2度目の緊急事態宣言が発令されたことで、東京都は2021年1月8日から2月7日の期間を「テレワーク緊急強化月間」と定めました。具体的には「週3日・社員の6割以上」のテレワーク実施や、出勤が必要となる職場においてのローテーション勤務、時差出勤が当てはまります。東京都はこれらを推進することで「出勤者数の7割削減」を目指しています。

 

この「出勤者数の7割削減」を後押しすべく、多摩地域の宿泊施設の客室を東京都が確保し、会社に出勤しなくても自宅以外の働ける場所を作るサテライトオフィスが開始しました。今回は新たなテレワークの場として提供されたサテライトオフィスについて、提供事業に参加するHOTEL松本屋1725(東京都府中市)の支配人秋元秀一さんにお話を伺いました。

経営面だけではないホテルがサテライトオフィス化する利点

──東京都からサテライトオフィスのお話を受けた際、どのように感じましたか?

 

秋元さん:緊急事態宣言の延長に伴う宿泊需要の再悪化と4月のホワイエ部分(ホテルの団欒スペース)のテレワークスペース計画などを踏まえ、東京都のサテライトオフィス促進事業に参加を決め、抽選に申し込みました。

 

以前からサテライトオフィス事業の可能性は感じていましたね。多摩地域で同期間に5施設しか採用されないこともあり、今回は東京都にチャンスをいただけたと感謝しています。

 

──やはり、宿泊利用のお客様の数は減っていたのでしょうか?

 

秋元さん:2020年からの感染症拡大で宿泊・観光業界においても大打撃でした。2020年の緊急事態宣言解除に併せ、GOTOトラベルキャンペーンがスタートしたことにより、宿泊需要は徐々に回復傾向にありました。しかし感染症拡大と今回の感染症拡大と今回の緊急事態宣言により、宿泊需要回復の見通しが立たなくなったのです。何かしたい、しなくてはと思っていたときに今回のサテライトオフィスのお話があり、応募しました。選定されたときは救われたような気持ちになりましたね。


──実際に導入して、いかがでしたか?

 

秋元さん:私たち宿泊業はお客様がいらっしゃらなくても、給湯の為の電気代などの固定費が他業界よりも多くかかります。せっかくの使えるスペースを活用して、経営を回していけるのはとてもありがたいです。

 

ただ経営面だけでなく、私たちもお客様とお会いする機会が減っていましたので、多くのお客様への接客の喜びもひとしおです。本来のお客様とは別の形ですが、こうやって職業ならではのやりがいを再認識できた部分も大きかったです。

貸し出しグッズの充実や新たな運用体制の変更もあった

──ニュースなどを見ているとつい経営面にしか目がいきませんが、みなさんのやりがいにもつながっているんですね。導入にあたり、事前にどのような準備をされましたか?

 

秋元さん:実は2020年の夏に東京都の指導の下、サテライトオフィスプランを展開していたので、ある程度のことは想定できていました。準備期間もあったため、さほど苦労はしていません。

 

利用者の立場に立って、数に限りはありますが、加湿器や携帯充電器のほか、HDMIコード(デュアルディスプレイ利用のお客様用)の貸し出しや客室チェアでの長時間労働を軽減するためにクッションの貸し出しをしていました。



──設備だけでなく接客も普段とは変えたのでしょうか?

 

秋元さん:普段はビジネスパーソンが多いため、お客様はフロントでのスピーディな接客を求めていると考えています。つまり早くチェックインを済ませて、客室でくつろいでいただく、ということです。

 

一方でサテライトオフィスを利用されるお客様は、ワーキングスペースとしてより利用しやすい客室であることを求めていると考えました。チェックイン時に加湿器やデスクライトの貸し出しの他、椅子に敷くクッションなどのご利用を伺うように心がけました。あとからご希望のお客様には客室前の廊下までお届けし、WEBミーティングなどを想定し仕事の邪魔にならないよう、お客様のタイミングで貸し出し品を客室に入れて頂くご案内をすることもありました。

 

近隣の建設工事で騒音が大きいときは、お仕事に集中できるように工事現場から離れた客室をご案内するなど、できる限りの配慮をしてきましたね。

 

──導入において、苦労されたこともあったのではないでしょうか?

