目や耳などからの刺激を過剰に感じ取り、日常生活に困難さを抱える「感覚過敏」。

 

前回の「

感覚過敏の子どもを育てる難しさ。息子の「わがまま」「偏食」に悩んだ日々

」では、感覚過敏の息子をもつ加藤咲都美さんに、思春期以前の子育てを振り返っていただきました。

 

当時、息子を「わがまま」「普通より劣っている」と感じ、悩んでいた加藤さん。彼が思春期を迎える頃から、見る目は変わっていったといいます。

 

感覚過敏であることがわかり、親子関係はどう変わったのか。学校との付き合い方、息子さんの将来についても伺いました。

思春期に身長が伸び、食べないことにこだわらなくなった

── 息子さんが中学生になるまで感覚過敏について知らず、その敏感さに悩んでいた加藤さん。彼が思春期を迎え、何か変化はありましたか?

 

加藤さん:

息子はずっと背の順で一番前だったのですが、小学4年生ぐらいから身長が伸び始め、5年生ではクラスでも高い方に。初めて「食べなくてもちゃんと成長した」と思えて、それからは彼の偏食が気にならなくなりました。

 

とはいえ、その頃から食の好みがハッキリしていき、食べられないものがさらに増えていきました。一方で、自分の意思で挑戦した結果、食べられるようになったものもわずかにあります。

 

── 息子さんの学校生活の苦しさは変わったのでしょうか。

 

加藤さん:

それは変わりませんでした。夫が「とりあえず行ってみて、嫌だったら帰ってきていい」と言うので登校はしていましたが、学校に行きたがらないこともよくありました。

 

当時は、「行きたくない」の理由がわかりませんでした。ストレスを抱えやすい子ではありましたが、ストレスなのか、疲れてしまうのか、何かが嫌なのか、それともただ面倒なのかは、はっきりわからなかった。

 

でも、行きたくないとう気持ちは否定せず、彼が受け入れられる方法を模索していました。その一つが、月1回、学校を休んでいいという息子と私だけの間で作ったルールです。

 

「行きたくない気持ちもわかる。ここだ!と思う日に休んでいいから、あとは頑張ってみよう」──そんな感じで、息子の気持ちをやわらげながら、毎日、登校してもらっていました。

感覚過敏が共通言語になり、息子の言動を理解できた

── 息子さんが中学に入り、加藤さんは感覚過敏という言葉と出合います。そのきっかけは?

 

加藤さん:

中学に入った息子は、休み時間に女子の甲高い声で頭が痛くなると悩むようになりました。あるとき、それを保健の先生に相談したところ、「聴覚過敏なんじゃない?」と助言してくれたんです。

 

さらに、「デジタル耳栓を使ってみてはどうか」と提案してくれ、担任の先生にも話を通してくれました。息子が教室でデジタル耳栓を使う前には、担任も耳の聞こえのしくみや聴覚過敏、デジタル耳栓とは何か、クラス全員にきちんと説明してくれて。その意味では恵まれた環境でしたね。

 

結果としてデジタル耳栓は解決につながらなかったのですが、解決のためのツールがあるのだという学びになりました。

 

── 感覚過敏を知って、変わったことはありますか。

 

加藤さん:

息子も私たち夫婦も、長年の苦労はこれのせいだったのか、とすごく楽になりました。息子は、自分の不快さについて「こういう音がうるさくて嫌だ」「匂いが混ざっていて嫌だ」などと、言葉で説明ができるようになりました。

 

感覚過敏を知るまで、息子は感覚をはっきりとらえきれず、「嫌」としか表現できなかった。感覚過敏という共通言語を手に入れ、私たちは彼の感覚の傾向を理解できましたし、過去に私たちの気づかない苦しみがあったこともわかりました。