江幡千代子さん

子どもたちに絵本の素晴らしさを広めるため、自宅で家庭文庫を開いたり、移動型のブックカフェを運営したりと幅広く活動している江幡千代子さん。70代とは信じられないほどのフットワークの軽さやアイデア力で、周りの人を巻き込み、楽しみの輪を広げています。

 

絵本の魅力を聞いた前回記事「

きっかけは3歳の孫の死…“おばあちゃんの小さな図書室”がもたらした豊かさ

」に続き、いくつになっても人生を楽しむヒントを伺いました。

70代で始めた挑戦。絵本を積んだキャンピングカーで巡るブックカフェ

── 2019年から移動型の絵本図書館「走らせよう!つづきブックカフェ」を開催されているそうですね。きっかけを教えてください。

 

江幡さん:

横浜市には図書館が少なくて、移動図書館も1台だけ。それを補うなどという大げさなことではありませんが、市民の立場で本を身近にできる活動はなんだろうと考えました。ちょうど自宅で家庭文庫を始めた頃で、絵本はたくさんあったけれど団地の3階はちょっと不便だなぁと…。それなら車に絵本を積んで、街のいろいろなところで本が読める場をつくる「移動図書館」ができないかな?と思いついたんです。

 

どうやって実現できるか考えていたときに、たまたまSNSで見つけたのが、鹿児島県指宿市のNPO法人「本と人をつなぐそらまめの会」。クラウドファンディングで資金を募り、移動図書館の車を購入したことが話題になっていました。

 

そのプロジェクトに感銘を受けて、私も友人たちと実行委員会をつくり、クラウドファンディングに挑戦することに。たくさんの方々に支援していただき、素敵なキャンピングカーも無償でお借りできることになりました。一緒に活動するボランティアの方々も集まり、活動をスタートして今年で3年目になります。

つづきブックカフェのキャンピングカー
「走らせよう!つづきブックカフェ」で使用しているキャンピングカー。通称「オレンジボーイ」は江幡さんたちにとって“ラッキボーイ”なのだとか。

 

── クラウドファンディングにまで挑戦されたなんて…すごい!ブックカフェはどんな活動をされているのですか?

 

江幡さん:

キャンピングカーに絵本を約300冊のせて、あちこちで絵本を読んだり、紙芝居をしたり、コーヒーを提供したりしています。オープン時間は3時間。事前に声をかけていただいたところに車で行くのですが、寺院、保育園、地区センター、歴史博物館、工場街のカフェ、畑の中など、さまざまな場所へ行きました。設立した一昨年は、1年間で30回も開催したんですよ。

 

2020年はコロナ禍でしたが、感染対策をして学童保育所に呼んでいただいたのが2回。役所の応援もいただいて、近隣の大きな公園でも開催できました。

公園で開催されたブックカフェ

人生はいくつになっても楽しいことを見つけられる

── 今年77歳と伺って、その行動力に驚きました!年齢にとらわれず、挑戦する姿が素晴らしいです。原動力は何でしょうか?

 

江幡さん:

私たちの世代は、子育てが終わって暇になると、自分の趣味にすすむ人たちがほとんど。でも、同世代の友人に言われて気づいたのが、「人のために忙しいことは、もっと楽しい!」ということです。もちろん自分のための楽しみや趣味の世界も楽しいですが、人が喜んでくれることはこんなに楽しいのか!って。

 

人と関わりながら、人のためにと考えながら…。そうなると楽しみの質が変わってくるんですよね。こういうボランティア活動に興味をもつ人が増えると、世の中も変わってくると思います。

ブックカフェのキャンピングカーの中
「オレンジボーイ」 の中の様子。どの本も自由に読むことができ、時には読み聞かせの場にもなる。

 

── 確かに、自分のためだけより人に喜んでもらえると嬉しいものですよね。

 

江幡さん:

ブックカフェをやるようになって、ボランティア登録をしてくれた若い世代の仲間もできました。そのシニアも含めたボランティア仲間とLINEグループをつくっています。メンバーは高齢者が10名で、40代の方も3名います。私たちは無邪気にキャーキャーしちゃうんだけど、40代の方たちの方がすごく大人で、私たちを見守ってくれているみたいなの(笑)。そういう付き合いも新鮮だし、ありがたいなと思います。