 

秋元さん:サテライトオフィスをご利用のお客様は、会社の出勤と同じく9時から仕事をされる方が多いため、フロントで受付する時間が重なり混雑してしまうんです。これでは密になってしまいますので、フロントを2名体制にし、スムーズに案内できるよう運営フローを変更しました。

 

宿泊者とサテライトオフィス利用者との予約調整のため、客室の清掃開始時間を早めました。他にもスタッフのローテーション変更などを行い、提供できる客室を増やせるよう調整も行いました。

 

──「お客様が快適に過ごせるように」という部分は変わらなくても、やはり気をつかう場所が普段とは異なっていたんですね。

サテライトオフィスとして客室を提供するホテル松本屋
サテライトオフィスとして利用されることもある客室(セミダブル)。ワーキングスペースとしての快適さを考え、加湿器やデスクライトの貸し出しなどを行っている。

 

秋元さん:そうですね。それからスケジュール面でも苦労しました。

 

サテライトオフィスの募集期間が2021年1月8日~13日、選定の決定通知が1月15日あたり、東京都の公式発表が1月18日だったんです。最初の受け入れ開始が1月20日なので、公式発表から受け入れまでの時間が非常に短く、サテライトオフィス事業の情報の拡散をSNSなどで展開することに注力しました。いかに早く、利用者に情報を届けるかが重要でしたね。

SNSでの拡散後、サテライトオフィスは連日満室

──利用者の数は、想定していた人数と比べて多いですか?少ないですか?

 

秋元さん:今回の東京都の事業は1回の利用(9時~19時)で500円(税込)という安価の価格設定のため、利用者は多いと予測しておりました。実際にほぼ満室の状況です。


──利用者層はどのような方が多いでしょうか?

 

秋元さん:会社員の方と個人事業主の方が半々でしょうか。 サテライトオフィスの利用には会社の同意書の提示が必要ですので、残念ながら学生や専業主婦の方は利用できないんですよ…。

──今後はサテライトオフィスだけでなく、学生のオンライン授業の場など、利用方法の幅が広くなっていくといいですね。

柔軟な考えを持ったからこそ、近隣の方々との交流につながった

──いざ導入して、ホテルとしてどう思われましたか?

 

秋元さん:宿泊施設としての本分は、やはりお客様にご滞在いただくことだと思っております。しかしコロナ禍においての顧客ニーズを考えたときに施設を活用するための柔軟な思考を持てたことで、今回に繋がりました。

 

1725年より遠方からのお客様を受け入れてきた当館としては、これほどまでに近隣の方々にご利用いただいていることが少し不思議な感覚ではあります。地元の方々のSNSなどに反響がアップされたりするなど繋がりを感じることができました。

サテライトオフィスとして客室を提供するホテル松本屋
サテライトオフィスとして客室を提供したことで、近隣住民が利用するケースも増えた。

 

──サテライトオフィスの今後について、どう考えていますか?

 

秋元さん:テレワークの拡大による住宅環境の変化に伴い、在宅勤務の環境が整備されてくれば、今後現在ほどはホテルを利用したサテライトオフィスの需要は減るのではないかと思います。同時に宿泊をともなう出張者の需要も減るでしょう。

 

ウィズコロナやアフターコロナといわれる時代には、宿泊施設、特にビジネスホテルは価格ではなく価値が問われると思っています。今回ホテルをサテライトオフィスとして活用したように、今後も世の中の状況に合わせて、柔軟に接客の体制を変えていくことが重要だと思いました。




 

新型コロナウイルス感染症の影響による外出自粛要請が出たことで、在宅でお仕事を頑張る方も多くいます。一方で家庭環境の違いから、テレワークの働き方にスムーズに対応できない人も無視できませんね。そのような方にとって、今回のサテライトオフィスは大変ありがたい制度になったことでしょう。その裏側に、宿泊施設の方々の目まぐるしい企業努力があったことも忘れずにいたいですね。

取材・文/ひなたきこ 取材協力/HOTEL松本屋1725