文部科学省が発表した「令和元年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(以下「問題行動等調査」)によると、2019年度のいじめの認知件数は61万2496件で、5年連続で過去最多を記録したといいます。
一方で、この「認知件数」は都道府県によって大きくばらつきがあり、実態を正しく反映していないのではないかという声も以前からありました。
11月には、小学校の子どもたちに行ったいじめに対するアンケート調査を、教員が「いじめはなかった」風に改ざんしたというニュースも。
数字だけを見ると、いじめが急増している!大変!と思ってしまいがちですが、そこにはいろいろないきさつがあるようです。
「いじめ認知件数」とは?「発生件数」との違い
まず、ちょっと聞き慣れない「いじめ認知件数」の意味を解説します。
学校で起こった「いじめ」の件数をまとめた報告は以前からありましたが、当初は「いじめ発生件数」と呼ばれていました。
しかしこの件数は、いじめによる子どもの死など重大な事件があった直後は急増するのに、数年経つとどこの学校でも減っていき、ゼロという報告が続く学校や地域もあることから、長年「実態を表していないのではないか」と疑問視されていました。
そこで平成18年、この名称が「いじめ発生件数」から「いじめ認知件数」と変更されました。
どれだけいじめがあったのか(発生)ではなく、教師や周囲がどれだけ気付くことができたのか(認知)というスタンスに変わったわけです。
「いじめ」の定義も変わった
このとき、同時に、「いじめとは何を指すのか」という定義も大きく変換しました。
国立教育政策研究所「いじめの認知件数」 によれば、それまでのいじめの定義は以下のようなものでした。
「いじめ」とは、①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの。
しかし、上記の条件があると、現場では「継続的」「深刻な苦痛」とまでは言えないのでは…と迷い、結局いじめとは見なされないケースも多発していたといいます。
改正後は、こういった条件がなくなり、被害を受けた側の子どもの気持ちを大切にしたものへと変更されています。
個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。 「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。
「認知件数増加=いじめが増えた」ではない?
大人の社会にもいじめが存在する以上、発展途上である子どもたちが集団生活をしていれば、どこかで摩擦が起こったり、ストレスが生じたりするのは当然で、それが時にいじめに発展してしまうこともあるでしょう。
いじめがゼロという学校・学年はごくまれにあるかもしれませんが、残念ながら「いじめ」は基本的には完全にはなくならないと考えられ、それを前提に日々の指導を進めている学校も増えてきています。
つまり「いじめが増えた」のではなく、「隠れていたいじめ(またはいじめの予兆)が見えてきた」というのが正しい見かただといえるでしょう。
そうだとすれば、「認知件数」とは先生がよく子どもたちの様子を見て異変に気付き、早い段階で対処できているというバロメーターであり、少なければ少ないほど良い…というわけではないことが分かると思います。
ただし、地域によってまだ格差も
しかし、依然として「いじめ認知件数が多いのはよくないこと」として、報告件数を減らすことをよしとする地域・学校もあるようです。
それが行き過ぎた結果、11月にはある小学校で、講師が自分が受け持つ児童のいじめ調査の回答を無断で書き換えて問題となりました。
「いじめられたことがある」のマルを「ない」に変えたり、「いじめがつづいている」「いじめをしたのはおなじクラスの人」などのマルも消していたといいます。
理由を「自分の受け持ちのクラスでいじめがあると分かれば評価が下がり、将来の任用に悪影響だから」と話したということ。
いっぽう過去には沖縄の那覇市で、「いじめ認知件数の多い学校は、いじめの解消に向けた取り組みのスタートラインに立っている」と、肯定的に評価するという国の方針に基づき、今までは「悪ふざけ」と捉えていたケースもいじめの対象として積極的にカウントするように変えたそうです。
「いやなあだ名で呼ばれる」「遊びで何度も鬼役をさせられる」などについても早めに対処した結果、いじめや問題行動の解消率も高くなったといいます。
数字だけで捉えず向き合うことが大切
件数が「過去最高」と見ると驚いてしまいますが、これはいじめが増えたというより「より把握できた」という意味合いだということがお分かりいただけたでしょうか。
とはいえ、昔も今も、いじめで苦しんでいる子が全国に大勢いるのは事実です。
今後も、いじめが深刻になる前にこまめに対処し続けることが必要。
大人たちは、数字の上だけで「いじめはない」とするよりも、「いじめはある、だから必ず解消する」という姿勢を持って対応することで、いじめで苦しむ子どもが1人でも減ることを願います。
文/高谷みえこ
参考/文部科学省「令和元年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」 https://www.mext.go.jp/content/20201015-mext_jidou02-100002753_01.pdf
国立教育政策研究所「いじめの認知件数」 https://www.nier.go.jp/shido/leaf/leaf11.pdf