシロップを使ったパンケーキやサイダーなどの飲食もできます。敷地内にはフォレストアドベンチャーやビームライフルシューティングなどのアクティビティを楽しめるので、休憩所として立ち寄ってくれる人も多いですが、ここを目的地に来てくれる遠方からのお客さんが増えています。
今はコロナの影響でエコツアーは開催していないのですが、落ち着いたら再開したいと思っています。今後は森づくりの方も視野にいれて活動の幅を広げ、「森と人との接点」を企画していきたいです。また、商品開発や旅行業、教育の場と繋げられるサービスも展開していきたいですね。
メープルベースの流れを生かして、秩父の場所の魅力を発信しながら、10年後も20年後も続けていけたらと思っています。
── 地方移住をして感じるメリットやデメリットはありますか?
井原さん:
一番のメリットはやっぱり環境の良さでしょうね。四季の移ろいや食べ物、伝統文化が身近に感じられるようになりました。移住したからこそ、こういう場所での生活が贅沢なことだと分かりました。
もう一つのメリットは、人との距離が近いこと。私の仕事が軌道に乗ったのも、未経験の製造の仕事が続けられたのも、人の支えが合ってこそです。
ただ、憧れだけで地方移住を決めてしまうと、自然は豊かでも都心に比べると不便もありますし、人が少ない分、噂話も広まりやすく、人との距離の近さが場合によってはデメリットと捉える人もいるかもしれません。「ここで何をしたいか、どう生きたいか」という目的を明確にしておくと、それに共鳴するコミュニティーや情報が集まってきますし、多少の不便やギャップも気にならないのはないでしょうか。
…
「秩父での樹液採取を通して、活動を盛り上げたい」という、井原さんのブレることのない目標と、農家さんを訪ねてカナダまで行く行動力、人との繋がりを大切にするコミュニケーション力が、移住を定住へと変化させてくれているように感じました。
Profile:井原愛子
埼玉県秩父市出身。大学卒業後、外資系企業イケアにて7年間勤務。2014年に秩父へUターンし、翌年にTAP&SAPを設立。2016年には日本初のシュガーハウス「MAPLE BASE」をオープンし、この場所を拠点に商品開発やエコツアーの企画に取り組む。
取材・文/佐藤有香