 

── 誰しもがいつかは迎えるセカンドライフ。先輩の立場から、リタイア後の楽しみ方の心得を教えてください。

 

江幡さん:

「リタイアした後にやりたいこと」を持っていた方がいいと思います。子育てが終わったり定年したりした時に、急に新しい自分を探すとなると大変なんです。ゆるやかでも、ちょっとずつ“別の世界”を持っているといいですよ。

 

私の夫は設計関係の仕事をしていたので、リタイア前から地元の市民ミュージカルの舞台装置作りに参加していました。近隣に「劇団四季」出身の方が住んでいて、その方たちが中心になって、本格的なオリジナルの市民ミュージカルをみんなで制作していたんです。その地域ボランティアに参加していたので、いまでも近くに仲間がいます。

江幡千代子さん

── ご主人も地域ボランティアに関わられていたのですね。だから江幡さんの活動にも理解があるのでしょうか。

 

江幡さん:

そうかもしれませんね。私は私で、ずっとやりたいことができていますから。20年以上、地元図書館を応援する「つづき図書館ファン倶楽部」でボランティア活動をしています。子ども家族の近くに住むためにこの街に引っ越してきて、居場所を探している高齢者が増えているという背景もあって、地域のシニアにむけて「JiJiBaBa絵本塾」を開催したら、素敵な仲間も増えました。

 

JiJiBaBa絵本塾」は、絵本の読み聞かせをしたり、絵本を紹介したりして、絵本を楽しむ講座です。受講したあとは、“JiJiBaBa隊”というグループが誕生しました。地区センターや一時預かり保育園、図書館などで、子どもたちにお話会のボランティアをしたりして。子どもたちに関わりながら、自分たちも成長したいという気持ちもありますね。

 

とはいえ、“JiJiBaBa(ジジババ)”だけでは続きませんからね。いろんな年代の人が関わっていることで、地域活動が活性化しています。たくさんの人たちと出会ったことが、私の活動の支えです。もし興味があれば、地域の活動に一度参加してみるといいと思いますよ。たまたま見たものや参加したもので「いいな!私もやりたいな!」と思ったら、運営者に声をかけてみるのが第一歩です。

 

夫婦それぞれに夢中になれることがあると一番いい

── お話を伺っていると、ご夫婦の仲がとってもよさそうですね。子育てを卒業され、おふたりで仲良く過ごす秘訣はありますか?

 

江幡さん:

お互いが、それぞれ夢中になっていることがあるからでしょうかね(笑)。それと、夫婦で参加している地域の活動もあります。夫婦単位で楽しむと、それが派生して、他のご夫婦と飲み会をしたり、男性陣だけでゴルフに行ったり、夏休みには泊まりに行ったり…と活動の場が広がりました。

 

男性は、奥さんが興味をもって活動しているところにスーッと入っていけるといいですね(笑)。どんなコミュニティでも、案外、男手が必要とされていることは多いので、地域の活動に男性は歓迎されますよ。家の中に閉じこもっているよりも、街づくりに参加すると、暮らしは楽しくなるはずです。

 

人間は誰でも、忘れられないこと、大切なこと、気になることを記憶のトランクにしまっています。それが、あるきっかけで引き出されて、不思議なタイミングで動きだしたり、みんなと喜び合ったりする仲間ができることがある。それこそが、豊かなシニアライフなのかもしれません。

 

 

いい絵本を多くの人に読んでほしいという気持ちから、ここまで活動を広げてきた江幡さん。年齢を感じさせず、いきいきと楽しそうな姿が印象的でした。いまは仕事や家のことで毎日忙しい日々ですが、それらがいつか終わって、人生の余暇を楽しむ年齢がきたらどうしようか…そんなことを考える機会になった取材でした。

 

Profile 江幡千代子さん

横浜市都筑区在住。2000年より横浜市の図書館を応援する活動に参加。2017年より自宅で「ふわり文庫」をスタート。2019年には、8名の仲間とクラウドファンディングを募って「走らせよう!つづきブックカフェ」を実現。市や区のボランティアグループを企画・参加するなど、地域で絵本を広げる活動を続けている。

取材・文/大野麻里 撮影/金子 睦